二
それから少しが経った、ある時のこと。
女の人は何日かに一度、狼に会いに来てくれていました。
『フェンリル、フェンリル』
『何だよ』
『このキノコは食べられるの?』
『見るからに毒だよ、捨てちまえ!』
あるときはこんな風に、狼が女の人に森のことを教えました。
『ねえねえ、フェンリル。あの白い建物の中もさ、案外楽しいよ』
『ふうん』
『一番面白いのはあそこの責任者が無責任なところかな』
『そいつは何に対して責任を取ってくれるんだ』
あるときはそんな風に、女の人が狼に建物の中の話をしました。
『ねえ、フェンリル』
『何だよ、エルド』
『ずっと一緒だよ、なんて言えないけど……ずっと『友達』だよ』
『……『トモダチ』って、何だ?』
『そうだな、難しいな……例えば』
女の人はそう言うと、狼の頭をくしゃくしゃと撫でました。
『一緒にいて楽しいとか、離れるのがなんとなく寂しいとか。そういうやつかな』
『……よくわからない』
『うん、私も、説明しようとすると難しいと思った』
そう言って笑う女の人に、狼も思わずぷっと笑いました。
訳もなく笑い合って、一緒にいるのが楽しくて。
『そろそろ帰らなきゃ。またね、フェンリル』
『……うん』
離れるのが少し、寂しくて。
こういう関係が『トモダチ』なのかと、狼は思いました。
そんな風に、いつでも一緒に笑い合って、騒いで、駆け回って。
いつの間にか狼にとって、隣に女の人がいるのが自然なことになっていきました。
いつの間にか女の人にとって、隣に狼がいることが当たり前になっていきました。
『エルドは、どうしていつも俺に会いに来るんだ?』
『会いたいからだよ。何、君は私に会いたくないの?』
『そんなわけない』
『ならよかった』
女の子はにこりと笑うと、狼をそっと抱きしめました。
『私は、君が『大切』。だから会いに来る。だから一緒にいる』
『……『タイセツ』って、何だ』
『そうだね。守りたい、傍にいたい、みたいな感じかな』
『ふーん……』
狼は、何だかくすぐったいような気がしました。
けれど不思議と、『イヤだ』とは思いませんでした。
『俺も、エルドがタイセツ』
『嬉しいね』
どれだけ経っても『エルド』は『エルド』のままで、
どれだけ経っても『フェンリル』は『フェンリル』のままでした。
こんな日々が、ずっと続くと思っていました。
この『シアワセ』が、ずっとそこにあると、信じていました。