二
それから少し後のこと、それでも少しだけ昔のこと。
また別の、ある世界、ある国の、ある街での、小さな事件。
黒い髪の男の人が、その街を訪れました。
街を歩いていた男の人に、きらびやかな服装の小さな男の子がぶつかりました。
男の子が尻餅をついたので、男の人はその男の子を助け起こしてあげました。
『大丈夫か?』
『うん! お兄ちゃん、ありがとう!』
男の子は男の人にお礼を述べ、駆けて行きました。
するとその直後、男の人は兵士たちに取り囲まれてしまいました。
『何だよ、俺に何か用か』
何が何だかわからない男の人に、兵士たちが淡々と言いました。
『貴様は、旅の者か。運がなかったな』
『黒い髪の人間が貴族に触れることは、死罪だ』
『どんな理由があろうと、どんな事情があろうと』
がしゃん、という音と共に、男の人の左腕が急に重くなりました。
見ると、ひどく頑丈そうな、重い手錠がかかっています。
『ふざけんなよ!』
男の人は兵士の手を振り払い、駆け出しました。
途中、いくつか鉄砲の音が聞こえましたが、それでも夢中で走りました。
やがて、男の人は森に辿り着きました。
追っ手が来ていないことを確認すると、男の人はほっとしたように座り込みました。
『ひどい目に遭った』
ぽつりと呟くと、急におなかの辺りが痛くなってきました。
見てみると、おなかの辺りが真っ赤に染まっています。
どうやら、夢中で逃げている途中で撃たれてしまったようでした。
男の人は、自分の命の終わりを悟り、そっと目を閉じました。
――思い返してみれば、ひどい人生だった。
物心着いた頃には誰も側にいなくて、いつも『ひとり』で。
自分の生まれた意味を知りたくて、自分の生きる理由を知りたくて、
誰よりも自由になりたくて、誰よりも穏やかに生きたくて、旅に出たんだ。
……その割に、今は、ひどく不自由だな。
そんなことを考えて、男の人は自分を嘲るように一度、笑いました。
――死んだら、あの世にいるだろう両親をぶん殴ってやろう。
あれ、でも俺、両親の顔、知らないな。
まあいいか、別に、殴らなくても。
何だかやけに穏やかな気持ちで、男の人は意識が遠のくのを感じました。
その後、男の人を追って兵士たちも森に入っていきました。
森の中で見つかったのは、ある樹の前で止まった血の跡と、黒い髪の毛が数本。
それらを見つけた兵士は、不思議そうに首を傾げました。
『何だろうな、まるで神隠しにでも遭ったみたいだ』
それからも捜査は続けられましたが、それ以上の手がかりは一向に出てきません。
とうとう、兵士たちは男の人を見つけることができませんでした。
兵士たちは唯一の証拠である黒い髪の毛を持ち帰り、貴族に謝罪しました。
男の人がどこに消えたのかは、結局誰にもわからなくなってしまいました。