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(旧作)ワールドアウト・ロストマン  作者: くつぎ
無 白くなっていく君と私
19/39

 少しだけ、ほんの少しだけ昔のこと。ある森に、一匹の狼が住んでいました。

 狼は森の生き物たちに恐れられていたので、いつも独りぼっちでした。


 そんなある日のことでした。

 独りぼっちで歩いていた狼の前に、黒い髪の女の子が現れました。


『君は、この森に住んでいるの?』

『おまえは、誰だ?』


 狼は警戒して、じっと女の子を睨みました。


『私の名前は『エルド』だよ。君の名前は?』

『名前、って、何だ?』

『難しいことを聞くね、君』


 女の子は少し驚いたような顔をして、狼を見つめました。

 狼はむっとした顔で、女の子を睨みました。


『名前というのは、個人、個体を識別するためにつける符号のようなものだよ』

『……そんなもの、俺にはない。俺は俺しかいないから、識別なんて必要ない』

『そっか。じゃあ、私が君を呼ぶために、私が君に名前をつけるよ』


 女の子はそう言って、狼の顔を見つめて、じっと考え込みました。

 狼は見られていることが何だかむずがゆくて、女の子から目を逸らしました。


『フェンリル、というのはどうかな。ある村の民話に出てくる、狼の名前だよ』

『フェンリル』


 狼は、少しだけ考えるように目を伏せました。

 今まで、独りぼっちだった時には必要のなかった、識別のための符号です。

 何だかくすぐったくて、狼はすんすんと鼻を鳴らしました。


『……悪く、ない』


 狼がそう呟くと、女の子はとても嬉しそうに笑いました。


 それから、女の子と狼はいつも一緒に過ごしました。

 どこへ行く時も、何をする時も、いつも一緒にいました。


 ところがある日、狼がいない間に、女の子の前に、何人かの人間が現れました。

 その人たちは女の子に、狼と離れて自分たちの事務所へ来るように言いました。

 女の子が拒むと、その人たちは女の子を気絶させて、連れて行ってしまいました。


 ニオイを辿って女の子を探していた狼は、やがてその人たちと出会いました。

 そして連れ去られようとしている女の子を見て、激しい怒りを感じました。


『エルドをどこに連れて行く! 返せ!』


 女の子を取り返そうとした狼は、人間たちに負けてしまいました。

 ぼろぼろになってその場に捨て置かれた狼は、ひとつの決心をしました。


 エルドを奪ったやつらを、絶対に許さない。

 いつか絶対に、エルドを取り戻しに行くんだ。


 それから、狼は修行を重ね、やがて森の主と呼ばれるようにすらなりました。

 もう狼に敵う動物はいなくなり、狼は前よりもずっと恐れられるようになりました。

 そんなある日、狼の前に、白い髪の女の人が現れました。

 それは、いつか連れ去られてしまった女の子の、成長した姿でした。

 随分と印象が変わっていましたが、そのニオイはずっと変わってはいませんでした。


『元気そうでよかったよ、フェンリル』


 その言葉を聞いた狼は、生まれて初めて『ウレシイ』の涙を流しました。


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