三
『こちらアシュレイ。巡回部より報告する。侵出者の確保は成功。現在、調査課外部調査班が引き続き被害状況を確認している。なお、確保した侵出者については、現在研究部医療課にて治療中だ。以上』
『こちらザルディオグ。続いて研究部から報告するよ。巡回部が『枯れかけ』と判断した樹は全て処置完了したけど、もしかしたらまだあるかもしれないからってことで、研究部からも数人、被害状況の確認に協力してる。以上』
トランシーバー的なものから、アシュレイとザルディオグの報告。
「おう、把握した。二人ともお疲れ!」
レスティオールが言うと、それぞれの通信が切れる。
「とまあ、俺たちはこういう仕事をしているわけだ」
「……うん、何となく、わかった気がする」
森を管理して、森の秩序を守る仕事。なかなか、自分にできるとは思えないような仕事である。
「だがまあ、心配するな。別に俺は、おまえにあんなドラゴンと戦うことは求めてない」
「へ?」
思わず、きょとんと目を瞬く。するとレスティオールはにっと笑って、俺の肩をぽんと叩いた。
「おまえのことは『戦闘要員』じゃなくて『内勤要員』として呼んだんだ。父親と武道の修行をしてるってくらいで、巨大生物と戦闘できるなんて思ってないよ」
「……そうかい」
まあ、それはそうだよな。いくら母さんが剣術の達人だったと言っても、俺にその技術は受け継がれていないわけで。武道の修行をしているとは言っても、それは趣味程度であるわけで。俺のこれまでの経歴の中に、あんなのと戦える要素はひとつもないんだ。
「俺の中ではさ、総務部って部署を新設して、リショウにはそこの部長になってほしいという願望があるのだよ」
「いきなり部長かよ」
「今の客室担当とか、厨房担当とか、そういう雑務をしている方々を集めた部署が必要だと思って」
「今までなかったのかよ」
「最初の部長はさすがに他のやつに頼むけど、ゆくゆくはリショウに部長をやってもらいたい。これが俺の意思ね。一応覚えといてくれたら助かる。心の片隅に留めといて。お願いします」
「だんだん低姿勢だな」
一応レスティオール的には、ちゃんと将来のビジョンがあって俺を採用したらしい。かといって、それを今言うのもどうかとは思うが。
「とは言え、戦えて損はない。せめてシュバルツサイズの生き物とはタイマン張れるように、日課の修行は欠かさないようにしなさい」
「あ、はい。わかりました」
なぜか丁寧な命令口調のレスティオールに、思わず俺も敬語が出た。レスティオールは俺の返事に満足したらしく、よしよし、と頷く。
「じゃあ、何かゲームでもするか!」
「……は?」
「レスティオール……何を、しているのか、聞いてもいいか」
「ババ抜き!」
……状況を、説明します。
レスティオールにゲームをしようと誘われて、早三時間。俺たちは二人でババ抜きという最大限につまらないはずのゲームをずっとしていた(時々ジジ抜きもした)。
そして現在、ちょうどそろそろ昼食時で、これがラストゲームと決めて、俺のカードがあと一枚、レスティオールがあと二枚というこの状況で、アシュレイが支部長室の扉を開けた……という、次第である。
「我々が森の調査で駆け回っている時に、ババ抜きか……レスティオールらしいな、イマイチ頭が足りてない感じが」
「ひどい!」
アシュレイの辛辣な言葉を聞きながら、レスティオールの手札からカードを一枚引く。ハートのキング。俺の手札はスペードのキング。
「あがったァァア!」
「ああああ! また負けたァァア!」
本気で喜ぶ俺と、本気で悔しがるレスティオール。その様子を見て、アシュレイが本気で呆れる。
「……どっと疲れた」
なんか、すみません。
「おかえり、リショウ! 昼飯は何がいい?」
「ただいま、レイシャル。昼飯はそうだな……ラーメン」
「よっしゃ、任せろ!」
アシュレイに連れられて、客室へ帰ってきた現在。
「何ラーメンだ? 醤油か、塩か」
「俺は醤油ラーメンが好きだ」
「あいよ!」
そんな会話をして、ソファに座る。ちなみに、アシュレイは食堂で昼食を食べるということで、部屋の前で別れた。午後は午後で、また呼びに来るみたいだ。
「なんか、怒濤の展開だったなー……」
レスティオールの部屋へ連れて行かれたと思ったら、アシュレイと、ディルアートと、ザルディオグがすごい速さで行動して、アシュレイが空を飛んだり、ドラゴンがいたりして、レスティオールとババ抜きをして……。
「ああ、駄目だ。頭の中ぐっちゃぐちゃだ」
「まあまあ、ラーメン食って元気出せや!」
とん、と目の前に醤油ラーメンが現れる。置いたのはもちろんレイシャルだ。
「ありがとう、レイシャル。いただきます」
「おう、どんどん食え!」
差し出された箸を持って、早速ラーメンをすする。ああ、懐かしい味だ。よく通った、地元のラーメン屋で出される醤油ラーメンと、同じ味がする。
「うまい」
そう言って笑ったら、レイシャルもどこか照れくさそうに笑った。