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(旧作)ワールドアウト・ロストマン  作者: くつぎ
参 ここは生き物を差別しない
10/39

「おい、客人! 起きろ! 朝の時間だ!」


 初めて聞く声だ。低めの、男の声。開こうとしない目をなんとか開いて、瞬きを数回。俺の目の前には、俺の腹の上に乗って喚く、白いリスの姿がありました。


「……は?」

「は? じゃねえよ! 朝の時間だから起きろってんだ!」

「いや、そこじゃない、そこじゃない。え、リス? リスなの?」

「ああ? 客室担当がリスじゃ悪いのか、コラ」

「悪くはないよ、癒し系だから嬉しいくらいだよ。え、何で喋ってんの?」

「リスが喋っちゃ悪いかコラァ!」

「いや、悪くはない。可愛いから許すよ」

「ちょっと待て、ちょっと待て、え? 寝ぼけてんのか? ちゃんと起きてるか?」

「うん、ちょっと待って、多分まだうまいこと起きてない」


 一連の会話をしながら、ようやく意識がはっきりとしてくる。それでも、やっぱり俺の腹の上にいるのはリスだ。白いリスだ。何か、オーバーオールとか着てる。可愛い。


「……あんたが、客室担当の? あ、客室担当ってリスなのか。え、リス? 嘘だ!」

「もうおまえ、わかりにくいよ……寝言なら寝たまま言ってくれよ……」


 リスは呆れたようにため息をついてから、仕切り直して自己紹介をしてくれた。


「改めて、俺が客室担当のレイシャルだ! よろしく頼むぜ、客人!」


 格好良くポーズを決めるリス……レイシャル。うん、この外見ならもっと可愛い声で喋ってほしかったな……何でこんなに低音ボイス。


「……ガチでリスなんだな、びっくりした」


 思ったことを素直に口に出しつつ、上体を起こす。ころん、ころん、レイシャルがベッドの上を転がっていく。


「てめえ! 起き上がるなら先に言えよ! 受身が取れたからよかったものの!」

「あ、受身とか取れるのか、すごいな」

「ったりめえだ! リスという野生の底力を舐めんじゃねえ!」

「……なんか、すみませんでした」



 さて、そんな朝の紆余曲折を経て、俺とレイシャルはすっかり仲良しになった。


「いい湯だったよ。ありがとな、レイシャル」

「おうよ!」


 とりあえず風呂に入ってから、アシュレイが用意してくれたという服に着替え終えた現在。ちなみに、何故だろう、サイズが全部ぴったりだ。下着も含め。


「おい、リショウ! おまえの着てきた服はベランダに干しておいたからな!」

「わかった、ありがとう」


 俺が着てきた衣類は、俺が風呂に入っている間にレイシャルが洗ってくれた。制服のままで寝てしまったことは、母さんには内緒にしておこう。


「必要とあらばアイロンもかけるぜ?」

「本当か、ありがたいよ。じゃあ、あとで頼めるかな」

「任せろ!」


 どんと胸を叩くレイシャルに、笑みがこぼれる。何だろう、やっぱり小動物っていうのは可愛いな。……例え口が悪くても。


「さて、リショウ。腹が減っただろ? これから食事の用意をしてやる!」

「マジで! 上から目線なのはちょっとあれだが、ありがたい!」

「何か食いたいものはあるか?」

「フレンチトースト」

「じゃあ今日は卵かけ御飯だ!」

「何てこった!」


 何だかレイシャルと話していると、学友たちと話している時と似たようなテンションになる。……そういえばあいつら、どうしてるかな。



 不意に思い出したのは、学友の一人の家に遊びに行った時のこと。


『そうだ、何か飲み物でも持ってくるよ。吏生、何がいい?』

『コーヒーにできる限りたくさんの牛乳を混ぜたもの』

『わかった、牛乳ね』

『何てこった! コーヒーどこに消えたんだよ!』


 その時は結局、本当に牛乳を持ってこられてしまった。仕方がないので、近所のコンビニでブラックコーヒーを買ってきて、自分で混ぜて飲んだ。少々苦い記憶だ。


『なあ、砂糖ってある? スティックシュガー的なあれ』

『ないよ。うちの家族、みんな甘いものは好まないから』

『何だと! ちくしょう、この家は俺の敵だ!』

『吏生ってさ……何かこう、微妙に残念だよね』


 ……懐かしいな。



「待たせたな!」


 どん、目の前に差し出されたのはフレンチトースト。


「……卵かけ御飯じゃなかったのか」

「おまえな、客のリクエストも聞けないで客室担当が務まるかってんだ」


 どこか呆れたように言うレイシャル。……まあ、ごもっともだ。


「ありがとう。いただきます」

「どんどん食え! おかずにベーコンエッグでも作ってやろうか」

「是非いただきたい」

「おう、任せろ! 他に食いたいモンがあったら何でも言えよ!」

「じゃあとりあえずサラダと漬物も」

「……その並びに漬物?」


 甘いフレンチトーストを頬張りながら思った。レイシャルは、いいやつだ。



 朝食を終えた後、レイシャルと一緒に食器を洗う。レイシャルは自分がやると言ったのだが、暇だから手伝わせてくれ、と言ったら渋々了解してくれた。


「リショウは変なヤツだな。今までの新人は誰も手伝うなんて言わなかった」

「ははは……そうかな」


 面と向かって言われた『変なヤツ』という言葉に内心傷つきつつ、苦笑を漏らす。


「ここへ来て二日目っていうのは、大体の新人が現実逃避に走るからな。特に俺を見た後の現実逃避具合なんて見てられねえぜ? これは夢だ、これは夢だ、リスが喋るなんて現実で起こるはずないじゃないか、そうじゃないか、ってよ!」

「へえ、そうなのか」


 ……どこの世界でも、リスが喋るのは『異常事態』なんだな。


「まあ、俺は嫌いじゃないぜ! リショウみたいな変なヤツ!」

「ありがとう」


 フォローを忘れないレイシャルは、やっぱりいいやつだ。ただしそのフォロー中にもかなり傷口を抉ってくるワードがあるのは……わざとじゃないと信じたい。

 それからややあって、コンコン、ノックの音が聞こえてきた。


「リショウ、起きてるか?」


 アシュレイの声だ。


「おう、起きてる」

「失礼するぞ」


 がちゃり、扉を開けて入ってきたアシュレイは、キッチンで皿を洗う俺を見て目を瞬いた。きょとんと言うか、ぽかんと言うか。


「……おまえ、何をしてるんだ」

「え、皿洗い?」

「悪い、質問を間違えた。何故おまえが皿を洗っている?」

「暇だったから」

「……そうか」


 アシュレイは一度、呆れたようにため息をつき、改めて口を開く。


「切り上げろ、暇はなくなった。支部長室へ行くぞ」

「何しに?」


 そう尋ねると、至極面倒くさそうに目を細めて、アシュレイは言った。



「森で少々、問題が起きた」



 それからがしがしと頭を掻いて、アシュレイは申し訳なさそうに口を開く。


「そういうわけで、今日はおまえの近くにいられないんだ。だからレスティオールのところにいてくれないか?」


 ……何だか、面倒くさいことが起こるような気がする。



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