一
それは、少しだけ昔のこと。
ある世界、ある国の、ある小さな村で起きた、大きな事件。
その村に住むある夫婦の間に、黒い髪の女の子が生まれました。
夫婦はたいへん喜び、女の子に『エルド』という名前をつけました。
ところが、村を治める占い師のおばあさんが、その女の子を見て言いました。
『黒い髪は呪いの証だよ。その子は生かしておいちゃあいけない』
夫婦はその言葉を聞き、女の子を連れて森の奥へ向かいました。
やがて村へ戻ってきた夫婦は、もう女の子を連れてはいませんでした。
村人たちは、呪われた子はもういないと考え、ほっと胸を撫で下ろしました。
その後、夫婦は毎日森の奥へ向かい、すぐに帰ってきました。
村人たちは、女の子の弔いをしているのだろうと考えていました。
十年ほどが経ったある日、村人の一人が森の中で黒い髪の女の子を見つけました。
その女の子は十歳ほどで、いつも森の奥へ向かう夫婦に少し似ていました。
村人はすぐに、その女の子がその夫婦の娘だと分かりました。
夫婦は森の奥で、こっそりと女の子を育てていたのです。
『ばあさま、大変だ。森の奥に、黒い髪の子供がいる。呪われた子供がいる』
それを聞いたおばあさんは、すぐにその女の子を殺すよう村人たちに命じました。
夫婦は急いで森の奥へ向かい、女の子を森の奥の洞窟に隠しました。
『私たちが来るまで出てきてはだめよ。いいわね』
母親の言葉を聞き、女の子は小さく頷きました。
それを見た夫婦はそれぞれ武器を持ち、洞窟を出て行きました。
それから、太陽が一度沈んで、また昇って、それからまた沈んで。
それだけの時間が経っても、夫婦は戻ってきませんでした。
やがてまた太陽が昇ったので、女の子は言いつけを破り、洞窟の外へ出てきました。
森の中を歩き回り、やがて女の子は別の洞窟の前にいる夫婦を見つけました。
『父さん、母さん?』
女の子は駆け寄って、夫婦を揺り起こそうとしました。
しかし、その時すでに、夫婦は冷たく、動かなくなってしまっていました。
女の子は、父親の持っていた剣と、母親の持っていた短剣を持って歩き出しました。
がりがり、がりがり、地面を削りながら歩き、女の子はようやく村に辿り着きました。
『いたぞ! 黒い髪の子供だ! 呪われた子だ!』
女の子に気付いた村人たちが、武器を持って女の子に襲い掛かりました。
女の子は村人たちを睨みつけ、右手で剣を、左手で短剣を、握り締めました。
『誰が『呪われた子』だ! 私の名前は、『エルド』だ!』
翌日、街で配られた新聞には、こんな記事がありました。
『―――村、壊滅。
犯人は『エルド』という名の、剣と短剣を携えた黒い髪の子供とのこと。
軍は、その子供を見つけ次第、軍本部に連絡するよう求めている』
そしてその日、軍の本部に、国境を守っていた兵士から連絡がありました。
昨日、剣と短剣を携えた黒い髪の子供が国を出て行くのを見た、というものでした。
それ以来、黒い髪の子供を見たという情報は、ひとつとして得られませんでした。
隣の国でも、他の国でも、黒い髪の子供は一人も見つかりませんでした。