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2 貴族学園

 俺も、そして双子の弟であるダーネイも15歳になる年だった。そして、貴族学園に通う年になっていた。この世界では、双子というのが珍しいらしい。

 外見が瓜二つの俺たちが並んで歩いていると、錯覚を見ているように凝視され、目を擦る奴だっていた。眼の錯覚だと思ったのだろう。そういう反応をされて、腹を抱えて思わず笑ってしまったのは良い思い出だと思う。


 双子というのは、外見だけでなく、中身も似ると言われる。屋敷の中という同じ環境で育てば、性格や考え方というのは似てくるのは当然だと思う。一般論として。しかし、俺には前世の記憶があるし、ダーネイと俺の性格はまったく似ていない。まぁ、似る前に別の人格があったわけだから、双子といえど、性格が似ていないのがむしろ当然と言えば当然だ。

 ダーネイの性格が、少し引っ込み思案な性格となってしまったのは、俺の責任が大きい。すまん、謝っておく。家庭教師に勉強を教えてもらっても、理解力は俺の方が上で、細かく言われなくても分かってしまう。だって、算数とか、教えてもらわなくても分かっていたし。掛け算だって俺は九九を諳んじてたし。既に俺は知っていたのだ。

 だが、そんなことを知らない親や家庭教師は、俺のことを出来が良いと思ってしまう。産まれたのが数時間違うだけなのに、兄はオネショをしないが、弟はしてしまう。出来るだけばれない様に意識したつもりではあるが、子どもの割に大人びた行動というのを俺はやってしまっていたようだ。

 そういうことがあると、親の期待の度合いも変わってしまう。同じように愛情を注いでも、そういうのは敏感に子供は感じ取ってしまうのだと思う。


 ダーネイが俺というか兄に、劣等感のようなものを抱いてしまったのは、俺の責任が大きいだろう。反省している。来世でも前世の記憶があって、そして双子だったとしたら、上手くやると誓おう。まぁ、ロト6が当たるのよりも、その確率は低いだろうが。


 ・


 学園の入口で馬車から降りて、校舎へと弟と歩いて向かっていた。正門と校舎の丁度間にある噴水の周りで、女性が4、5人が輪になって話をしていた。俺は特に気を止めず校舎に向かって歩いていた。


「カートン様、ダーネイ様」と俺達は呼び止められた。振り向いた先には、先ほどの女性の輪を抜け出して小走りに俺達の方に向かって来る女性。走ってくる女性は、美しかった。ただ、美しかった。


 俺の心の中で、何かが飛び跳ねた。春の匂い。想像して欲しい。綺麗に漂白された真っ白な羽毛が、積もった雪のように見渡す限り積もっている。そしてそれが、風もないのにゆっくりと浮かび上がっていく。桜の花びらが舞い落ちるのと同じスピードぐらいで、どこまでも高く、空へと舞い上がっていく。そんな春の香りがした。


「久しぶりだね、ルーシー」とダーネイが言った。そして俺は、それがあの、ルーシーだと気付いた。人の予想というのはつくづく当てにならない。8歳の時のルーシーを見て、将来美人になるだろうと思っていたが、これほどとは予想することは出来ない。失礼な喩えになるかも知れないが、見ただけで背中に寒気が走る毛虫が、色鮮やかなアゲハ蝶になることを予想する方が、人間の想像力の範疇にあるのではないかとさえ思う。


 それからの学園生活は、俺とダーネイと、そしてルーシーの3人はいつも一緒だった。


 火縄銃や大砲が既に発明されていて、騎士道に基づいた剣術なんて既に優位性が失われている。そんな歴史の流れを知っている俺は、旧態依然のカリキュラムとして存在している剣術の授業に身が入らない。やる気も出ない。それに対して一生懸命練習に打ち込む弟。そして、俺と弟の両方を応援するルーシーの声。他の女子生徒の声も響く中、不思議とルーシーの声ははっきりと聞こえた。オペラ劇場に響き渡るソプラノの独唱のようだった。ルーシーの声がきこえると、打ち込みが一層激しくなるダーネイ。


 小難しい数式を睨めつけるルーシー。しかめっ面なのだけど、どこかその愛らしい表情をもっと見たいが為に、敢えて解法を教えないダーネイと俺。

「どうしてお二人とも、教えてくださらないの? もう、考えて考えて、夢にまでこの数式が出てきてしまいそうですわ」と、頬を膨らますルーシー。悩んでいるルーシーも素敵でもっと見ていたい、なんていう本心を言わないで、少しだけいじわるをしてしまう俺たち双子。


 最近巷で流行っているという小難しい啓蒙思想家の書物をベンチで熱心に読んでいるダーネイ。そしてそれを後ろから目隠したりして邪魔をする俺とルーシー。俺が、目隠しをして「誰だ?」と言ったら、「お兄さんですね」と即答するくせに、ルーシーが目隠しをしたら、明らかに「お母様ですかね?」「いとこのメアリーでしょうか?」とか、正解を言わないでずるずると時間を引き延ばす弟。しびれを切らして「どうして私だと分かってくださらないの?」と、ね始めるルーシー。


 青春という季節は、過ぎ去ればもう二度と廻っては来ない。二度目の青春を味わえたというのは、とても幸運なことのように思える。モラトリアムって言葉がこの時代にはまだ存在しないかもしれないけど、最高のモラトリアムを送った日々だった。

 少しだけ欲を言えば、ルーシーは俺をもっと見てほしかった。3人で一緒にいても、ルーシーの視線の先は、いつもダーネイだった。俺がいつもルーシーを見ていたから、それが分かってしまう。ルーシーとダーネイの視線が互いに交錯する刹那。俺は、長い孤独を感じた。前世の彼女のことを忘れられていない俺が、そんな欲を出すのは、我儘というものだったけど。


 ・


「こうやって花畑でのんびりしていると、シドニー侯爵様の御屋敷の庭園を思い出しますわ」とルーシーが言った。それは秋だった。花畑には、色とりどりのコスモスが咲いていた。


「あぁ。懐かしいね」と俺は言った。


「ルーシーは、頭に花飾りを飾っていたね」とダーネイが言った。俺も思い出した。俺がピンク色のコスモスをルーシーの頭の右に、ダーネイが頭の左に。


「花を男性から贈られたの、あれが最初でした。あの二輪の花は、押し花にして本のしおりにして大切に使っているんですよ」とルーシーが言った。


「そうだったのですか。光栄です」とダーネイは言って、コスモスの花を茎から手折った。そして、コスモスの花を宝石に見立ているかのような花の指輪を作った。


「昔のように、ごっこ遊びをしませんか?」とダーネイが言った。


 指輪、それは前世と同じように、この俺が生きている現世でも、特別な意味を持つ。


「それは面白いな。俺も作った方がいいか?」と俺は尋ねた。


「いいえ。ルーシーの左手の薬指には、1つしか入りませんよ」


「それじゃあ、ごっこ遊びにならないじゃないか」


「それではこうしましょう。ルーシーが花嫁。私たちのどちらかが花婿と司祭をやりましょう。兄さんは、花婿と司祭、どちらをやりたいですか?」


 俺は、それを選ぶまでに時間を要した。3という数字は、2と1に分けられる。3が、1と1と1とに分けられるよりは、2と1に分けられる方がよっぽどいいと思えた。三角形、三権分立、三原則、三原色、三本の矢。3という集まりは、強固な集合体だ。揺るぎないよう思える。しかし、男と女は常に2という数字の関係性で語られる。それが、3で語られたときは、誰かの涙が伴うものだ。


 ダーネイの指輪を持っている右手が震えていた。ダーネイは、とっくの昔から、3という数字が流す涙に気づいていたのだろう。そして、選択を兄に委ねるあたり、弟らしいと思った。


「俺は、司祭をやろう」と答えた。3が、2と1に分かれた瞬間だった。

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