1 出会い
俺が、ルーシーと出会ったのは、8歳の時だった。その事は今でも鮮明に覚えている。ルーシーは、彼女の父親であるマネット侯爵に連れられてやって来た。
深い牛皮のソファーに浅く腰掛け、背筋をぴんと伸ばしてルーシーは座っていた。金色の髪は輝き、青色の瞳。そして、整った顔立ち。ハリウッド映画などに出演している美少女子役が画面から出て来て目の前に座ったらこんな感じだろうと思った。
ルーシーは、緊張していた。就職面接の控室で待っている学生のような顔だった。そのルーシーの緊張している様子が可愛らしいと思えたのは、俺が前世の経験を持っていたからだろう。
俺の隣に座っている双子の弟、ダーネイも同じように緊張していた。考えてみれば、ダーネイは、屋敷の中で過ごし、同じ年齢の子供と会うというのは、兄であるカートン、つまり俺を除いて初めてだった。俺も前世の経験がなければ、同じように緊張していたことだろう。
一通りの自己紹介を各自終えたあと、「同じ年齢だし、仲良くな」とシドニー侯爵、つまり父は言った。そして、シドニー侯爵とマネット侯爵は、小難しい会話を始めた。
どうやら、互いの顔合わせというのは父親同士の名目だったようで、密談をするのが本当の目的であったようだ。子供には意味が分からないだろうと思って、かなり際どい会話をしていた。子供の交流をお題目にして、密談とは、なかなか親父も腹黒いなんて思ったりもしたが、この時代の貴族も大変だったのだろう。
「貴族派の連中たちは、議会を作ろうとしている」
「議会の決定は、王自身も覆すことができないというような仕組みを作るらしいな。神より与えられた王権とその意志を、人たる我らが遮るのは如何なものか」
「最終的には、憲法を作ろうとして、草稿を練っているらしい」
「憲法とは如何なものか?」
「王を含めたすべての民が守るべき規律らしいぞ」
「なんと愚かな」
「それに、貴族達だけでは無く、平民までもが動き始めているぞ」
「あの、社会契約論か。なぜあのような書物が出回ったのか。回収してすべて焼き払えないのか」
そんな会話をしていたと思う。話の内容から、この国は現在、王権神授説に基づく絶対王政が行われている。しかし、議会を開設しようとする動きが起こっているようだ。前世で言う、フランス革命とか、そのあたりの時代のようだと分かった。そして、シドニー侯爵とマネット侯爵は、王側の人間らしい。革命とかが勃発したら、貴族って命危ないんじゃね? と心配になった記憶がある。
前世の世界史の知識を義務教育で習った程度持っている俺なら二人の会話は分かったが、当然のごとく、ルーシーやカートンには意味が分かるはずもなかった。しかし、手持無沙汰であるにも関わらず、お行儀よく座っているのは、お里が良いというか、しっかりとした教育を受けていると感心をした。俺が前世で8歳の時なんと、椅子に座って訳の分からない話を聞くなんて芸当はできなかっただろう。ソファーをトランポリンのようにして飛び跳ねたりしていたかもしれない。少なくとも、ソファーにおとなしく座っていることはできなかったであろう。
「父上」と俺は、シドニー侯爵とマネット侯爵の会話に割り込む。
「どうした?」とシドニー侯爵が俺の方を見る。
「ルーシーに屋敷の庭園を見せてあげたいのですが」と俺は話を切り出して了承を貰った。
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東京ドーム2個分はあるシドニー家の敷地。その中に、庭園もあった。どんだけ広いんだよ、と思ったのを覚えている。
庭園に俺、ダーネイ、ルーシーは座る。しかし、2人は相変わらず緊張をしていた。だから俺は、近くに咲いていたピンク色のコスモスの花を一輪手折り、「はい。ルーシー」と、ルーシーの頭の右に差してやった。
ルーシーは、近くの噴水にまで駆けていき、水面に映った自分と花を眺めてから、「素敵」と言って、笑顔になった。
「僕も」と弟のダーネイも同じようにルーシーの頭の左に花を一輪飾った。
「ありがとう」といっぱいの笑顔になったルーシーは、本当に可愛かった。将来、絶対美人になるだろうな、と俺は確信をしたのを覚えている。
それからは、打ち解けるのが早かった。子供の順応性の高さだろか。俺とダーネイは、ルーシーの友達になった。
週に一度は、父を訪ねて、密談をするマネット侯爵。マネット侯爵に連れられてやってくるルーシー。書物庫で遊ぶ。庭園で遊ぶ。テニスをする。木登り、かくれんぼ。かくれんぼは、屋敷の中まで隠れる範囲に含めてしまうと、それこそ半日掛で探し出すというものだった。一度なんか俺がかくれんぼの鬼でルーシーとダーネイを探しているとき、隠れ疲れたのか、薔薇の園の真ん中にある広場で居眠りをしていた。薔薇の中で眠っているルーシーは、童話の眠り姫のようだった。
もちろん、寝ているルーシーにキスをして起こすというような真似はしていないぞ。
俺とダーネイ、そしてルーシーの交友は、父親たちの密談が纏まるまでの3か月、ずっと続いた。




