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アテナ教国都市 Ⅰ

 冒険者連合ローメ教国アテナ支局。

 そこには多くの戦闘用の装備をした男女が存在していた。

 彼らは冒険者とも言われる人種であり、冒険者連合の名にあるようにこの組織の中核をなす存在だ。かく言う俺もその冒険者の一員だ。

 冒険者連合は人間と敵対する生命体である魔物を討伐して市民の生活を守る組織であり、国の騎士団などとは独立した公的傭兵派遣組織でもある。

 この世界の人間は魔物という明確な敵の存在により、国同士で些細な諍いはあるものの戦争などの大規模な闘争は行われず国際的な交流が盛んである。

 それ故に冒険者連合という組織が成り立つことができ、世界中の人間がそこに所属することで一致団結して魔物と戦うことができている。

 また、冒険者という立場である以上、そこに所属した人間には国という縛りは無くなり、冒険者連合の下ですべての国々へと渡航することが可能となる。これは、指定階位以上の冒険者が他国の危機の際に速やかに駆けつけることが出来るようにするための特例でもある。

 この特例のために冒険者連合は〈国境なき警察官〉とも呼ばれることもある。

 さて、そのように魔物と戦うことで生計を立てている冒険者たちであるが、冒険者である以上所属している冒険者連合と密接な関係にある。

 冒険者連合とはいわば、依頼主と冒険者の間に立つ仲介者の立場だ。

 依頼主の依頼の内容を確認し、連合がそれに合わせた依頼場所などの状況の詳細を全て吟味してから依頼の危険度を定めて支局内にある依頼掲示板に掲載する。冒険者はその掲示板の中から自分に適切な依頼の紙を剥がして受付へと持っていき、依頼を受注する。その際に連合の仲介料という名目の契約金を払い依頼の契約を完了させるという流れが自然と為されている。

 当然、人気の依頼という物もあってその依頼を手に入れるために朝から張り込みをする冒険者もいたりする。

 冒険者連合はこの時に生じる契約金や冒険者から買い取る魔物の素材に傘下の商店などの奉納金などによって組織運営を行っており、冒険者の身に着けている武具もまた連合と密接に関わり合いがあることが非常に多い。

 と、そのように深い関係にある連合と冒険者であるがその中で最もといっても良いほどにその関係を現している制度がある。

 それが、契約受付員制度である。

 世界の中でもエリートしかなることの許されない冒険者連合の受付の中でも選りすぐりの秀才だけが許される役職が契約受付員という立場である。

 契約受付員は普通の冒険者を接客している一般受付席に座らずに自分の眼で選んだ冒険者と個人契約を結ぶことで専属の受付員として働くことのできる役職だ。

 契約受付員と契約を結ぶということは連合の中でも一定のステータスを持ち、加えて依頼や事務処理に関しての優良のサポーターを得ること同じだ。また、契約受付員としても優秀な冒険者と契約を結べば自分の給料も増えうまく親密になれば将来の結婚相手も手に入れられるなど互いにメリットばかりしか存在しない。

 無論デメリットが存在しないわけではない。

 だがその場合でも理由が存在すればすぐにでも契約を破棄することが出来るので名声が汚れる以外に短所は無い。

 そのような契約受付員と冒険者の関係であるが、俺にも契約受付員という存在が実際に存在している。さすがに英雄位の冒険者ともなると多くは契約受付員をもつ。それほどまでに立場によるネームバリューは大きいわけだ。

 そんな冒険者内ではかなりの地位にいる俺だが、今現在窮地に陥っていた。



「……もう一度言ってほしいんだけど、トシキ」



 それは俺の目の前で綺麗な笑みを浮かべながら俺に恐怖心を与えている連合の赤色の制服を着こんだエルフの美少女が原因だ。

 アイリス・リーフ。それが彼女の名前であり、それと同時に俺と契約した契約受付員その人である。

 俺は彼女の無言無表情の気迫に恐れをなしながら前に行ったことを復唱する。



「えっとだな、依頼実行中に魔物の群れに襲われて思わず周囲一帯を吹き飛ばしちゃいました。はい」



 ボキィィィッッ、と音が響く。

 その音源である彼女の右手を見ると鉱石製の辺が粉々に破壊されていた。俺は彼女の為した所業に恐怖を改めて抱く。魔力を籠めずに堅固な鉱石を粉々にするなんて俺には到底できることじゃない。もしも、握られていたのが俺の腕だったらと思うと身の毛がよだつ思いだ。

 というか、アイリスは身体能力の低いエルフ族だよねと思いつつもそのことを考えないようにする。彼女はエルフに似た何かだと思い込む。そうしなければ自分の抱いてきたエルフに対する理想像が粉々に崩れ落ちそうだ。



「周囲一帯を吹き飛ばしちゃった……? ははは、また私の昇給が遠のいてしまったわ……。折角、給料で目星をつけていたコートを買おうと思ったのに……」



 アイリスは下を向きながら現実逃避をするかのようにフヒヒと薄ら笑いをする。

 やばい。

 俺はその様子を見てそう確信した。

 彼女の今の様子はここ一月見た中で高水準な現実逃避具合だ。確かに俺が今までにも問題を持ち込んでしまったことによって精神の忍耐力が弱まっているのかもしれないが、彼女の今の具合は例外なく凶悪なしっぺ返しをされるパターンだ。

 俺はこの場で彼女に対して何をすればいいのか。

 一つ、素直に謝る。

 これは却下だ。今頃問題行動を謝罪したところでたいして効果はないし、逆に煽っていると思われて復讐が恐ろしいことになりそうだ。

 二つ、彼女の欲しいと言っているコートを買ってあげる。

 これは最終手段だ。女性の買い物はどうしてか買ってあげるということになると露骨に高いものを要求して来る。これはきっとアイリスに関しても例外ではないだろう。そんなことを気にしないのは幼馴染の夏帆ぐらいだ。あいつは近所のシュークリームを買ってやれば大抵のことは許してくれる便利な奴だったから例外中の例外だ。

 そのため必然的に取る行動は残る三つめになる。

 それは――――――、



「ただ!ひたすらに!!ランアウェイッ!!!」



 逃げる。それが俺の出した解答だ。

 最早、万策尽きたのだ。万策尽きたのならば逃げるしかない。無理はせずに逃げるのがRPGでも基本なのだからきっと正解のはずだ。

 だが、俺はこの時失念していた。逃げるには欠点が一つあることに。



「―――逃がすか、この野郎ッ!」



 そう、受付嬢からは逃げられない。それが冒険者連合では鉄則のはずなのにそれを忘れていたのだ。

 俺の身体がどこからともなく生えてきた植物の幹で絡めとられて束縛されていく。しかも、その植物は俺の知る限り魔力を取り込むことでその成長力を高めていく対魔術師仕様の生物。

 であるから、魔術師の俺では為す術もなく捕まってしまった。



「私から逃げようなんて、よくもまあ考えたものねトシキ」



 植物の力に抗えずにそのまま再び彼女の目の前へと連れ戻される。先程との違いは常に逃げ出さないように束縛されているところだろう。

 彼女の感情のこもらない笑顔が俺に向けられる。絶世の美女の笑顔を間近で見られるのはそうそうないことだろうが、彼女の笑顔には本能的に恐怖を感じる。

 美人って怖いなと俺は再認識した。



「まさか忘れてはいないわよね。この建物の中は貴方を縛っている植物のような生物の種が埋め込まれていることを。ここは私の領域なの。つまり、私が絶対的法の番人。だから、そんな私から逃げおおせようなんて妄言にも甚だしいわ」



 そういえばそうだったと俺はうっかり忘れていた彼女の重要事項を心の中に刻みなおす。

 アイリスは笑顔のまま椅子を座りなおして俺に体を向ける。



「で?」

「で?」

「で、じゃないわよ。森一帯を焼け野原にした魔術は一体どんなものを使ったの?地形を変える程のものなんて法級以上のものしかありえないと思うけど」

「それが……」



 彼女の言葉に答えることを俺は少し躊躇した。

 しかし、同年代にもかかわらず多くの戦場を乗り越えたアイリスにはそれが見透かされていたらしく、探るような目で俺のことを見る。

 彼女の攻撃的な性格と察しの良さは幼馴染の夏帆の存在を思い出させる。

 どこにでもこういう人はいるんだなと最近のアイリスとの付き合いで思った。



「何よ。こっちも事後処理とかあるから早く正確な情報を集めたいんだけど」

「その魔術、実は光系統王級魔術〈天界の隕墜〉なんだ」

「……嘘は駄目よ。地形を変形させる程の魔術がたかが一個中隊を全滅させる王級魔術なはずはないでしょ。嘘をつくなら、もっとマシな嘘をその矮小な脳みそで考えなさい」

「嘘じゃねえよ」



 悪口を言われて少し腹が立つ。きっと今の俺は目つきが鋭くなっているのだろう。

 その顔を見た彼女は疑心に満ちた表情から唖然とした顔に変化する。



「確かにトシキの魔力は桁外れだけど。……まあ、それは後で解析班を送れば分かることだし今すぐに必要なことではないし別にいいわ」

「実際にそうなんだけど……」

「はいはい。―――それよりも」



 ふと、アイリスは俺の後ろを指さす。



「そこにいる美人さんはどなたかしら。この支局では全く見かけない顔だけど?」

「ああ、すっかり忘れていた。紹介するよ」



 俺は後ろにいる存在、シャルルを手招きして隣に来させる。

 彼女はその手招きに従ってそのまま俺の隣に止まる。



「依頼中に知り合ったシャルルさんだ。どうやら他の支局からやって来たらしい」

「こんにちは受付員さん。アルテミス支局から来ましたシャルルです。滞在の間ではありますがよろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いしますシャルルさん。……シャルル?」



 アイリスは何かに思い当たったかのように眉間に皺を寄せる。

 そしてすぐに思い出したのかあっと小さく声を零してシャルルの方を再び向く。



「輝かしい美貌に流れるような長い金髪。貴方ってもしかして神獅子級の〈炎獄(ムスプルヘイム)〉のシャルルかしら?」

「お察しの通りです。過去に名声を轟かせた〈植鬼(プランター)〉に名前を覚えていただけるなんて光栄です」

「今の貴方程活躍なんてしていないわよ。

 シャルルさん、ちょっと一度失礼するわね」



 アイリスはそういうと植物の力で強引に俺を至近距離にまで近づけさせる。

 彼女の美貌が目と鼻の先まで近づく。だが、どうしてだろうか。彼女の性格を知っているために全く興奮しない。



「―――っ、いきなり何すんだよアイリス」

「何するじゃないわよ。トシキ、貴方、この人とどうやって知り合ったの?」



 彼女は俺の耳元でシャルルに聞こえない程の声で囁く。



「そんなの、湖で偶然にばったりと鉢合わせてしまってそのまま成り行きでだ。これから彼女に頼まれたからこの都市を案内するつもりだし」

「普通、初対面の男に案内を頼む女はいないわよ。しかも彼女の場合は特にね」

「どういうことだ?」

「彼女は男嫌いなのよ。彼女は連合全体でも有名で、それと同様に男嫌いとしても有名なの。以前に男の集団に襲われたときに加害者全員を再起不能にするまで重傷を負わせたとか噂があるくらいよ。そんな女の子が男を頼るなんて……。貴方も隅に置けない男ね、全く」

「すぐにでも案内を断りたくなったんだが」

「そんなことをしたらあんたの在りもしない噂を都市や冒険者の間に広めて社会的に殺すわよ」

「ひでえなっ、おいっ!?」

「男なら約束ぐらい守りなさいよ。約束を破る男は最低よ」



 シャルルの方向に視線を向ける。

 慣れていない場所のためかどことなくぎこちない様子が見え隠れしている。表情もどこか不安げだ。

 はあ、とため息をつく。



「わかってるよ、ったく。」

「それでいいのよ。それと彼女の滞在期間は私が彼女の受付をするから。何か、第一印象が良かったし実力もあるからかなりの優良物件だわ」

「へいへい、ちゃんと伝えとくよ」

「いえ、その必要はないわ。私もついていくから、貴方とシャルルのアテナ観光に」

「……はっ!?」



 アイリスは自分の受付席の机の上にある出席札を倒してそのまま連絡口をからこちら側に出てくる。



「私は貴方だけの契約受付員だから貴方の用事が終わったら仕事は基本的に終わるの。今回の事後処理も明日以降に回したとしても何ら問題はないし。それにあなただけだったら案内できないところもあるでしょ。というわけで、ついていくわ。文句はないでしょ」

「まあ、それなら別にいいけど」

「なら、決定ね。シャルルさん、聞いていたと思うから別に説明しなくてもいいわよね。早速案内をするから一緒に行きましょうか」

「はい、わかりました。何事も迅速に、が大事ですから」



 シャルルはぱっと先程までの不安に満ちた様子から希望にあふれた元気の溢れるよう様子に変化する。そのまま、アイリスに手を引かれて支局の出口へと向かっていく。



「つーか、もう仲良くなったのかあの二人」



 とことん、女性という生物がわからなくなる。どうして女性はあんなにも交友関係を築くのがうまいのだろうか。

 ――――――と、



『……』



 周囲から視線を感じる。

 これは毎日のように受けている男たちの感情のこもった殺気だ。

 おそらく、美女と一緒にいる俺に対して向けられているものだろう。その証拠にいつもはいないシャルルという美少女が近くにいたためか殺気がいつも以上に濃厚だ。

 だが、彼らは俺に決して手を出してくることはない。

 それは、過去にいろいろあったからなのだがそれは今はどうでもいいことだ。



「――――――!」

「――――――!?」



 すぐ先で二人が楽しそうに話している。

 俺はその様子を見て二人の後ろについていく。それが案内係を頼まれた使命であるから。


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