アテナ森林部
「君は見ただろうか、あの巨大な星を。
あれは凶星だ。間もなく、我らを滅ぼさんと災いをもたらすだろう」
―――占い師ネルム・キャストのアテナ教国都市中央噴水の演説から。
▼ ▼ ▼
アテナ森林最奥部。
アテナ教国都市周辺に存在する森林部であり、その中で危険地帯の火山に最も近い場所と呼ばれている。最奥部には謝って迷い込んだ下位の魔物や火山での縄張り争いに負けて落ちてきた魔物を主食とする通常よりも強力な魔物が多く生息している。
また、環境も苛酷である。それは火山の近くであることが原因であり、最奥部にはその余りの気温の高さに水分は不足し、水分を少量しか必要としない木々が立ち並んでいる。
凶悪な魔物に、活動には余りにも不適切な環境故にこの地帯は準危険地帯として冒険者連合には認定されている。
そのため、その空間には人の手が全くかかっておらず自然の状態で残されている。時偶にその風景を観光したがる人々のために最高位冒険者の神獅子が数人護衛について観光ツアーを開催していたりもする。
そのような美しい場所として有名な最奥部だが、当然依頼を受けた高位冒険者が魔物を討伐しに行くことも珍しくはない。
そして、それは今回の俺も例外ではない。
「ぐるぉぉぉおおおっ!!!」
俺は森の中心で立っている。だが、ただ立っているわけではない。
俺は今、魔物の群れに周囲を全方位囲まれている。
その現状が俺にその場で立つ以外の選択肢を与えてくれないのだ。迂闊に動こうものならば殺気立っている魔物たちはすぐさま俺に向かって襲い掛かってくるだろうことは予想できる。
いや、個人的にはそれでも一向に構わないのだが、物事は全て冷静に運ぶべきだということを忘れてはならないと敢えて直立しているだけに留めている。
「――――――、さて」
俺はなるべく魔物に刺激を与えないように最小限の首の動きで彼らの生態を把握する。
フォレストザウルス三体。
ヘルバウンド二十体。
ヘルオーガ十体。
バジリスクエイジ二体。
デスビー測定不能体。
加えて――――――、
「見つけたぞ。コクゥ」
今回、この区域に入った理由である依頼条件を発見した。
今回の依頼主はコクゥと呼ばれる鳥型の魔物の捕獲を依頼した。職業が養鶏者のようで、コクゥを飼うことで高い売り上げを見込もうとする目的の依頼のようだ。
コクゥの卵は希少で美味であるから高価だ。お金を多く持つ富裕層の人間はコクゥの卵を安定的に手に入れることのできる依頼主の店へとお金を落としていくだろう。
……その育成コストに対しての見返りは余り期待しない方がいいと思うが。
コクゥは、木の枝の上で俺の動向を探っている。毛並みの特徴を見る限り、茶色であるので雌であることが分かる。
学者の説によると、コクゥは産卵期になると雄は黒色に雌は茶色に毛の色を変化させるらしく、それは木の枝と同化して身を隠すためであるとからしい。
だが、俺にとって今はそんなことは非常にどうでもいいことだ。
「さっさと依頼は終わらせてしまおうか」
コクゥは昼行性で、夜にはすっかり身を潜めてしまう。だから、依頼を成功させるには昼の今が適正なのだ。
それに加えて、コクゥは非常に臆病な気性の持ち主だ。そのため捕獲を成功させることが出来る確率は低い。だから、なるべく多く遭遇する必要性があるのだ。
「――――――」
俺は、ローブの裾から密かに一本の針を取り出す。懇意にしている鍛冶屋で作られた純銀の一品。無論、デザインのシンプルさからにじみ出る美しさの他に武器としての性能も確かである。
「――――――〈麻痺付与〉、並びに〈雷属性付与〉」
針が白銀に放電するように輝く。それは俺の魔力の輝きだ。
銀色、とは非常に珍しい色であるようで他の人たちが原色に近い色合いをしている中で非常に目立っているというのは俺の契約受付員アイリスの言だ。
俺としてはそのことを誇らしげに語ったりする気などは無く特に気にはしない。だが、偶に知り合いに綺麗な色ですとか格好いいとか言われると照れてしまうのはお約束だ。
俺はその綺麗な銀色を悟られぬように最小限の動きでコクゥへと放つ。
針は銀色の流星を描き、目にも留まらぬほどの速さで突き進む。その動きに音は無い。それは音速の上を行く超越の速さ。
俺はコクゥのいる方向を見る。
そこでは既にコクゥが枝から落下していた。
シュッ。
コクゥが落ち始めてようやく針の通り過ぎる音が周囲が聞き取る。
それと同時に、
「――――――グェ……?」
と、コクゥの喉を詰まらせたかのような声が聞き取れた。
「〈縛鎖〉」
俺はコクゥがそのまま地面に落下しないように魔法で束縛して捕獲する。麻痺と弱点の雷属性が付与された針を直接食らったので、コクゥは為す術もなく全身に麻酔がかかったかのように動かずビクンビクンと痙攣しているだけだ。
俺は自分の魔法の効き目と本拠地への帰還時間を計算してコクゥを腰に巻いているアイテムポーチの中へと入れる。
すると、コクゥはその巨体にもかかわらず明らかに小振りなポーチの中へとその全体を入れられた。
俺のつけているアイテムポーチはとある空間魔導士によって開発された品でそこそこ高価な代物だ。ポーチの中の空間を拡大させてその内臓量を大幅に拡張しているらしい。
現在は開発者の意向で販売されておらず、世界の中でも所持者が少数なのでアイテムポーチを持っている人間は荷物持ちとして重宝される。俺が冒険者駆け出しの時になけなしの所持金を費やして買ったかいのある品だ。
と。
『ぐるるるぅぅぅううううっっっ!!!』
相変わらず周囲の魔物が俺に向かって敵対の視線を見せている。それも本来ならば敵対している種同士が結束して俺に向かって敵意をぶつけてくる。
「うるせえな……」
俺は率直な感想を零す。
どうも、ここの魔物たちは俺のことを歓迎していないようだ。
確かに、本来ならば存在しないはずの異物である俺がこの場所にいるのは億劫だろうがこの対応は正直言って腹が立つ。
もう少し対応というものを考えはしないのだろうか。
「……まあ、ただの魔物だから無理か。そもそも期待もしていないし。
―――だがな、それと俺の怒りが晴れるかは別問題だクソ野郎共」
俺は上空に手を掲げ、掌に魔力光と同じ色の銀の魔術陣を出現させる。それと同時に俺の体内からまるで蒸気の様に魔力が上空へと昇っていく。
魔物たちは俺の魔力の上昇と呼応してそのまま上方へと顔を向ける。
そこには、俺を中心に周囲を覆う巨大な白銀の魔術陣が存在していた。
魔術陣は中央の円から合計で六つ。それは魔術の第六階級である王級魔術を意味していた。
「―――天を仰げ、塵芥共。そして、首を垂れるがいい。お前らは、今日ここで裁きの日を迎えるのだから。既に、貴様らに生路なし。故にここで生き恥をさらせ、死に恥をさらせ。それこそが貴様らに出来る全てなのだから」
王級魔術。それの意味するところは戦術魔術だ。たった一撃で集団を滅するための攻撃。
そして、そこまで至る人間というのもその魔術の価値上非常に少なく、世界でも百人を下る。
そう、俺はその世界有数の魔術師の一人だ。
だからこうして、俺は周囲に群がる明確な敵を蹂躙するために魔術を発動しようとしている。
『ぐるおおおぉぉぉおおおおっっっ!!!』
俺の魔術を中断させようと、魔物たちが一挙に襲い掛かる。
力のある地上生物はそのまま突進し、遠距離攻撃のできる魔物は魔術などを浴びせ、空中から攻撃できる魔物は上空から重力を利用して突っ込んでくる。
だが――――――、
「バカ野郎、そんなもんは予想済だボケ」
それらの攻撃は薄い銀色のドーム状の壁によって遮られる。
どのような攻撃もその防壁を貫くには値しなかった。
「初級魔術〈バリア〉。基本中の基本だが、最も真に近い魔術だ。なぜならば、魔力を籠めただけ強力な防壁を構築できるからな」
俺が行ったのは単純に自分の中にある膨大極まる魔力の内のごく僅かをバリアに注ぎ込んだだけ。自分にとっては些細な量であるが、それは他の人々では魔力消失に至りうるほどの魔力量。
それほどのバリアなのだから当然、周りにいる程度の魔物では突破することは敵わない。
だが、魔物はなんとか活路を見出そうとバリアを突破しようと必死に抵抗する。
「憐れだな。だが安心しろ。その余りにも愚かな振舞いを今すぐに終わらせてやる」
右手の魔術陣に周囲の銀色の魔力が凝縮する。
掌の魔術陣は上空の巨大な魔術陣の元へと上昇してそのまま同調する。
上空の魔術陣は銀色の膨大な光を輝かせる。すると、魔術陣の中心に莫大な魔力が収束していく。
その余りの魔力の奔流の巨大さに、天が強くうねり、地が割れる。
それはまさしく、嵐というべき現象だった。
「―――〈天界の隕墜〉。光系統王級魔術の威力を味わってもらおうか」
魔術陣の収束された魔力が真下にいる俺の元へと振り下ろされる。光線型のその攻撃は余りにも強力で巨大で、俺以外の周囲の魔物を粉一つ残さない程に消失させる。それは森林などの環境も例外ではなく森林も根こそぎ消滅していった。
しかし、攻撃はそこで終わらない。光線によってもたらされた膨大な爆風が周囲の環境や魔物に襲い掛かる。その様相はまさしく災害と言っても良いものだった。
「……あれ?こんなに威力あったっけ」
俺は〈天界の隕墜〉にここまでの威力があると聞いたことがない。精々、魔物を数十体程殺すには十分な威力であるぐらいのことしか認知していなかったのだが。
「……まあ、いいや。なるようになるさ」
俺は、今にも甚大な被害がもたらされているこの空間を尻目に一人バリアの中で欠伸をするのだった。
数日後、俺が放った魔術が原因でこの区域が荒れ地となり魔物が立ち寄らなくなる死の土地として認定されるのだが、それはまた別の話。
▼ ▼ ▼
「はあ、疲れたな……」
森の中を歩きながら俺はぐぐっと背筋を伸ばす。
一仕事をすると流石に体に疲労が溜まるのは避けられないということを理解しているつもりだが、この感覚は今でも歓迎することは出来ない。
最奥部で魔物を残らず討滅した後にすぐに移動して都市へと戻るように森の浅い場所まで移動してきた。周囲の魔物を狩り尽くしたので特に残る事情もなく、疲れもたまっていたから今日は早めに切り上げようと思ったのだ。
とはいっても、先程までいた最奥部から都市までは並の冒険者の全速で半日はかかり、最上位の魔術師である俺でも継続的な移動を行うとしたら最低でも数時間は覚悟する必要がある。現実に、最奥部を抜けるまでに一時間を必要としてしまった。
つまり、これから数時間から一時間を除いた時をかけてアテナまで戻らなくてはいけないわけなのだが……、
「どっかで一度休憩したいな……」
個人的な感情としては帰還するよりも休みという方針に惹かれている。
今はまだ太陽が頭上に位置している真昼の状態だ。急がなくても余程のアクシデントがなかったら夕暮れになる前に確実に帰還することは出来る。帰路も覚えているのだから問題はないだろう。
俺は脇に提げている水筒に手を伸ばし、そのまま蓋を開けて口をつける。
しかし、中には水滴が数個ほどしかなく喉を潤すには全く足りていない。おそらく、最奥地の高温で気づかぬうちに水を消費していたのだろう。
「……まじか」
蓋を下向きにして思いきり振っても中から何も出てくる気配はない。
そのことにはぁと溜息をついて、そのまま俺は水筒の蓋を締めて再び脇に提げる。
「どこかに休めるところはないかね」
体にかけられていた強化魔術を解除して周囲を探索する。
俺の今いる場所は最奥部のような苦境ではなく、森の中でも人の徘徊の少ない比較的自然の景色が残っている場所で環境も少なくとも俺にとっては最高水準に心地良い所だ。所々に人の手がかかった後はあるが、それでも景観を損なうほどではない。
「――――――」
首をきょろきょろさせながら周囲を見る。
俺が探しているのは、森の中に時折見かける湖だ。森林の中の湖は砂漠の中のオアシスに匹敵する恵みであり、多くの魔物が湖の水を飲むために立ち寄っている。
それはつまり魔物の足跡を辿れば湖の場所が把握できるというわけで、俺は先程から手がかりとなる魔物の足跡を探っている。
どうやら、見る限り魔物達の足跡は共通の方向へと向かっているのでおそらく湖かそれに準じる場所があると予想をつけて向かうことにする。
それにしても……、
「この足跡は一体……?」
俺が注目したのは、すぐそばの広場にある人の身丈ほどの巨大な魔物の足跡とそれと敵対していただろう人間の靴に似た小さな足跡だ。
両者ともに激闘の後と思える程に、互いに激しく踏み込まれていた。
俺の記憶が正しければこの区域にこれほど巨大な魔物は存在していなかったはずなのだが……。
「周りに際立って強大な魔力の波動も気配もないから、特に警戒する必要もないかもしれないけど……少しは用心する必要はあるかもしれないな」
自分を中心に銀色の光を少し放出しながら二重の魔術陣を展開する。
〈強化〉。無系統の中級魔術であるが全ての行動の基礎となる重要な魔術だ。
再び体に銀色の強化魔術を着込み、足跡を辿って先に進んでいく。
「……、ん?」
少し歩くと周囲と比べて一際光の強い空間が見えた。
俺はその正体を確かめるためにそのままその場所へとそのまま足を運ぶ。だが、今まで光の弱い場所にいたためかその空間の光に耐え切れずに目を細めてしまう。
「くっ」
だが、すぐに視力が回復して目の前の風景を見ることが出来るようになった。
面前は予想通り湖だった。
どうやら光が強かったのは太陽の光が水の表面で反射されたからのようだ。
「ふう、助かった。なんとか目的地に着けたな」
見る限りそこまで広くはない湖だが水は透き通っていて衛生面は問題なさそうだ。周囲にいる魔物も攻撃性の低いものばかりだからゆっくりと休憩することができると判断して、俺は湖へと水筒のふたを開けながら近づいていく。
縁まで近づいて立ち止まりそのまま水をすくおうと体を倒そうとする。
――――――その時、紅蓮の閃光が俺の首元に迫った。
「――――――ッ!?」
「動くな。動いたらその細い首を両断してくれる」
突如として襲い掛かってきた攻撃に驚きながら、俺は完全に後ろにいる先程の高い声質から女性だろうと予想できる存在に主導権を握られてしまっているので大人しく無抵抗を示すように両手をあげる。
はたして、盗賊だろうか、はたまた暗殺者だろうか。個人的には思い当たる節は無いのだが一体誰が俺の首を刈り取ろうとしているのか正直気になるところではある。
「よし、それでいい。頭のいい人間は嫌いではない」
「はあ、そうですか」
俺は彼女(?)の言葉に順応しながら考察を深める。
俺の後ろで剣を向けている人間は完全にではないが〈強化〉した俺の感知能力を掻い潜ってきた。この時点で相当な実力者であることは疑いようがない。
それに加えて、俺の首元に添えられている紅蓮色の剣。この剣から魔力の波動を感じる。しかも、籠められている魔力の量が半端ではない。
これほどの実力、一体何者なのだろうか。
「では、私の質問に答えてもらおうか、男。
お前は何の目的でこの湖まで来た。お前のような如何にも悪者の様な恰好をしている奴が素直な理由でここに来たわけはあるまい。正直に答えてもらおうか」
「悪者って……」
「いいから答えろ。それとも首元に添えた剣で切断されるのがお望みか。それならば話は早いのだが」
「わかった、答える、答えるからっ!」
選択肢のない選択に従いながらふうと対応に疲れながら息を吐く。
確かに俺は白の衣服の上に黒を生地としたローブを羽織っていて、この世界で珍しい黒髪でしかもそこに眼帯をつけているのだから奇妙と言えば否定はできないが悪者と言われると正直いって少し傷つく。
だが迂闊な応対をして、非常に横暴な態度の背後の君に殺されないように速やかに返答をしようと思った。
「休憩しに来たんだよ。依頼を終えて最奥部から戻るついでに、だ」
俺はありのままの事実を語る。
しかし、後方の君はその答えに満足ができないようで首元の剣をどかす気配はない。
「依頼か。ということはお前は冒険者ということになるが、証拠はあるのだろうな。しかも最奥部は準危険区域だったはず。英雄位以上の者しか入れないはず。証拠を見せてもらおうか」
「わかったよ……、ほらよ」
俺がポーチから冒険者連合局で発行されたカードを取り出してそのまま後方へと見ないように手渡す。
「神鳥級冒険者か……。どうやらお前の言うことは本当のようだ、失礼した」
首元に突きつけられていた紅蓮の剣が掻き消えて、俺は後ろの人間の拘束から解放される。その機会を見逃さないように、その場から跳んで対応できるぐらいの間をとる。
そして、そのまま俺は拘束させられていた人間の姿を視界にとらえる。
そこには、一人の白銀の軽めの鎧を身に着けた金髪の美女がいた。
所々締め付けを緩くしているのか鎧の隙間から見える白い肌が、魅力を引き立たせている。それに加えて風になびかれる長い金髪が彼女の美しさを引き立たせている。
だが、それでも今目の前にいるのは俺に危害を加えようとした存在だ。少しでも油断したらとって殺される可能性もある。警戒を深めなければいけない。
「お前は、何者だ?」
俺は定番のような単純な言葉で彼女の情報を探る。無論、いつでも魔術を練れるように魔力は放出している。
彼女はキリッとした真面目な表情で俺を見据える。
「貴方の同僚です。トシキ・ナミカワ。そして、貴方と同様にこれからアテナ教国都市で活動することになる英雄級冒険者でもあります」
「お前の名前は何だ。人に名前を教えられたら教え返すって指導を受けなかったのか」
「これは失礼しました。私の名前はシャルル。銘なしのシャルルです。世間では〈炎獄〉という異名でそこそこ知れ渡っている有名人のはずなのですが」
「一月前に来たばかりで狩りばっかしていたから知らなかった」
「そうですか、ならばここで覚えてくれれば嬉しい。さて、警戒心を持つのはいいがそれは余りにも露骨すぎる。もう少し抑え込むことを覚えた方がいいと私は思う。それに、私は貴方に敵対する気はないので抑え込んでほしいのですが」
「……わかった」
どうやらシャルルという女性は俺に対して敵対心は全くない様子なので警戒のために纏っていた身体強化を解除する。
俺はそのまま彼女の元へと近づく。
近くで見ると彼女の美貌がより一層際立って見える。
「ところでシャルルさんはここで何をしていたんだ。森林の中では同じ冒険者と鉢合わせすることは珍しくないだろ」
「そんなことですか。それは私が先程まで水浴びをしていたからです。私も乙女ですから、男に裸を見られることには抵抗があります」
「水浴びって、ちゃんと鎧を身に着けているだろ」
「この鎧は特殊な魔導機甲でして、私が魔力で瞬時に編むことが出来ます。だから、貴方が視界を回復する前に身に着けてから気配と魔力の波動を消して待機することが出来たわけです」
「なるほど、そういうことか」
シャルルさんのドヤ顔を視界に入れながら先程までの出来事に一定の納得をする。彼女の言う特殊な魔導機甲は分からないがとりあえず理解をしておくことにした。
「ところで、最奥部といえば先程に突風がその場所から噴き出していたのですが心当たりはありますか」
「ああ、俺がやったからな」
おそらく、最奥部での戦いの副次的な効果がこの場所まで来ていたのだろうと思う。そう思うと、やはり先程の攻撃はさすがに強力すぎたと考えるべきだ。後で、連合で魔術階位について話し合う必要があるかもしれないと思った。
「そうですか。まあ、英雄位の中でも神鳥級の実力者ならばそれくらいの芸当ができても不思議ではありません。知り合いの魔導士にもいますし」
「世界は広いなあ」
やっぱり話し合う必要はないかもしれないと俺は思い直した。
「ところで、シャルルさんはその位の冒険者なんだ。見たところ英雄位ではあるみたいだけど」
「私はですね……」
シャルルさんは腰に提げているポーチから俺と同じようなカードを取り出して俺に見せる。
そこには神獅子級と書かれていた。
「神獅子級って、最高位の冒険者じゃないか。通りで強いと思ったよ」
「そんなにたいしたことはないです。貴方も神獅子級前の神鳥級じゃないですか。貴方の実力ならば間もなく上がれますよ」
「神獅子級の人にそう言われると何だかうれしいな」
俺はシャルルさんに預けていた冒険者カードを返してもらいアイテムポーチの中に入れる。シャルルさんも自分のカードをポーチの中へと戻している。
「神獅子級ともなると、ドラゴンとかと戦えるらしいけどどんな感じなんだ」
「特段変わったことはありませんよ。ドラゴンにも種類がありまして、物によっては世界中の金獅子級があつまって退治するものもありますけど倒せない存在ではありません。どの種もお伽話上の悪の化身であるドラゴンの力に相違ない強大な相手であることは間違いありませんが。ですがこの世にはドラゴンがかわいく見える程の凶悪な存在がいます」
「ドラゴンよりも凶悪な存在がいるのか?」
今までに聞いたことのない話で興味を惹かれる。
「連合機密の一つで詳しくは話せませんが、それは存在が出鱈目なのです。人の身では決して届かない力の暴力が形を為して襲い掛かってくるような……。いえ、何でもありません、忘れてください」
シャルルさんは少し心苦しいような顔つきで話を強引に途切れさせる。
俺はこれ以上の詮索はマナー違反だと思い問い詰めようとは思わなかった。
シャルルさんはその場で空を見上げる。
「空は輝きに満ちています。……非常に美しい。心が癒されます」
「空が好きなのか?」
「空というよりも太陽ですね。太陽はいい。世界の全ての母で常に子供の私たちを見守ってくれる。そして、闇を払ってくれる」
シャルルさんはそのまま俺の方へと向き直って眼を見つめる。
俺には彼女の赤色の瞳が活気づいた炎のように見えた。その炎は激しく燃え上がり、常に何かを燃やし続けんとその先を伸ばし続けている。
「―――トシキ。この辺りでは名前は珍しいですね。東洋系の趣きを感じます。ですが、嫌いではありません。ですので、これから貴方をトシキと呼ばせていただきましょう。トシキも私のことはさん付けではなくシャルルでお願いします」
「わかった、シャルル」
俺は右手を彼女に差し出す。
だが、彼女はその差し出された手を見て首を傾げる。
「その動作は一体なんでしょうか」
「こいつは握手と言ってな。これからもよろしくということを伝えあって絆を深める行為のようなものだ。嫌か?」
「まさか、そんなことはありませんよ。で、私は何をすれば良いのでしょうか」
「俺の右手を握ればいいんだよ。それで俺も握り返して握手は成立だ。簡単だろ?」
「ですね。では、早速」
シャルルは右手で俺の右手を握る。
彼女の手は温かく、女の子の手にしては剣を握っているためか些か固めだった。
俺は彼女の手を握り返す。
「これで成立……ですか」
「そうだな。というわけで、よろしくなシャルル」
「こちらこそ、トシキ。―――で、早速で悪いのですが一つ頼みごとを引き受けてはもらえませんか」
「せっかく知り合いになったんだから、一つくらい引き受けてやるよ。何だ?」
シャルルは俺の言葉を聞いてほっとしたのか少し顔の緊張を溶かしながら用件を言葉に出す。
「アテナの中の案内役を引き受けてはもらえませんか?」
魔術階位早見表
初級魔術
中級魔術
上級魔術
兵級魔術
将級魔術
王級魔術
帝級魔術
法級魔術
仙級魔術
神級魔術
※初級から上級が基礎魔術で兵級から将級が実践魔術、王級以降は戦術魔術。
※現在、王級魔術以降を扱える人間は百人に満たない。
※これは魔術全体の危険度に基づいた大まかな格付けであり、時として上下が動くこともありうる。また、特殊な魔術は異端型魔術と呼ばれる。
魔導機甲
鉱石に魔力を籠めて魔石とし、それを動力源として生み出された人間の武器防具のこと。遺跡から発掘された未だに解明されていないものも多い。




