異形の村
「グモオォォ――!」
牛頭が障子を突き破り、突っ込んできた。
「やばい、ここじゃ狭い」
俺は刀と手帳を持って外に飛び出し、刀を振るえるような広い場所に移動する。
「グモオォォ――!」
牛頭の声が近づいてくる。
「チッ、やっぱり追ってくるか。手帳に書いてた通り、倒すしかないのか」
覚悟を決めて、刀を抜く。
「グオォォ――!」
牛頭が姿を現す。
口からよだれを垂れ流し、目が真っ赤になっていて、興奮してるのが遠目からでもわかる。
(突っ込んでくるな)
奴の突進は直線的だ。
タイミングさえ間違えなければ、避けられる。
すれ違いざまに刀で斬りつけていけば……。
「グオォォ――!」
俺の読み通り、牛頭は直線的に突っ込んできた。
動きは予想通りだが、想像以上に怖い。
「うわあ!」
情けない声をあげながらも右側に飛び、ギリギリで突進を交わし、刀を振るう。
「グアァァァ――!」
牛頭の左腕が宙に舞う。
「凄い切れ味だ」
刀を振るったことない俺でも、空を裂くように手応えがなくても、左手を切り落とすことができた。
「グウゥゥゥ――!」
左腕を失ないながら、牛頭がこちらに向きなおる。
「やっぱり、まだ終わらないか」
刀を構え直す。
「ガアァァァ――!」
牛頭が再び突っ込んでくる。
片腕を失ないバランスが悪いのか、今までよりスピードが遅い。
「よし!」
さっきと同じように右側に飛び、首めがけて刀を降り下ろす。
――シュッ!
なんの抵抗もなく、牛頭の首が落ちた。
「や、やったのか?」
牛頭の体が光の粒子になり、その粒子が俺の体に吸い込まれる。
「な、何だよこれ!」
なんかへんな呪いとかじゃないだろうな。
でも体が軽くなった気がするし、満腹感が得られたんだけど……なんだこの感覚。
いや油断するな、元が異形だ、この粒子で俺が異形化するとかないだろうな。
分からない、どうする……そうだ、あの手帳になんか書いてないか。
そんな事を閃いた俺は、適当な空き家を見つけ、そこでさっきの続きを読む。
――異形は倒さなければいけない相手です。
なぜなら、異形は敵であると同時に、人間にとってのエネルギーになるからです。
「なにっ?」
どういうことだ。
急いで続きを読む。
――異形を倒すと光の粒子になります。
光の粒子を僕は【霊力】と読んでいます。
霊力の具体的な説明は下記に書いておきます。
霊力を吸収すると、霊力の量により時間は変わりますが、空腹や喉の渇きを感じなくなり、睡眠も不要になります。
また霊力によって、身体能力が上がります。
体力回復と身体能力強化に使われる霊力は半々です。
例えば霊力が十あるとすると、体力回復と身体能力強化に、霊力が五づつ使われます。
ただし、これは無傷で異形を倒した場合です。
負傷した場合は、その治療に霊力が使われます。
そして残った霊力を体力回復と身体能力強化に使われます。
つまり、なるべく無傷で異形を倒して下さい。
負傷するとその分、体力回復と身体能力強化の霊力が、減ってしまうので。
寝ることさえ許されず、食料も水もないこの地で、霊力は無駄にはできないものです。
その為、僕は少しでも戦いを有利にするため、武器となる二本の刀を見つけました。
二本の刀の名は【血吸】と【破敵】です。
二本も使わないので、破敵は置いていきます。
よければ使って下さい。
きっとあなたの戦いに役立つはずです。
手帳を途中まで読み、頭を抱える。
「マジかよ、ただ勝つだけじゃ駄目なのか」
今回の牛頭は無傷で倒せた。
だが、これから先も今回みたいにうまくいくとは限らない。
でも刀は助かった。
これがなければ死んでいた。
「これからどうするべきか」
俺は再び手帳を読む
――この世界を出る方法は、この世界を造りし者を倒す以外にありません。
どんな姿かは分かりませんが、場所の目星はつきました。
この村のはずれにある神社です。
僕はこれから、その神社に向かいます。
でも、これをあなたが見ているということは、僕は恐らく生きてはいないでしょう。
どうかお願いします。
この世界を造りし者を倒して下さい。
僕の仲間や、今まで犠牲になった人達の無念をはらす為に。
なにより、あなた自身が元の世界に帰る為にも。
お願いします。
俺はそっと手帳を閉じる。
「神社か……」
このまま一直線に神社を目指して、運良く異形とエンカウントしなかったところで、この世界を造りし者を倒せるのか。
いや、無理だろう。
適度にエンカウントして異形を倒しつつ、レベルアップしていかなければならない。
なるべく無傷で。
「難しいな」
だがやらなければならない。
元の世界に戻る為に。
この後の行動指針は決まった。
目的地も決まった。
倒すべき敵は、この世界を造りし者。
目指すべき場所と、倒すべき敵が分かれば、後はやることは一つ。
「いくか」
俺は刀を手に、外へ出る。
外はすっかり暗くなっていた。
あいかわらず霧がでていて不気味な雰囲気だ。
しかし意外なことに、この村には街灯があり、明かりが灯っていた。
「うっすらでも、明るいのは助かるな」
薄明かりの中、歩を進めようとした時、人の気配を感じた。
「誰だ!」
暗がりの中、もんぺを履いた、小柄な女性が現れた。
暗くて顔がよく見えないけど、もんぺ履いてるし、身長は百四十くらいの小柄な体格だし、おそらく女性だろう。
籠を背負っていて、農作業の帰りみたいだ。
だが、この村に普通の住人はいない。
俺は鞘から刀を抜き構える。
異形が近づいてきて、その全身があらわになる。
暗くて顔が見えないと思っていたが違った。
最初から顔がなかった、首から上がないのだ。
「チッ、不気味な奴め!」
恐怖をまぎらわすように大声をあげる。
異形は背中の籠から、短い鎌を二本取り出し、両手で構える。
「二刀流かよ」
だが得物の長さはこちらが上!
「うおぉぉぉ!」
刀を上段に構えて、異形に突っ込む。
身体能力強化のおかげか体が軽い。
「もらったぁ!」
異形との間合いを詰め、刀を一気に降り下ろす。
「なに!」
いるはずの場所に異形はおらず、刀は空を切る。
前を見ると、異形は三メートルくらい離れた場所にいた。
「チッ、すばしっこい奴だな」
俺が悪態をつくと、異形は鎌を投げつけてきた。
「危ねえ!」
刀で鎌を払い落とすと、その隙に異形が間合いを詰めてきた。
籠から出したのか、両手に鎌を持っている。
「おりゃあぁぁ!」
向かってくる異形に対して、上段から刀を降り下ろす。
異形は鎌を交差して、刀を受け止めようとする。
だが俺の刀は、難なく鎌を斬り裂き、そのまま胴を真っ二つにしようとする。
(いける!)
破敵の切れ味なら、難なく真っ二つにできるだろう。
そう勝利を確信した矢先だった。
「シャアァァ――!」
異形の腹をぶち破って、鬼のような形相の、老婆の顔が飛び出してきた。
「ガアァァァ――」
老婆の顔が、俺の左足の太股に噛みついた。
目を血走らせて噛みつく老婆の口からは、血が流れ落ちていた。
「ちきしょう!」
激痛に刀を落としそうになるが、必死に握り直し、異形の首を斬り落とす。
「グオォォォ――」
異形が断末魔をあげ、次の瞬間光の粒子になり、俺に取り込まれた。
後には籠と鎌が残っているだけだった。
「フウッー、倒したか」
安堵のため息を洩らし、その場に座りこむ。
あの手帳に書いてあった通り、霊力で怪我は治るみたいだ。
もう血が止まって、痛みもない。
「……危なかったな」
噛まれた所が太股でなく、首とかだったら死んでいた。
気を付けないと、ゲームと違って死んだら終わりだ。
もっと、慎重にいかなければ。
俺は気合いを入れ直し立ち上がる。
生き残りをかけた夜は、始まったばかりだ
刀の名前
霊刀【破敵】はてき
名刀【血吸】ちすい
次話は日曜日(7/26)の予定です。




