ナルコレプシー
・ナルコレプシー(睡眠障害)なカリス
・というより目眠り姫カリス
・ナルコレプシー云々は単なる名前だけの登場
・つまりこの小説の描写は信じないでください
・会話文極小
・学園の授業体制の捏造
・スリク不在時の話=二章と三章の幕間
・どう考えても雰囲気明るくない
・やっぱりやりたい放題
※三章一話を見る限りスリクの不在期間は長いように思えませんが、このssにおいてのみ数か月間としています。
一人の少年の死をもって、世界には平和が齎された。
かつて世界を脅かしていた悪の心を持つ者達の消滅が全世界で観測されてから早一月。彼らと戦う者たちの育成機関として機能していたナイト学園はやや閑散としていた。
否、それはやや語弊があった。現在の所属生徒数に対しナイト学園の敷地は不釣合いなほどに広く、使用されていない教室も多い。過去の大戦においてはこの広大な敷地が余すことなく使われていたのだろうが、平和な今を生きている者にとってはとるに足らない些事に過ぎない。
ともかく、閑散と感じさせている原因は現在授業が行われている教室にあるらしかった。人気が最も多いのにかかわらず、その教室における雰囲気はどうにも明るくなかった。
授業の内容に問題があるわけではない。行われているのは、一般の教育機関でのそれと全く変わりのないことだった。いくら戦う力を主につける場だといっても、一般教養を怠るわけにはいかないというのが、今もその座が空席になっている校長の口癖であった。世界が平和になり、戦う必要がなくなったのなら猶更必要とされるものなのは明白。戦うことが必要なくなるのは、その教室にいる五人の生徒にとって喜ばしいことだった。自分の年齢に合わせた教育を受け、生徒たちの表情は終業のチャイムがなっても明るくなることはなかった。
「…今日も来なかったわね」
「多分、部屋にいるんだと思います」
「少し時間あった時に様子見たらよ、一応出された食事は摂ってるみたいだったぜ」
「ま、それなら最低限の心配はないんじゃない?」
「そういう問題ではないでしょう」
「分かってるって。だから最低限だって」
各々で荷物を持って、教室を出ていく五人の幼い少年少女たち。その後ろ姿を見送った教師は生徒たちの会話を聞きながら、小さく溜息を吐いた。生徒たちの後姿に足りないものに思いを馳せる。失われた生徒、新たに迎えられた生徒、変わらない頭数、それらが全て表していた。
生徒たちの中で頭1つ出た身長、いつも綺麗に括られた赤髪。唯一成人した生徒の姿だけが数週間に渡って見られなくなっていた。
実のところ、彼の生徒だけは教養を修める授業に関して出席義務は特に無い。二十歳、先日齢が二十一になった青年は修めるべき教養は全て身に着けた身であり、他の生徒が授業を受けている間は自分の知識欲の赴くまま書庫や実験室で研究に励むことが大抵の場合だ。
しかし、青年はそうはしなかった。元来勉学を好まない質らしく、自分の研究や知識欲にはさほど興味を抱けなかったらしい。生徒が増え、自分より年下の人間が増えていくにつれて、教室に姿を見せて、こちらの授業の補助を行うようになった。生徒たちは歳も違えば生まれた場所も境遇も異なっていた。例え歳が近くとも教養の習熟度合いに差があることも間々あり、教師の手が足りない教室において現状を理解している青年が手伝ってくれているのは何よりも嬉しいことだった。教え方も最初こそ戸惑う事も多かったがそれもなくなって、世界が平和になったのちは教職を勧めようかとも考えていた教師は生徒らから聞いた現在の青年の様子に心を痛め、また青年に健やかな日々が戻ることも祈っていた。
物事の切欠とは往々にして些細なことからである。
最初に気が付いたのは、身嗜みに普段から気を遣う事も多い姫君。
青年が毎日欠かさずに綺麗に束ね上げていた赤髪の解れが多いことを指摘したことからだった。そのことに気付いた青年は気恥ずかしそうにしてすぐに頭髪をくくり直し、普段通りの髪型になっていた。寝坊して、時間がなかったからそのせいかもしれない。平和になって気が抜けているのかも知れないとも語っているその姿は全く普段通りだったと姫君は記憶している。
次に心配になったのは、心優しい周りを気に掛ける少女。
急展開を迎えた情勢の処理のために実践訓練の指導に当たる教師らがみな出払っており、教養の授業が多く組まれていた頃、自分の担当を任されている青年に質問をしようと問題を見ていた顔をあげた時だった。机に肘をついて、どこかぼんやりとした表情。声をかけると我に返ったかのように瞳に光を取り戻して反応する。先程の様子が不安を煽るようなものだったから、もしかして体調が悪いのかと聞いたが、大丈夫の一点張り。勇気を出して弟のことを引き合いに出してカマをかけたがそれすらもするりと躱されてしまった。
次に不可解を抱いたのは、二番目に年嵩の付き合いの長い少年。
食堂や教室、実践訓練をするための体育館や訓練場に姿を現す頻度が減っていった。使う武具や戦闘の形態から少年と青年は行動を多く共にすることが多く、また人好きのする性格でもある青年は他の仲間達と食事を共に摂ることも多かったのだが、最近は図書室に篭もりがちで、食事も自室で摂っているようだった。いくら平和になっても体がなまってしまっては元も子もないと思った少年は最近学園にやってきた少年と共に青年を訓練に誘う事もしたのだが、それに対する返答も判然としなかった。姿を仲間たちの前に見せてもぼんやりとしているか、何かを探すかのように視線を彷徨わせている。その頻度が日を追うごとに増えていくのにとうとう不安を隠せなくなった少年はふらりと教室似に現れ、すぐに出ていった青年を捕まえ問い質した。正確には、問い質そうとした。腕を掴んで振り返らせた時に見た表情。瞳に微睡を見出した少年は気付かずに質問の趣旨を変えてしまっていた。
眠れていないのか、ちゃんと休めていないのかと。弟を亡くしたのがショックなのかもしれない、そう思えるほどのぼんやりとした表情。返答は、ちゃんと寝ているとのこと。むしろ、部屋にいる時間はほとんど寝て過ごしているという内容の返答。部屋でまたひと眠りするから、手を放してくれないかとの青年の声に少年は何とも言えない儘青年を見送った。いつからか高く括られることのなくなった、緩く横に流した赤髪が不安定に揺れるのが、少年の不安を煽った。
以前の青年からの変化が帰還した教師らにも認知され、青年が負っただろう喪失の痛みを慮って、失われた少年についての論議が引き伸ばされたのはこのころのことである。
異変だと気付いたのは、礼儀正しき少年。
かつて喪失を経験していた少年にとって、青年のことは些か不自然にも感じられた。悲嘆にくれて居るにしては穏やか過ぎるものであると思えてしまった。青年は己の弟が自分の手でその胸を刺し貫くのを見ているのだ。単に悲しみに暮れるなら、もっとやつれた姿を見せている方がある意味自然ではある。日中活動していないことや運動量、それに伴い食事量が減ったらしく時折見かけた時の体のラインは細くなっていたような気はしたが、それでも病んだ人間が持つ他者が忌避したがる危うさは感じられなかった。
その疑問を解消すべく、少年は青年に会うため、一日の授業を終えた後、二人分の食事を持って青年の部屋を訪ねることにした。ノックをすると、予想に反してちゃんと返事があった。名前を告げて入室の許可を得て部屋に入る。青年は今し方起きたと言わんばかりのぼんやりとした目でこちらを見つめ、昼食かと尋ねる。最近は常に窓もカーテンも締め切られ、換気の怠った部屋は少しだけ空気が悪い。光が入らないこの部屋の中で毎日を過ごしている青年の肌は、前見た時よりも不健康そうに見えたがやはり病的なものには遠い。
青年の質問には夕食ですと答え、少年は持ってきた二人分の食事をテーブルに置く。次に部屋の明かりを少しばかり強くして、少しでも喚起を行うために少し窓を開けたらどうかと青年に提案した。窓に接するようにベッドが設置されており、足を床に降ろした青年は窓に引かれたカーテンを引いて外を確認している。少しだけ窓を開けて、雨はやんだのか、あんなにすごかったのに。と呟いているのを聞いた少年は、思わず振り返ってしまった。少年の記憶と推測が正しければ、青年の言った凄かった雨とは2.3日前に降った雨のことで、青年はまるでその雨がさっきまで或は自分が眠る前まで降っていたのかのように言った。少年はすぐに青年に駆け寄って、あなたが眠る直前にはかなり勢いの強い雨が降っていたんですね、と念を押してしまった。少年の慌てている姿など目に入らないのか、青年はマイペースにあんな風に大きな音で降りしきられると流石に覚えている。そのあと目が覚めた覚えもない、と答えられて、少年は目を見開いた。そうして数瞬思案し、取り敢えず誰かに知らせなければと思い立って青年の私室を飛び出した。走る少年の心の内にはかつて聞いたある病名が浮かんでいた。
かくして青年は王立病院へ搬送され、診察の結果ナルコレプシーという判断が下された。入院の必要はないとのことだったが、この手の症状は原因がはっきりしないことも多く、念のために一人以上の見張りを付けることにした。当然のことながら人手が不足するため、授業時間外には生徒らが交代で様子を見ることになった。
最後を紐解いたのは、自己陶酔が他者より顕著な少年。
決して他人がどうでもいいのではなく、ただ他人よりも主観による世界の中心座標が自分に偏りがちな少年は、青年の様子を見守る番が回ってきても、特に深い関心をよせることなく青年の部屋の中で好きに過ごしていた。それは少年が見守っている時間帯は夕方が多く、その間は大抵青年が眠っているのも大きかった。ある日少年が青年の部屋を訪ねた時、青年は珍しく起きていて意識もはっきりとしていた。少年は珍しいこともあると驚いて、前々から疑問に思っていたことを訊いた。弟を探しているの、と。他の人間にとっては一種の禁とさえなりうるその質問に、少年は容赦も遠慮もなく踏み込んでみせる。他者の過去を覗き見ることができる少年にとって、それは応答するかの選択を与えるための優しさでもあった。
青年は動じることなく、そうだと答えた。弟がいた光景が当たり前すぎて、つい視線で探してから、一拍遅れて理性がもう弟はいなのだと語るのだと言う。大切なものは無くしてから気付くとは言ったものだが、いくら大切だと思っていてもいざ無くしてしまえばその尊さは決して覚悟していけるものではないらしい。探して、見つからなくて、気付く。そうして繰り返すうちにいない弟がいないのは理解したが、普段の風景に弟が、自分にとっての平和の象徴に近い存在がいないのはつらくて、自分が日常を過ごしていた場所から離れていた。それでも時折さみしさを感じて時折教室に行っては弟の思い出を探す。それも今はもうやりつくしてしまったらしい。なら、今は何をしているのかと少年は聞いた。少年にとっては会話を続けるための単なるつなぎの質問でしかなかったが、答えは少年を驚愕させた。青年は、今は弟との思い出を夢の中に求めているという。今はまだ、終わっていないが、いつか自分が向き合えるまで待っていて欲しい。必ず、辿り終えたら自分は戻ってくる。だから心配しないで待っていて欲しい。青年はそう言って笑って少年の頭を撫でた。それは世間一般に兄と呼ばれる者の表情をしていた。
そうして、青年はゆめをみる。
記憶に耽溺する。風化と美化による変質した記憶は記録ではないと知りながら辿る。自分よりも大切であった存在の喪失を、自分の心に感じさせないように。少なくとも、足を前に進ませるだけの活力を残せるように。これから、自分がしっかりと弟がいないことに向き合っていけるように。本来なら時間がかかるこの段取りを、青年は弟に抱くその深すぎる情の為に本来受け入れられない現実を受け入れるための方法をとる。
青年は弟の残滓を求める。場所に、物に、人物に、会話に、記憶に。積み重なった曖昧な物からも丁寧に解いて、己の弟という存在を追憶し、再構成する。
紐解いて、取り出して、拾い集める。積み重ねて、織り合わせて、形取る。
今よりずっと幼いころ。兄だという事を隠して接していたころ、自分を兄だと知り、受け入れてくれたころ。笑う、怒る、泣く、剣を振り回し戦う時の凛々しさ、様々な表情。小柄な体を懸命に扱う様子、剣を握る皮が厚くなりつつある掌、大きな傷、小さな傷。好きな物、嫌いな物、得意な事、苦手な事。
記憶をたどり続けることで、青年は弟との記憶を時間経過の風化と美化を起こさせて、一連の記憶群とした。あんな辛い、痛ましい、自分の弟を奪ってしまったと解釈しかねない記憶は、風化させてしまったくらいがちょうどいい。そうでもしなければ、きっと自分は客観を、自制を保てはしない。それほどまで、自分にとっての弟は重要な存在だった。
優しい弟の犠牲によって、世界は平和になった。きっとこれからの世界は変わっていく。時にめまぐるしいほどの急激さをもつこともあるだろう。他の仲間たちよりも少しばかり長く生きてきた青年が時に助けてやれることが出るかもしれない。だから生きている自分はこんなところで足を止めている暇なんかない。今は確かに周囲から見たら自分はおかしく見えているかもしれない。しかしこれは一生足を止めないための休憩だ。消えることのない喪失の悼みを抱えていくための培養期間だ。逃げではない、しっかりと向き合って、耐え難い痛みを経ることで自分は乗り越えようとしている。例え自分を騙しているのだと非難されたとしても、逆に何人が騙されないで生きていけるというのか。生きていけるかも分からない精神状態の中、そんな歪みはどうでもいいことだ。それにもうすぐ終わることなのだから。
ほら、弟が笑いかけている。何を言っていたかなんて些細なことまでは覚えていない。弟は笑って、剣をその胸に。崩れ落ちた小さな体躯。溢れだした光の玉は今思えば暖かみに溢れていた。その時叫んだ喉の痛みと苦しいほどの悲壮は遠い過去に成り下がってくれた。対し光景は鮮明に。脳の補正と案外広い視覚領域に感謝する。
あぁ、もしかしたら生きていてくれるかもしれない。そんな希望まで今なら抱けるようになっている。自分は生きていける。歩いて行ける。悲しみだって背負える。ちゃんと話せる。だから、もうゆめを見るのは終わりにしよう。
でも、大丈夫って笑うのに少し足りない分は。
ゆめではなく、生の中で取り戻そう。
またまたまた書いて頂きました!
本当ならこれが正しいのかもしれないと、この話が好きで何度も何度も読み返しながら思いました。
カリスは何かと可哀想なキャラだなぁと思いつつ、だからこそ精神的に1番大人なのは彼なのかなぁとか
まだまだ書いていただいたものがあるので、また読んでいただけると嬉しいです!
【作者コメント】
懺悔
病気ネタはもうしません
名前間違えて覚えてたごめんなさい
本当はもっと会話があったはずなのにどうしてこうなった
個人的に兄さんは主人公の死を内心で受け入れていたのか、それとも本編の通り生きていると考えることで忌避したのか 今回は前者をベースにして本編に着地させてみた
でもこれはある意味希望でもなんでもないっていう
こうまでして覚悟したのに目の前にスリクが返ってきた時彼は何を思ったのか?
正直に言うと楽しかった