お買い物
・やりたい放題
・本編開始より一年前
・カリスとラル
・notカップリング!
・がんばってほのぼのを目指す
・皆のお兄ちゃんなカリスという幻想
・捏造万歳
季節は春。麗らかな午後の陽気の中、静かな教室内でふと呟きが零れた。
「城下町に遊びに行きたいわ」
「…それ、今いう事じゃないよ」
「ごめんなさい、つい…だって、こんなにいい天気なのよ?」
「うん、そうだけどさ。ボクもすんごく気持ちはわかるんだけどね」
すぐ近くの席に座っていたスリクが呆れたと言わんばかりの半目で更に言葉を重ねた。
それ、明日に試験がある人たちの前で言うセリフじゃないからっ!
「と言うかそもそもラルだって試験!あるんじゃないの!?」
「あら、遊びに行くのは今日のつもりじゃないわ。試験が終わってからでいいのよ」
「それはそうだよ!」
「まぁ、授業の短縮や試験の時間割を考えるとすぐに…例えば明日行っても全然問題ないのだけれど」
「何ソレ羨ましい!」
「スリクは手を動かせ!」
「いったい!」
先程から算数の練習問題を解く手が止まっていたのを見かねて、解く様子を見守っていたカリスが軽く頭をはたいた。スリクは痛がる様子を見せるが大げさだけなので続きを促す。事の発端であったラル自身は数学の証明の記述を一切止めずの発言であり、不問になっていた。ミカリは集中していると周りの様子が気にならない質であるし、リスクはとうに課題を終えて先に教室を出て、午後の授業に備え自室に持ち帰っていた資料集を取りに行っている。
クセのない綺麗な文字で証明を終えたラルは特に何も言わずに生徒らの様子を見守っていた教師にプリントを渡す。それをざっと眺めた教師は笑顔でラルに退出の許可を出した。時計を見れば昼食には少しだけ早い時間で、自分も先に自室に置いたノートを取りに行こうと荷物をまとめて教室を出た。
のんびりとした足取りで教室から自室のある上階へ向かっていると、後ろから自分を呼ぶ声がする。
「ラルー!」
「カリス?スリクの算数はもういいの?」
「あぁ、チャイム鳴ったから解放された。そうか、この辺りはチャイムの放送が入らないんだっけか」
「えぇ。それで、どうかしたのかしら?」
「そうだそうだ。さっき言ってたろ、町に遊びに行きたいって。明日か明後日で良いなら行こうぜ」
急な提案に思わず瞬きする。
「あれ、嫌だったか?」
「別に、嫌じゃないけれど…。かなりいきなりだったから驚いたのよ。カリスだって試験、…は今はもうないんだったわね」
「そう言う事。まぁ、魔法の才能はないとは言え理論だけでも学ぼうと思って講義を受けるだけはしてるけど、結局実践できないから試験は免除。再履修のもすぐに終わる」
「他の皆がまだ試験中なんだからそれを終わるのを待っていてもよかったのよ?さっきも言ったけれど」
「…試験終わりすぐに任務だろ。それに任務前は毎回城に帰っているから試験最終日に学園を出るって言ってなかったか?」
「確かに今度の任務はカリスとだったわね」
そう大して重要じゃないことばかり覚えている人だ、とラルは内心で呟く。しかしカリスが言ったことは全て事実であり、教室でこぼれた言葉はそう簡単には実行できない事なのは分かっていた。だからこそつい口からこぼれてしまったのかもしれない。
「普段ラルはあんな風につい言うみたいなことないから、そんなに行きたいのかと思って一応誘ったんだが…試験中だし、勉強の邪魔するつもりではないから、もしよかったらな!それにラルは頭いいし大丈夫だと思ったんだが」
「そうね…カリスは町のお店については詳しいの?私はあまり行かないから案内を任せるかたちになっちゃうわ」
「全然平気だな、むしろ俺は試験期間中に学園内にいるのはちょっと居心地が悪くて…」
「それもそうね…。じゃあお願いしようかしら。明日の午後からでいい?」
「ああ!じゃあ明日昼食べたら正門前に集合でいいか?」
「今から楽しみね。さて、私は部屋に一回戻ってから食堂に向かうわね」
「じゃあ俺は先に食堂に行ってるな。あ、リスク!」
約束をするとやけに嬉しそうにして、身軽に踵を返す。その時丁度見付けたリスクに声をかけて何かを話ながら食堂に向かっていった。ラルは昼休みが始まっていることを思い出して、先程よりも少しだけ速く歩き出した。
そして前日の夜の間に学園側に外出許可をもらって、午前の授業を終えたラルは制服ではなく私服で学園の正門前にいた。上質な生地のワンピースに薄手のカーデガンを羽織り、小さなカバンを肩にかけている。昨日同様に陽ざしは暖かいのだが、今日は風が吹くと肌寒く感じるため丁度よかったようだ。しかし腕にした腕時計を確認したラルは微妙な表情で小さくため息を吐いた。
「ほとんど同時に食堂を出たのに、どうして私の方が20分も早く来てしまう事になるのかしら」
別にデートというつもりは彼女には微塵もないため男性の方が女性を待たせること云々と言うつもりはないが、準備にこんなに時間がかかるのかと少し不思議に思えて首を傾げる。あと10分くらいしたらカリスの自室に向かおうかと考えていた彼女に誰かが走る音が聞こえてきた。
「ラル!悪い遅れた!!」
「別にいいけれど…ってどうしたの、なんだか…」
人ごみの中に放り込まれてきたみたいにぼろぼろよ、そう言われたカリスの様子はそれがふさわしい表現だった。別に服に穴が開いていたりとか、そう言ったことは全くないのだが何となく全身が疲れている。身にまとったジャケットもパンツも、履いた靴もカリス自身に似合っているし、普段と違って横に流すように緩く結われた赤髪も服装の雰囲気にあっているのだが、それが逆に違和感を煽っている。
「着替えていることろにスリクの急襲を受けて、それでリスクが釣れた」
「…あぁ、何となく分かったわ。お疲れ様、でももう少し服装の乱れを直して頂戴」
「分かってる、ったくスリクの奴にお土産頼まれちまった」
ぶつぶつを文句を言いながらも髪や服の乱れを直すと、先程のくたびれた印象は消えて年相応に見えるようになった。
「さて、これでいけるな。本当に待たせてゴメンな」
「いいのよ、元々私のわがままみたいなものだったから」
「ラルが気にしていないならいいけど…。それで今日はどこに行くとか、何かを買いたいとかあるのか?」
「それも勿論あるけれど、まずは自分の足で一通り街を眺めたいわ」
「なら最初にメインストリート、その後は大きい商店街…取り敢えず有名どこだけでいいか?」
「ええ、お願い」
脳内に町の地図を描きながらカリスはラルを先導して歩き始めた。
普段の生活を学園の中で過ごし、それ以外は城との往復、任務で他の町に遠征に行っても(普段街に出ようとしないのもあって)あまり出歩こうとしないラルにとって自分の足で歩き、自分の目で見て見聞を広めるというのは中々に新鮮な体験だ。たまにミカリと出かけはするが、何となく年下に聞くのも気恥ずかしくてそのままにしていることも多い。全くの未知ではないが、それでも見慣れない物や知りたい物、興味を引く物は次々と見つかる。それを見付ける度にラルはカリスに質問していった。珍しく子供のようにはしゃぐ姿や、質問攻めにあってカリスは最初こそ驚いたようだったが、すぐにしっかりと質問に答えてくれる。質問の内容によっては、例えば屋外に出ていた屋台などは、実際に買ってみてくれた。本や写真、伝聞や護衛の人々の隙間から見る遠い風景としての町ではなく、実際に触れて感じて体験するものとしてラルの目の前にあった。
その後ラルは十分に町の様子の堪能と体験を吸収し、カリスが一通り街を案内し終えて、公園のベンチで休憩した。近くの売店で買った珈琲を飲みながら二人は息をつく。
「取り敢えず案内できる場所はこれくらいか?そろそろラル自身が元々買うつもりだった買い物もしないと。…俺もスリクに土産を買ってやらなきゃいけないし」
「そうだったわね。私もミカリに何か買っていってあげたいわ」
「ま、そっちは何にするかは後にして。まずはラルの買い物か!何を買うつもりだったんだ?」
「髪留めよ」
「髪留め?」
髪留めと聞いてカリスはわずかに首を傾げる。カリスやスリクのように長髪ならまだしもラルは特に必要な長さではない。一瞬考え、すぐにあることに思い至る。
「あ、そうか。カチューシャとかバレッタか」
「そういうことよ」
「そうだよな、髪が短くたってそういうお洒落はできるもんな。うし、それならいい店知ってる。俺も髪紐そろそろ新調しようと思っていたころだし、そこ行くか」
「…行きつけがあるの?」
「ちょっとこだわりたいときはその店だな。きっとラルも気に入ると思う」
再びカリスの案内で向かった先は、ナイト学園からそう遠くない場所にある小さな店。どちらかと言うと服飾店のような店構えを想像していたラルは思わず呟く。
「…雑貨店?」
「まあ主に扱っているのは小物だな。ここの主人は細工師で、部屋のインテリアに置くものとか作ってる。髪飾りの類は細工師の仕事の一環であって店主自身は置物とか作ってるのが楽しいってよ。ま、入ってみればわかるから」
「ええ…」
店内へのドアを開ける。上方に備え付けられた小さな鐘かカランコロンと鳴り、来客を告げた。
「おっさーん。…あれ?」
響いた鐘の音もカリスの声も数多くの品々が置かれた店内で複雑かつむなしく響いただけだった。会計する機械の近くに置かれた椅子は上着が掛かっているが、本来座しているはずの店の主人はいない。
「留守なのかしら?」
「いや、多分店の奥の作業場だ。いったん作業を始めると集中して客に気付かないこともあるからな、あの人。おーい!おっさん客だぞー!」
「ちょっとカリス…」
何回も来慣れているからか、躊躇いもお構いも全くなしに明らかに店舗部分ではない所にまでずかずかと入り込んでしまうカリス。それについて行っていいものかラルは戸惑ってしまう。どうしたものかと一瞬考えて、なるべく奥に入り込まないようにして、でもなんとかカリスの姿は確認できるような位置に立つ。顔だけを覗かせるように顔を出すと、そこは様々な鉱物や金物が机に乱雑に置かれた部屋。素材であろうそれらはいずれも小さく、従って部屋もこじんまりとしていた。
「おっさん!」
「…ん?なんだ、来てたのか?」
「来てたのか、じゃねーだろ!そんなんだといつか泥棒に入られるぞ。…って、今日はそんなこと言いに来たんじゃなくって」
「…、そこに立ってる彼女は?」
「そう、今日はあいつの買い物!ラル、こっち来てくれ」
「え、えぇ…」
カリスに呼ばれて小部屋改め作業場に入る。実際に作業している机以外にもいくつかあるそれらの上には完成品なのか、レリーフや細やかな装飾が施された時計などが鎮座していた。城で様々な調度品、しかも一級品ばかり目にしてきたラルにはそれらが非常に見事な出来であることもすぐに分かった。
またそれらの装飾を施したのであろう店主は、初老を過ぎたあたりか老練と言うにはやや年若い。芸術家の一面を持つ細工師には言い方は悪いが、偏屈な者も多い。最初のぶっきらぼうな言い方から店主も同類かと思われるが、数瞬ののちにだんだんと店主はそれを一切感じさせない笑みを浮かべる。はっきり言ってしまえば何の変哲もない、しかし没個性的ではない独特の笑みを浮かべている。
「は、初めまして…ラルと申します」
「そんなにかしこまらなくてもいい。こんなちっぽけな、店名さえない俺の店にようこそ。して、今日は何を探しに?」
「あ、その…髪飾りを」
「あ、おっさん!俺にも髪紐!」
「赤髪の、お前はもう店の勝手分かってるだろ」
字面だけ追ってしまえば随分と愛想のないものだが、それは常連客に対する気安さに満ちていた。カリスも慣れているようで、何食わぬ顔でその返事を受け流して店の一角に向かった。その様子を見て、よっこいせと呟いた店主もまた腰をあげた。カリスに続くように店舗の方へ向かうのをラルもついて行く。
向かった先では既にカリスが商品の見繕いを始めていた。店主はくるりと振り返ると軽く手を広げて見せる。さっきの腰をあげる動作とは打って変わって軽快さを感じさせる動きだった。一瞬最初の印象である年齢は初老という考えが揺らぐ。どうやらこちらの人当たりがよさそうな方が素に近いらしいがよくわからない。とにかく不思議な人だとラルは感じた。
「髪飾り関連は全てここ。何か注文あったら言って」
「…でも、あの。これは」
「そ。全部未完成、と言うか部品。金具とか接合とか同じ手法でやってるから、好きな組み合わせで作るから気に入ったのあったら言って」
「この店女の子が来ること多いんだから、おっさんも選ぶの手伝えよ」
「店の主人として売りたいものを自然と選んでしまうから不向き、それでもいいなら」
「はぁ…」
店に入ってから困惑が続くせいでそのような曖昧な返事しかできなかったラルは取り敢えず店に並べられた商品の数々を眺める。棚の一角には無地の様々な色合いのカチューシャや多少形が違うバレッタの土台等が並べられている。その隣にある、このスペースの中央に置かれるようになっている小さな机の上にはカチューシャやバレッタに取り付けるのだろう、飾りがたくさん置いている。花や蝶、星や複雑な彫刻風の模様などモチーフは多種多様。矢張り全て手製であるのだろう、近いデザインで色合いが異なるものはいくつか用意されていても全く同じものは一切ない。それでも数は非常に膨大で、どれも丁寧かつ緻密に作られていた。
「本当は彫刻とかの芸術家志望だったんだけどね、どうにもこっちのほうが性に合ってたみたいで。まあ楽しいから自分ではいいんだけど」
「だからさっきの作業場の時計とか、ここにおいてあるものも彫刻とかの手法を意識させるものがあるんですね」
「え、分かったの?」
「見る機会が昔から多かったので…あ、これとか好きです」
陳列と言うには不規則に置かれた中からふと目に留まった1つを手に取る。造花の白い、いやかなり薄い桃色だろうか、その花に蝶が止まっている。花にも蝶にも詳しくないためそのどちらの品種は分からないが、それでも美しいことは分かる。
まるで薔薇のように沢山の花弁が重なり合っている形をしているが、薔薇ではないこくらいは分かる。しかし見たこともない、なんだか店主の雰囲気に似たような花。見たことがないのならこの花は外来種なのかもしれなかった。その花に留まっているように添えらえた蝶も同様で、花同様色は派手ではないが細やかな文様が一見すると地味に見えてしまう名も分からない花の飾りを華やかにしている。
「この花は…なんだこれ?こんな花俺見たことないな…もしかしておっさんの故郷の花?」
「そうだよ、僕の出身のとこの特産にもなってた花。ツバキっていうんだけど、これは皆が良く見ているのじゃなくて、千重咲きっていう咲き方。よく薔薇とかと勘違いされるんだけどね。綺麗でしょ?」
「ツバキ…多分私が知っていたのは別の咲き方をしていた方なんでしょうね。名前なら聞いたことがあります。この蝶も?」
「うん、本当はこの花に留まらないんだけど、この蝶はアサギマダラの雄。ばっと高くに飛ぶ姿がすごい印象的で。もしかしてこれが気に入った?」
「他のもちゃんと確認してからにしますけれど…」
多分これに決まりだろうという確信がラルにはすでにあった。
少しして店を出た二人はやや傾き始めた陽を背にしてナイト学園に向かって歩く。そのラルの頭上にはカチューシャに取り付けられた花と蝶が時折反射で輝いた。それはラルの髪色に非常に映えていた。
飾りをカチューシャに取り付けている間に早々とカリスは自分の髪紐を新調し、ついでにお土産としてスリクには髪紐、リスクにはよくわからない置物を買っていた。(あとで店主に聞いたところ、コマイヌと呼ばれるそれは守り神の一種らしい。ナイト学園の部屋には恐ろしく浮くだろうがそれをねらってのセンスだろう、多分)その上、こちらに有無を言わせないほど自然にカチューシャの代金も払ってしまった。
ラルも同様にミカリへのお土産として小さな置時計を買っておいた。いつも書物で机を覆い隠す彼女のためにスペースを取らないようなコンパクトな時計だ。またミカリが髪飾りを買いたいならここに連れてこようともひそかな決心もした。
門が見えてきた辺りでラルはカリスに話しかけた。
「今日はありがとう。これのお金だって私が払わなきゃいけなかったのに…」
「良いんだよ、俺がしたくてしたんだから。そんなことより今日は楽しかったか?」
「…十分すぎるくらい、いい経験になったわ。もう、なんだか今日はカリスに頼ってばかりだったわ」
「別にいいだろ、俺の方が年上なんだから」
「でも、それよりも私達は仲間、でしょ?」
「…ラルにはかなわないなぁ。俺にもたまにはかっこつけさせてくれよ」
くしくもラルが思っていたことをさらりと口にしたカリスは困ったように後ろ頭をかいた。それはこっちの方だと、内心少し、そう少しだけむっとしたラルはちょっとした意趣返しのつもりで言ってやった。
「そう?それならもう十分に恰好、ついてると思うけれど!」
「え?」
「ふふ、もう言ってはあげないわ!」
「あ、おい!」
くるりと身を翻して、そのまま正門に向かって駆け出す。散々喚いたらしいのに、門に迎えにきている男子二人と、その少し後ろにいる女の子に向かって駆けだした。
またまた書いて頂きました!!
今回は本編より1年前の設定ということで…みんな若い!!
カリスさんなんて19ですからね、まだ大人じゃないんですね、若いですね!
カリスとラルという中々ペアにならない2人…でもナイト学園男女年長組ということで、とても新鮮な感じがして私も読んでいてこの2人もいいなぁとか思っていました←
まだ書いて頂いたものがあるので、そちらもお楽しみに!
【作者コメント】
なんだこれ 本当なんだこれ?
私は何を書いていましたか?多分ヤマもオチもイミもないものです
蝶と花は超適当!