一話リライト
・一章一話のリライト
・元を読んでから比べてみると面白いかもしれません
「やばい、やばいやばい!」
本当はそんなことを言う呼吸さえも惜しい位に僕は教室に続く廊下を駆け抜ける。照明をまぶしく反射する程磨き上げられた床に足を取られそうになるのが煩わしい。注意しないと迷ってしまいそうになる複雑なこの学校の構造も同じくらい僕を苛立たせる。今の所の壁がなかったらもう少し教室に早くつけるのに、と今度は舌を打ちたい気持ちを抑えて最後の角をなんとか曲がりきる。
残る直線を走り出すまでの一瞬で時刻を確認し、なんとか間に合うことを確信すると再び駆け出す。その勢いはそのままにして、転がり込むように教室の扉を開けて転がり込んだ。
「皆おはよう!」
いっそけたたましいとさえ思えるほどの騒音で教室に駆けこんできた僕だったが、既に教室にいた生徒たちからそれに大した反応は返ってこなかった。大きな物音に本能的に反応し一瞬だけ会話を中断する。しかしその静寂は一瞬で、また皆話し合いに戻ってしまった。流石に僕もこの状況にいつもと違う空気を感じ取るが具体的なものが見えてこない。僕の知らない所で物事が進んでいるらしく、疎外感を勝手に感じてしまう。扉を後ろ手に閉めてから、一番近くにいた赤髪の生徒に話しかけた。
「あの…おはよう」
「!あ、あぁ…悪い、気付かなかった。おはよう、スリク」
本当に僕の存在に気付いていなかったらしい。振り返ったカリスの表情は本当に驚いた時のものだった。
カリス・センナス。現在ナイト学園に在籍する生徒の中で最年長の二十歳。燃えるように赤い綺麗な長髪を常に高いところで一つに括っているのが容姿の特徴で、腰に帯びた二振りの短剣の腕も相当なものだ。
「お、スリク、はよ!いたのかよ、ぼーっとしてて気づかなかったぜ、悪かったな!」
少しきまずそうにしているカリスの肩を励ますように軽く叩いてついで僕と肩を組んできたリスクはいつもの笑顔だった。
リスク・ライン。カリスに次いで年長の16歳。金髪をあっさりと短くしているのにも関わらず、時折陽に反射するのがまぶしい。カリス同様双剣を腰に帯びている。ある先生と親子なんじゃないかって言われてるけど、真相はよくわかっていない。
「…リスク、肩痛いよ」
「悪い!加減間違えたか?」
ぱっと組んでいた肩を離すリスク。それにも、さらに拭えない違和感を感じて僕はリスクに問いかける。
「何かあったの?リスク、口切れてるし…」
「げ。…うわ、マジだ…あー、これは大丈夫。関係ないから」
そういって誤魔化すような表情で曖昧に笑った。そうして僕は何か大きなことがあったと確信する。誤魔化そうとしているのか分からないけれど奥歯にものが挟まったような気がして釈然としない。
「皆どうしたのさ、何か変だよ。何かあったの?」
そもそも遅刻ぎりぎりだった僕に気付かない時点からしておかしい。普段だったら1つや二つ、場合によってはそれ以上飛んでくる注意や小言が全く無い。別の何かに気を取られているとしか思えない。それにもう教室にいる筈の先生も誰も来ていない。
「あなたも知らなかったのも無理ないわ。私達だって今朝、正確には教室にきたついさっき知ったんですもの。あんな…」
溜息交じりに切り出したラルは続きを言おうとして苦い表情で口を噤む。ぐっと眉間に皺がよってしまっている。他の皆も大概似たり寄ったりの表情だった。
ラル・ア・ミステナ。15歳、切り揃えられた薄桃色の髪がラルが首を振るのに合わせて揺れる。僕らと同じようにこの学園に通っているが歴としたこのミステナ国の王女だ。その身に持っているのは癒しの魔法の力。
「…あんな?」
「スリクさん、何かもし、知っていることはありませんか?」
望みはないと分かっているのだろう、おずおずとした様子で聞いて来るミカリも普段より元気がない。
ミカリ・フリス。僕に最も歳が近い12歳。ストレートのラルと違ってややクセのついた黄緑の短髪がふわふわとしている。おとなしそうな見た目と裏腹に扱うのは攻撃を主目的とする魔法全般。
そして僕。スリク・ルナンス。最年少の10歳、いつの間にか伸びてしまった銀の長髪をカリスを真似て高いところでひとつにしている。重いから学園内で携帯してないことも多いが、扱うのは長剣。
以上がナイト学園に在籍する全生徒5名。
そもそもナイト学園とはミステナ国内に存在する悪心を持つ者と呼ばれる集団に対抗するために作られた、戦う人間の養成施設、らしい。僕はずっと小さいころからここにいるから、学園の外からここがどのような評価を受けているかは知らない。僕のナイト学園に対する認識は自分の家、それ以外の何ものでもない。
話がそれた。僕は今何が起こっているのか把握するべく誰に対してではなく、むしろ僕以外の全員に向かって尋ねる。
「何かあったの?どうしたの?」
僕の言葉に返ってきたのは沈黙。互いに顔を見合わせて口を開いてもまたすぐに閉じてしまう。言っていいのか、でも言わなければならない、そんな逡巡が読み取れる。帰ってこない言葉に気がとくべつ長いわけではない僕も焦れてくる。いや、焦れているというより、この異様とさえ感じられるこの雰囲気が、何となく怖い。背筋をなんだか冷たいものが通り抜けたような気がした。
「…なくなったんだ」
長い沈黙の後、そう切り出したのはカリスだった。なんとか絞り出したみたいに、その声はかすれていて、低めの声がさらに聞こえにくくなる。それでも聞き慣れた声の耳は順応して言葉を拾い上げる。…なくなった?
「なくなった、…って何が無くなったの?」
「何が、じゃない。そっちの無くなったじゃないんだ」
首を振ってそう答えたカリス。赤髪の向うに見えた瞳は悲痛な色をしている。周りの皆は何も言わないけれど、似たような表情をしている。さっき背筋を通り抜けた冷たいものが、今度は喉の奥にせり上がる。予感がする、当たってほしくない類のものが。そっちの無くなったじゃない、ってことは、他のなくなったってことで、僕が知っているのはあと1つしかない。
「校長先生が、亡くなったんだ…」
一番当たってほしくなかった予感が一番当たりそうもない相手に当たってしまった。
カリスの言葉とその事実が僕に重く絡みついた。
一章一話目を久莉さんの書き方で書いて下さいました!!
能力のある方が書くと、あのシーンも真剣な物へと変わるのですね!
ありがとうございました!!
【作者(久莉さんからの)コメント】
ほらやっぱり精神年齢上がった!
割かし皆あんた誰状態ですいません
手慰みかつ推敲なしなんでミスがあったら申し訳ない