ヴァンパイア少女の救った人間【4】
男の子の髪を引っ張り、そいつは彼を立たせた。立つというより頭で引かれてぶら下がっている。首もとの傷が開き、男の子の口から血が溢れた。
「あたしの下僕を離すのよね!」
それ以上触らないで、それ以上、傷付けないで。
「離してやるよ、どうせすぐに死ぬ。ただ、お前と同じ力を得ないと不公平だろ? 首は……マスターヴァンパイアの血が着いてるんだったな」
そいつは男の子の首筋に吸い付き、喉をならして血を飲む。
男の子をあたしの方に放り投げた。血まみれの彼を抱き締める。
まだ冷たくない。でもさっきより顔色は悪い気がする。
下僕になるのはどのくらいかかるのか本には書いてなかった。
下僕になるまえに死んでしまったら……。そういった考えがよぎる。
「綺麗な顔……」
金の髪に、閉じられた瞳。長いまつげがあたしの息で微かに揺れる。
目が開くところを見たい。笑ってるところを見たい。
こんなところで死なせたくない。
あたしは男の子を木のそばに横たわらせる。ハンカチで首を押さえた。
木から伸びるつるでそこを縛り、男の子の髪をそっと撫でる。
昨日友達と髪の毛を結び合いっこした。長い髪が自慢で、今は切り落として散らばってる。
もう掴まれたくないから。
「あたしは、貴方がこの子を諦めるまでこの子に触れさせないのよね」
こぶしを握り締めてあたしはそいつを睨む。
「っ」
異様な空気に気付く。それは目の前で、口元に男の子の血を付けたヴァンパイアが。
「な、何かおかしいのよね」
いや、元々あいつはおかしいとは思った。でも、そんなんじゃない。まるで別人がそこにいるような。
「ウマイな。ニンゲンの血はウマイなアァッ!」
「ひっ」
怯む。そいつは、男の子の両親のそばでしゃがみこみ、ずるずると血をすすり始めた。
お父さんと思われる人に至っては、食らうかのように。
「ぐっ……」
あたしはしゃがみこんで吐いてしまう。
漂う血の匂いと、執拗にすすり食らう音。怖くて気が遠くなる。
ヴァンパイアってこうなの?
あたしのお父さんもお母さんも、叔父さんも。あたしも。
みんな優しいのに、人間を食べるときはこうなの?
こんなの。獣とか、魔物とか、これじゃ、退治されるのも仕方がないような気もする。あたしも、こうなるの?
「と……さん」
木のそば、はっきりと聞こえる男の子の声。
駆け寄ると、うっすらと目を開けていた。深い緑の瞳から涙を一筋落としている。
ごめんなさい。
男の子はそう口を動かす。
謝っている。何にだろう。
助けられないことに?
それとも悪いことして怒られてた?
届かない相手に。
「もう、やめるのよねっ!!」
あたしは男の子のお父さんを振り返り、夢中で食らいついているそいつに怒鳴った。同時にそっちに向かって駆け寄り、そいつをお父さんから離すように蹴り飛ばす。
「あ、あたしの下僕の両親は、あたしの両親みたいなものなのよね! 許さないのよねっ!」
「お、おぉおおおおっ! オマエはナンだァァ!!」