ヴァンパイア少女の救った人間【3】
「後成りって響きは気に入らないのよね」
あたしは血にまみれた髪を束でつかんで包丁で切り落とした。思ったより切れ味がいい。だから、腕の傷ももう痛くない。
「子どもだと思って見逃そうとしたが、邪魔だな。人間を庇うなんて、邪魔だなぁっ!」
「邪魔で構わないのよねっ! あたしは、この子を助けるのよね! 貴方みたいな残酷な人が同じ種族だというだけで虫酸が走るのよねっ!!」
いける。
怖い。でも大丈夫。
「助けてあげるのよね」
男の子に振り返り声をかける。
あたしの下僕。でも使ったりしない、家に帰してあげる。怪我を治したら、さようならしてあげる。
「よそ見ィッ!!」
急に間を詰めてきたそいつの血まみれの足があたしの肩を蹴り飛ばした。簡単にあたしは飛ぶ。
走るより早く移る景色の直後、蹴られた側とは逆の肩が悲鳴をあげた。
細い木が折れる。あたしの頬を葉っぱが切った。
「ごめん……」
木に謝る。学校で植物は大切に、そう習ったのに。
「ごめん……っ!!」
あたしは足で浮き出た根を強く蹴り、飛び上がる。
あたしの身長より高いその位置から別の木の幹を蹴って加速した。
そいつの元に行くまでに4、5、6本。足に付着した血が乾いて足の皮膚を引っ張る。
それをはね除けるようにあたしはそいつのそばで幹からさらに飛び上がった。
頭の位置で右足を強く振りかぶる。早すぎて自分についていけない。
あたしのかかとは、頭の上で庇っているそいつの両手に落ちる。
「っ……」
地面に降りてあたしはくるぶしをさすった。こんなところ強くないから痛い。
「ハンターか?」
「そんなわけないのよね」
あたしの足をそいつが掴み、投げる。着地した先に、男の子のお母さんがいた。
すごく綺麗な顔で、目を閉じてた。顔だけ見ると、眠っているよう。小さな唇から、あの美しい歌が紡がれていたに違いない。
きっと、あっちで倒れてる男の子と、楽しく森に来たはず。
「助けれるかな……」
あたしの血をあげたら。
ふと触れて、何故かもう遅いと悟った。
何の依頼か分からない。ヴァンパイアハンターがあたしたちを襲うように、あいつも人間を襲うのかもしれない。
何か処刑されるだけの理由が、親子にあったのだろうか。
でも、大人の方は分からないけど、あの男の子に、殺されるだけの罪があるのだろうか。
「あるわけないじゃない」
断言する。
あの綺麗な歌が、見知らぬあたしに逃げてと言ったあの男の子が。
「依頼かなにか知らないのよね。だけど、あたしがその依頼を完成できないようにしてあげるのよね」
「してみろよ、お子様マスター」
子どもだからとか、そんな言い訳もう通用しない。
あたしは下僕を持った一人前のヴァンパイアなの。