あたしのお兄ちゃん【1】
あたしは自分の部屋に戻る。
誰も寝ていないベッドがそこにあった。
たった一週間なのに、あたしの気持ちにぽっかりと穴が開いた。
「事故った犬を拾ったけど、飼い主が迎えに来た。それだけだ」
叔父さんが言う。あたしは叔父さんにクッションを投げつけて部屋の鍵をかけた。
アドルフくんは幸せになったの。あたしだって知らない人の家より、親戚の方がいい。
でも、なんで涙が出るかわからない。
さらに数日休んだあたしは、久々に学校に向かった。
いつも通りみんなが迎えてくれて、いつも通りの時間が過ぎる。
でもいつもより疲れて、あたしはふらふらと家に帰った。
「?」
家の扉を開けると、なにか重い空気を感じる。
あたしはいつも家族がいるリビングに顔を出した。
「アドルフくんっ!?」
リビングのソファにアドルフくんが横たわっている。膝枕をしている叔父さんは、唇に手を当てて静かにしろと口を動かした。
アドルフくんがいることが嬉しくてあたしは駆け寄る。アドルフくんは眠っていた。
頬に切り傷があった。帰って行ったときはなかったのに。
手の甲が青黒く腫れている。これだって、なかった。
「メグ、黒い本って知ってるか? アディが持ってたはずなんだが」
「? 何も持ってなかったのよね」
黒い本?
アドルフくんは本どころか身分証も持ってなかったのに。
「どうしてアドルフくんが家にいるか気になるのよね」
あたしの言葉に叔父さんはアドルフくんからそっと離れて廊下に出る。
「兄さんも義姉さんもまだ帰ってない。あいつを俺の息子にしようと思う」
「意味わからないのよね。アドルフくんのお父さんが叔父さんなら、お母さんが不在になるのよね。それにアドルフくんは家に帰った――」
叔父さんの表情にあたしは言葉を詰まらせた。
見たこともない表情。明らかに何かを憎んでいる顔。
叔父さんはあたしにそれ以上話してくれなかった。
あたしが子どもだから話してもわからないと決めつけたのかも。
叔父さんは別の部屋で電話をかけ始め、あたしはアドルフくんのそばに行く。
手や顔以外にも、半ズボンから見える膝下にもあざがある。
「……黒い本、ここにはないんだろな」
アドルフくんが呟く。起きていたことにびっくりした。
「黒い本て何なのか気になるのよね」
「変なしゃべり方」
あたしのしゃべり方を聞いてアドルフくんが笑う。恥ずかしくなってアドルフくんの頭を殴りかけた。
身体を強張らせたアドルフくんは肩をすくめてぎゅっと目を閉じている。
怒られてるときみたい。
「黒い本は俺も知らない。ただ、伯母さん達が黒い本を返せと言うから……」
口調は普通だった。
あたしが叩かなかったからか、目も開けて、ソファに座り直す。




