魔法少女との鎖繋ぎⅡ
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「死なせてあげようか?」今までの空気が一変し、鋭く槍状になって僕の胸を突き刺すかの様だった。は?、と漏れそうで漏れない声が喉に詰まり噎せた。
「急にどうしたの?」水を一気に流し込み、改めて言及しようとする。「お前は私達と一緒で怪物だ。だからどれだけ死のうが死ねない」それはもうわかった。だから僕は諦めた。それがどうした?いざ死ぬと感じた時は、僕は死を恐れ、なのにまだ死にたいというのか?それは自分で思う。自分勝手だ。
「じゃあ何故死なないか?それはあんたが怪物の中でも上のランクだからだ」
「ど、どういう意味?」
「人体型の怪物。いわゆる私の様なタイプは、怪物の中で頂点の強さだと言われている」
「じゃ、じゃあ僕があの怪獣に潰されても、もの凄いパンチで吹っ飛んだりしても死ななかった、という事は?」
「あんたの方が、力差が十二分に上だったからだ。それはもう蟻と虎くらいの差だ」
「そんなに!」さすがにそれは嘘だろうと、演技めいた反応を取る。
「あんたはボコボコにされていたけど、あの時私がいなくても勝てた筈」
「なんだよそれ。それじゃああの怪獣達は、それよりもランクの下の奴らにボコボコにされても、死なないって事?」
「そゆこと。だから、あんたも自分より強い怪物だと、死ぬよ」
「弱肉強食にも程があるね」
「だから」キリカちゃんが一度お茶を啜る。「だから?」僕が聞き直す瞬間に、店員が「お待たせしましたー」と頼んだメニューが届いた。僕とキリカちゃんを包んでいた空気を毛頭とも感じずに間へ入り込んで来たその店員さんに「ど、どうも」とぎことない声を返す。キリカちゃんの元へじゅううぅ、と食欲をそそる音を立てながら鉄板の上にポテトやコーンなどが奇麗に盛り付けられ、そして真ん中に堂々と載ったハンバーグが置かれる。その隣にライスとサラダが来る。キリカちゃんは、初めて見るかの様に目が輝いており、漫画の様な涎が垂れていた。
ハンバーグの上に満面なくソースがかかられる。その瞬間に鉄板が悲鳴を上げる様にじゅううぅぅ、と音を立て、ソースがぐつぐつと煮込み、一部泡が出来てすぐに破裂する。
キリカちゃんはナイフとフォークを手に持ち、慣れない手付きでハンバーグを一口サイズにへと切り込みを入れる。不細工な形だが切り終え、幸せそうに頬張る。「なんじゃこれ!」と聞いた事もない様な声がキリカちゃんの口から放たれる。その幼さというか、無邪気さに思わず苦笑した。悪い癖がまた出てしまった。
「なんだよ」「美味しそうに食べるなあ、て」キリカちゃんは僅かに頬を染め、「食べた事ないから」と否定せずに二口目を口に入れた。「なんじゃこれ!」もうわかったって。再び苦笑する。「なんだよ」
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それからもキリカちゃんは見た事無いような表情ばかりを見せ、何処か店に入る度に忙しなかった。いい意味で疲れていた。もうとっくに空は橙色にへと変わっており、キリカちゃんの髪も光の具合なのか知らないけれど、先程とは違う幻想的な空間を漂わせていた。
「今日はもの凄く眠れそう」喫茶店に寄り、キリカちゃんが席に持たれ掛かりながらそんな事を呟く。「そうだね」僕も席に腰を預け、店員が持って来たアイスコーヒーを啜る。キリカちゃんも僕を真似る様にストローに口を当て、啜る。ブラックのままだったからか、「にが」と顔をしかめた。「やはりか」僕は箱に入っていたガムシロップを二個取り出し、キリカちゃんのコーヒーに注入した。ストローで優しくかけ混ぜ、渡す。
「うおっ美味くなった」聞いてみればお茶以外飲んだ事がなかったらしく、感動すら覚えていた。そんなにかな、と僕は苦笑する。
「ねえ。さっき言いそびれた事、聞いていい?」
「何?」
「その、死ねる、だとか」
キリカちゃんは「ああそのこと」と思い出したようで、すぐに「つまり、あんたより強い怪物。だから魔法少女に殺されればいいの」と軽い口調で言って来た。「ああ、やっぱりそんな事」案の定だな、と微笑する。けれど、そんな簡単に死ねたのか、と後悔に似た焦げた感覚も過ぎる。
それと、僕が怪獣に潰され朦朧としている時、キリカちゃんは僕に銃口を向けてきたけれど、引き金は引いてなく、ただ白いパンツを見せていただいただけか、と軽い優越感の様なものを覚える。
「でも」そこでキリカちゃんがコーヒーをコースターの上に置き、声を張る。「ど、どうしたの?」すこし戸惑いながら訊ねると「そ、その…」と急に頬を撫子色に染め上げる。
「マ、マコトには、もっと…いろんな所連れて行ってくれたらなぁ…って」
思わず僕も頬を染める。貰い泣きならぬ貰い照れだ。キリカちゃんの視線が逸れたり合ったり、忙しない。一番の変化といえば、冷たく短い文しか言わなかった口調が、よく喋る様になった、という事だ。
またしても、苦笑してしてしまう。「大丈夫。死なないよ」
「え?」
「僕は、君の為に死なないよ」
全く、韜晦癖の僕が。今はこれが本心で、それを恥ずかしがりながら言えるのだから、生意気だなあ、と苦笑する。
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喫茶店を出てから電車の駅に向かう途中、僕達は事故現場だった場所へ寄った。広い円を描く様に黄色いテープがぐるぐると囲んでおり、一般人は中に入るな!と叫んで来るかの様な雰囲気を漂わせていた。
その事故というのは、僕が怪物に出会い、弄ぶかの様に翻弄され、ビルに突っ込んだりヒップドロップを食らったりした場所だ。テープで蟠っている丁度中心辺りの場所に、アスファルトの地面に巨大な波紋が描かれ、刻まれている。階段の様に地面が段々と凹んでおり、軸となる場所は底なし、ではないかも知れないが、落ちると永遠に落ち続けそうな程の穴が開いており、闇が広がっていた。視界をぐるりと回すと、ダイナマイトで破壊されたかの様な元の原型を留めていない瓦礫化とした高層ビルがあった。そのビルから近い位置の地面には深く地割れが起きており、あの時吹っ飛ばされて良かったな、と安堵の息を吐いた。
「こんなめちゃくちゃにしちゃう怪物でも、キリカちゃんは蟻程度なんだよね?」
「それはマコトにも言える」
「やめてくれ」
遠い場所から咆哮の様な爆音が轟いたのは、その瞬間だった。高層ビルに飛行機でもぶつかったのか?いつのテロだよ、と惚けた事が浮んだのも一瞬で、すぐに僕は「な、なんだ」と戦慄の声を漏らす。
「マコト。行くよ」キリカちゃんが何処からか拳銃を取り出し、手に持つ。「え、僕も、だよねえ…」恐怖に包まれた僕をキリカちゃんは澄ました顔で「当たり前」と多少強引な声を出す。
その時だった。
は?思わず声が漏れる。
瞬きよりも早く、すべてを飛び越えたかの様な刹那。
確かに先程聞こえた轟音はここからは遠い位置。なのに、その正体らしき怪物は僕とキリカちゃん目の前に現れていて。さらに驚いた事は、僕達の後ろに建っていた楼の建物が、「ガオン!」と聞き難い響きを轟かせ、僅かなヒビも無く、ビルの一部が奇麗に円を描いて、掬われた?削り取られた?違う。その円の部分だけ消えた。
僕は足が竦み、尻餅を派手に着いてしまい、「ひぃ」と悲鳴が漏れる。腰が抜け、恐れ戦く。
今日だけで二話も投稿しちゃいましたね。 何故か調子が良いので、拙い文章でも達成感があります。 あと、最後に出てきた怪物の力に関しては、ジョジョ第三部の「ヴァニラアイス」がモデルです。