最後は必ず『存在』し、つまり儚い。
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「なんだあれ!」
「厄介なのが出たな」
どうも先程から僕とキリカちゃんの温度差が激しい。僕とキリカちゃんは今、楼のビルの陰に身を潜め、怪物から姿を消していた。
「さっきのなんだよあれ!キリカちゃんも見たろ?」
「あれは「食べる」怪物だ」
「は?食べる?」
「そう。食べる」キリカちゃんはそう頷きながら奥歯の輪郭を露とする。なんだ、と僕は首を傾げると彼女は自らの左手を口元まで持って来、静かに噛んだ。鋭く尖った様な奥歯の先端が皮膚を切り、カリッと鈍い音を立てたかと思いきや、血が切れた皮膚の間から露になっていた。その血を拭う事無く垂れたまま、拳銃を再び持つ。「さっきのビルの一部が無くなったの見たでしょ?あれは食べたの」
「食べるって…あんな高速に動きながら?」
「一瞬でがぶっと行くの」
「やっぱりマコトは逃げてて」キリカちゃんはそう言い残し、怪物がいる方へと向かう。
「え、え?逃げろって…どうすれば」僕がビルの陰から顔だけを出し、キリカちゃんに視線を向ける途中。ありえない光景が瞳に映った。
アスファルトの道路がまるでスプーンか何かに掬われたかの様に、奇麗に抉られており、皹一つ見当たらない。円の半径に抉られた道路を視線で辿ると、丁度そこには高層ビルが聳え立っており、ガラス製の自動ドアがトンネルの様な形に切り取られていて、そのドアよりも向こうまで目を細めて見てみると、そのまま向こう側の壁も持って行ってしまっていた。「ひぃ」呆れを伴う恐怖が気味の悪い声となって漏れた。もし自分に当たったら、と想像してみる。自分の心臓部分だけ切り取られる光景が脳裏を過ぎり、思わず身を震わせる。
キリカちゃんはどこだ、と辺りを見渡す。けれど、急な事で恐れ戦く人達が喧騒に逃げていて、見つける事が出来ない。人の大群が僕の方へ一気に駆けて来、何も出来ずに大群の中へと紛れ込んでしまう。大勢のベクトルに圧されながら「キリカちゃん!」と大声を出す。だが、止む事の無い大量の悲鳴がその声を覆い被せる。
「何処だ!何処にいるんだキリカちゃん!」僕は叫ぶ。著しく輝く幻想的な光だけを求めて辺りを何度も見渡す。
その時、一人の女性の甲高い悲鳴が響いた。耳を叩き付けるかの様に響き、ついその方へ目を向ける。そこには右腕が切断されたとしか思えない女性が膝を地面に付き、恐怖の涙で顔を歪ませていた。まさか、と思った頃にはもう遅い。襲い。
「ひぃ」僕の情けない声が直接耳に入り込む。一瞬だけ、辺りが静寂に包まれた気がした。そうではなく、それは自分の世界だけが一瞬停止したのだとすぐに悟る。僕はただ青褪め、立ち竦んだままだった。
消えた右腕に愁傷していた女性の悲鳴が滞り、何事かと思った頃には、その声を発していた口。いわゆる首が、宙を舞っていた。
それは、あまりに奇麗な切れ味だった。空間そのものが鋭い刃状に変わったのかとも思った。「ひぃ」もう一度、声が漏れる。
青褪め、金縛りにでもあったかの様に体が言う事を聞かず、立ち竦んだままの僕の顔に突風の様な風が肌を撫でる。違う、切った。
「な、なんだ…?」
キリカちゃんのいう「何もかも食べる」怪物が僕の真横を通ったらしい。すぐにわかった。僕の後ろに建っている喫茶店のカウンターに付いている硝子の窓が奇麗な円状で切り落とされていた。そのまま店内の地面を掬い、一直線を描いて地面が抉れていた。
唖然としている僕を見て、近くにいた男が声を上げる。そのまま遅れて全身を駆ける様な痛みを感じる。目をやると、自分の右手の肘部分が消えていた。勢いよく血が噴出しており、骨までも奇麗に食われている事が分かる。僕も思わず悲鳴が上がり、奇麗な円の一部を切り取った様に、湾曲している形が肘となっていた。
怖い。怖い。怖い。死ぬ。死ぬ。死ぬ。何度も脳裏で叫び、歯を食い縛りながら不自然な雰囲気を漂わす喫茶店を見つめる。舞い上がっている煙でよく見えず、不安が襲う。
「キリカちゃんは何してるんだよ!」嫌味と怒りを空へ叫ぶ。叫ぶ度に傷が悲鳴を上げ、血管の中に風船が入り、そのまま膨らみ続け血管ごと破裂する様な痛みと痺れが走る。
その瞬間、異様な空気を漂わす喫茶店が爆発した。ぼこぼこと盛り上がる黒い煙の中から怪物が正体を現す。それは先程見たのと同じ怪物で、相変わらずの巨体だった。
星の○ービィがさらに複雑になったかの様な輪郭で、胴体は無い。顔の横からすべてを握り潰し、何もかも撓んでしまいそうな腕が生えており、顎部分から小さいが蹴りの強そうな足がある。胴体が無い分巨大な顔は、特に口が大きく、すべてを飲み込んでしまいそうだった。だらだらと薄汚い色の涎が垂れており、機関車の様に焦げた臭いの黒い煙を吐き出している。それのせいか、と涎の色を見ながら納得した。
怪物は僕の目を睨み付け、「ガルル」と威嚇を漂わせながら僕の方へ地面を蹴った。え?
瞬きよりも早く宙を切る。軌跡すら見えた。どうやら僕は無意識に体を逸らしており、尻餅を派手に付いたらしい。怪物はそのまま向こう側の建物に突っ込んで行き、盛り上がる煙に歪んだ影を映す。
僕が元々立ち竦んでいたアスファルトの地面は、いとも簡単に円の半径に掬われていた。あのまま避けずに突っ立っていたら、僕はもう破片も無かったな、と僅かな安堵を得る。
僕に目をやる人ごみの方へ目を向けると、今の攻撃に巻き込まれ、足を失っている男が倒れていた。
もう一度嘆く。「キリカちゃんは何してんだよ!」空へ嘆く。今度は何にも打ち消されず、空へ響いた筈だ。 「ちょっと待てよ?」そこで疑問が浮ぶ。僕の推測によると、怪物達はキリカちゃんの気配に気付いて襲って来た筈だった。でも僕が逃げて離れた所にいると、万が一だった場合に助ける事が出来ないから「近くで隠れていろ」と言ったはずだ。けれど、「厄介なのが出た」といっているからには予想していた範囲とはかけ離れた怪物だったのだろう。だから僕に「逃げて」と逆の事を命令して来た。
じゃあなんで?
怪物は今ここに存在しており、僕の目の前にいる。しかも僕にしか攻撃をしていない気がした。それはまるで狙われているのはキリカちゃんでは無く。
「僕の方じゃないか?」
なぜだ?
あと一話で! いや、二話かもしれないけれど、最終回です!




