東方軍 封印!
事態は急を要するだけに、そのユベールのはっきりしない物言いようは大公を苛立たせた。
「どう言う意味だ?」
強い詰問口調で、ユベールを睨みつけながら言った。
「手が無い訳ではありません。
神の力を体内に宿し、その者の四肢と頭部に魔法陣を描きます。
そして、その者の身体を神に捧げた後、分断し5箇所に配置すれば、5箇所に囲まれた空間に効力が発効し、その空間は全て異空間に封印されます」
「では、誰かを捧げなければならんと言うことか?
よし、わしがそれを募ってこよう」
大公はそれで助かるなら、安いものだと思っていた。そんな人間くらい、いくらでも調達できる。そう自信を持っている。
大公はその生贄とも言うべき人間を調達するため、慌てその場を離れようとした。
「いえ、そう簡単にはいきません。」
ユベールは大公を引きとめようと大きな声で叫んだ。
大公は立ち止まると、振り返ってユベールを見た。
「どういう事だ?」
「神の力を宿すのですから、それなりの者でなければなりません」
大公はユベールのその言葉を反芻した。確かにありえる話である。
「たとえば?」
「たとえば、私」
「司教が?
他には?」
「時間がありません。私以外の選択肢はありえないでしょう」
そう言うユベールの表情には苦渋の色が浮かんでいる。
大公もユベールの表情から冗談なんかではない事を感じ取った。
しかし、ユベールを失うのは惜しい。
「しかし」
大公はそこまで口にしたが、いい案があるわけでは無く、続ける言葉を見つけられなかった。
ユベールは大公のその言葉には答えず、ゆっくりと祭壇に向かい始める。
「待ってくれ、司教」
大公はそう言って、ユベールに近寄りその肩に手をかけ、やはり引きとめようとしたが、ユベールはその手をすり抜け、祭壇に向かった。そして、祭壇の前に跪いたユベールは神に祈りを捧げ始めた。
やがて、ユベールの身体は白く輝き、薄暗い教会の中を照らし始めた。
もはや、他の者達はその姿を見守るしかなかった。
祈りを終えたユベールは突然上着を脱ぎ、その場にいた他の神父たちに封印の魔法陣を描くように指示した。しかし、ユベールを犠牲にする事にみなは躊躇し、お互い顔を見合わせるばかりだった。そんな者たちに向かってユベールは語気を強めて言った。
「時間が無いんだ。早くしろ」
その言葉に神父たちは動き始め、封印の魔法陣がユベールの四肢と額に描かれた。
全ての準備は整った。
後は、ユベールを神に捧げ、切断した四肢と頭部を敵軍を包囲する五角形の頂点に配置するだけである。
「大公、敵軍を包囲する五角形の頂点に私の四肢と頭部を配置してください。
ただ、その頂点の一つは、この教会でなくてはなりません。
そして、教会の鐘楼には私の頭部を置いてください」
「なぜ?」
「神の力を宿したとて、私の力では永久にかの者を封印し続ける事は不可能です。
かの者はおそらく人間の赤子の身体を使って、この世に戻って来るでしょう。
私はその時をこの教会の鐘楼より告げなければなりません。
そのためにも、頭部はここの鐘楼に配置されなければなりません」
「かの者とは、敵が召還した異教の神の事か?」
「そうです」
「再び戻って来るのか?」
「おそらく」
「では、その時はどうすればいい?」
「赤子はまだ自分の身体を操る事はできません。そこを殺めれば、かの者は元あった自分の世界に戻りましょう」
「赤子を殺めるのは気が引けるが、致し方あるまい」
「では。大公におかせられては、敵を囲む五角形の頂点を求めてください。そして、私の四肢をその場所に」
大公は何も言わず、うなずく。
ユベールの四肢は陣を敷く場所に捧げられ、鐘楼に捧げるユベールの頭部は最後に大公自らがその手で置いた。
その瞬間、5つのユベールの部位はまばゆい光を放ち始め、天を貫いた。
天高く伸びる光はやがて、横への広がり始め、隣り合う頂点に結び付いた。
天まで伸びる光り輝く線で囲まれた5角形の空間。
その空間の中には東方の王を始め、アスラを宿した者も含まれている。
やがて空間の外周を壁のように仕切っていた光は外周より中心に向かって広がり始め、中の空間全てが目もくらむ光に包まれた。
そして、その光が消えた後、そこには敵兵だけでなく、あったはずの街も全てが無くなっていた。
ユベール司教の力により、異教の神アスラを伴った東方軍をその王と共に異空間に封印した。これで、東方からの脅威は一掃された。
「異空間に封印」
アクバルはそう呟きながら、記録書を閉じた。




