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反大公派 フランツ

 次の日、昼を過ぎた通りには多くの人が行きかっていた。

 いつもなら、そんな道端で花を売り歩いているはずのイレールは馬車の中にいた。

 初めての馬車。憧れていた馬車。

 そして、今までの生活なら着ることなどあり得ないようなきれいなドレスに身を包み、その馬車の中に自分がいる事で本当なら浮かれ気分の所かも知れなかったが、イレールはこれから自分の身に起こる事を考え、恐怖で身体が小刻みに震えていた。

 そんなイレールの事など気にしないかのように、その横には嬉しそうな院長先生が座っている。


 「大丈夫よ」


 院長先生はにこやかな笑みを浮かべながら、震えているイレールの手を握った。


 「きっと、優しくしてくれるから、何も心配要らないわよ」


 自分への愛が感じられていなかった院長先生のその言葉は、イレールをさらに不安がらせるだけだった。


 私はどうなるのだろう?

 もしかして、奴隷になるのだろうか?

 怖い、怖い。


 もうじき自分の身の上に起こるかも知れない不幸は、自分の力ではどうする事もできない。


 助けて欲しい。

 神様が本当にいるなら、助けてください。


 イレールは心の中で祈っていたが、何事も無くイレールを乗せた馬車は貴族の屋敷と思われる大きな屋敷の門をくぐって行った。

 そこにはここは楽園かと思われるほど、美しい花が咲いていて、中央には噴水まである。

 やがて、馬車はその中にある大きな建物の門の前で止まった。


 「さあ、さあ、イレール、着いたわよ」


 そう言いながら、にこやかな表情で院長先生が馬車のドアを開る。

 その開いたドアの先に見えたのは、建物の門の前で二人を待っている数人のメイドの姿だった。

 院長先生とイレールが馬車を降りると、メイドたちはお辞儀をして、二人を迎えた。


 「フランツ様がお待ちです」


 そう言うと、メイドたちは二人を中に招き入れた。

 二人が歩く廊下は広く、そこの窓から見える景色は花や木々の緑に彩られ、イレールが今までに見た事がないものだった。その広さにもイレールは驚いていた。

 やがて、一つのドアの前に二人を案内していたメイドは立ち止まる。


 「フランツ様」

 「入れ」


 中からの返事にメイドはドアを開けて、二人に中に入るよう促す。


 「失礼します」


 院長先生はそう言うと、お辞儀をして中に入って行く。

 イレールは足がすくんで廊下に立ったままだった。


 「どうぞ、中へ」


 メイドの声にもイレールは固まったままだ。

 その声に院長先生は振り返り、優しそうな声で、イレールに語りかけた。


 「イレール、何をしているの?さ、中へ」


 それでも、動かないイレールに痺れを切らしたメイドがイレールの背中に手をかけた。


 「さ、どうぞ。フランツ様がお待ちです」


 そう言いながら、イレールの背中に回した手に少し力をいれ、イレールを押す。イレールは押されるがまま、部屋の中に入って行った。

 フランツが入ってくるイレールの姿をまじまじと眺めている。その視線は頭のてっぺんから顔に向かい、胸、足へと降りて行く。


 「この子でよろしいでしょうか?」


 院長先生が猫なで声で、フランツにたずねる。


 「うむ。

 私が見た花売りの子は、この子に間違いない。

 少し怯えているようだが、それが無くなれば、気品さえ感じる気がする。

 この子の素性は?」

 「はい。16年前に若い男の子が預けにきました。

 きっと、若気のいたりで作ってしまった子ではないかと」

 「16年前?と言うと、あの事件の年ですか?」


 フランツが真剣なまなざしで、院長先生に問いかけた。

 あの事件の年。

 フランツの言葉の意味を院長先生は素早く理解した。

 それだけ、大きな事件のあった年だった。


 「ええ。そうです。

 アスラの力を宿したとされる赤子が葬られたあの年です。

 この子が預けられたのはあの日の数日後だったでしょうか」

 「ふむ。あの方と歳も同じか」

 「あの方?」


 脈絡の無いフランツの言葉に、院長先生は何の事と言った表情で、フランツに問いかけた。


 「いや、こちらの事だ」


 フランツは再び怯えて下を向いて震えているイレールに視線を向けた後、院長先生に向き直って、話し始めた。


 「この子はお話のとおり、引き取らせていただきます。

 孤児院の方には五年分の運営費用を寄付させていただきますよ」

 「ありがとうございます」


 院長先生はそう言いながら、深々と頭を下げたが、イレールが頭も下げず、ぎゅっと握った拳を膝の上においたまま固まっている事に気づいた院長先生がイレールの頭に手をかけ、頭を下げるよう促す。


 「何をしているんだい、イレール。

 お前からも礼を言うんだよ」


 イレールは院長先生の言葉に怯えながら、頭を下げた。


 「あ、あ、ありがとうございます」

 「これから、よろしくお願いいたします」


 院長先生がイレールの耳元で囁く。


 「こ、こ、これから、よろしくお願いいたします」


 おどおどした雰囲気にフランツは違和感を持ったが、知らない貴族の家に売られた事で怯えているだけだろうと思っていた。


 「うむ。よろしく頼むよ」


 イレールはその日から、フランツのカルサティ家で育てられる事になった。

 それもどうしたことだか、一部屋与えられ、フランツの娘待遇で暮らす事になった。

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