元の一人に
建物の高さは5階建てくらいの高さがあったが、その祈りの場は吹き抜けになっていて、頭上はるかな位置に美しいほどの天上世界の絵画が描かれていた。その空間に外の陽光を取り込む窓は、高い位置に取り付けられていて、そこから差し込む陽光が正面に飾られた大きな十字架を照らし出し、その背後に大きな影を映し出していた。
建物の外は王国の敗色濃厚を知った庶民たちがわれ先にと逃亡を図り、喧騒に包まれているが、この空間の中は静まり返っていた。中にいるのは大公、フランツ、レオン、この教会の神父、セリア、イレールだった。
レオンが床に、何かの魔法陣を描いていて、それを大公とフランツたちがじっと見つめている。イレールはこれから何が起きるのかと怯え気味で、フランツにしがみついている。
レオンが魔法陣を描き終えると、その横にもう一つの魔法陣を描き始めた。すでに描き終えたものと合わせて、3つめである。神父は正面に掲げられた十字架の前で跪き、何か祈りを捧げている。
「ねぇ。お父様、本当の事を教えてください。
これから、何が起こるんですか?
そして、あの子は私とどう言う関係なんですか?」
大公の横に立っていたセリアが、大公を見上げながら言った。
「今は言えん。
だが、信じてくれ。
この私を」
セリアは大公が言ったその言葉に、頷いた。流れる沈黙の時。時の流れを感じさせるのはレオンの動きだけである。
やがて、レオンが3つ目の魔法陣を描き終えた。
「できあがりました」
レオンが額ににじむ汗を拭きながら、そう言った。
「すみません。
レオン、君にこんな事をさせて」
「いえ。今は大公をどうと言っている場合ではありません。
この国の存亡の危機ですから」
「ありがとう」
フランツがそう言った時、大公がレオンに頭を下げていた。
「では」
レオンのその言葉に十字架の前で祈りを捧げていた神父が立ち上がり、振り返った。その手には2つの白い光を放つクロスのチェーンが握られている。
「神のご加護と意志が宿っています」
神父はそう言って、大公の前に歩み寄ってきた。大公が神父に頷く。
セリアの前に神父は進み出て、手にしていたクロスのチェーンの輪を広げた。その意図をくみ取ったセリアが背をかがめて、頭を差し出す。神父がセリアの首にそのチェーンをかけた。
かけられたクロスがセリアの胸で白く輝いている。
神父が続いて、フランツの前に進み出た。
「イレール」
フランツがイレールの肩に手をかけて、神父の前にイレールを立たせた。イレールが不安そうにフランツに振り向く。
大丈夫。
そう諭すようにフランツがイレールに頷いた。神父がイレールの首に白い光を放つクロスのチェーンをかけた。イレールの胸でも、クロスが白く輝いている。
レオンが真ん中の魔法陣の前に立って、大公とフランツに目で合図を送った。
大公がセリアに頷くと、セリアは頷き返して、自分の前にある魔法陣の中心に向かい始めた。
「さあ、イレール。
君も」
フランツはそう言って、イレールの背中を押した。イレールは少し震え気味に、よろよろと歩き、時々振り返りながら、魔法陣に向かって行った。
二人が正面の十字架を見上げて、魔法陣の真ん中に立った。
「では」
レオンはそう言うと、呪文を唱えながら、真ん中の魔法陣に両手を置いた。
真ん中の魔法陣がまばゆいばかりの光を放ち始めた。
まわりの二つの魔法陣は光を吸収するかのように、黒い空間が生まれ始めている。
大公もフランツも目を開けていられず、腕でその顔を覆っている。
教会の窓を突き抜け、外の世界にまで光があふれ出している。
やがて、その光が収まると、左右に描かれていた二つの魔法陣にセリアの姿もイレールの姿もなく、真ん中の魔法陣に血みどろのドレスを着た少女だけがたたずんでいた。
「フランツ様。
私は戦います。
私の大切な人々を守るために。
そして、この街を守るために」
少女は白く輝くクロスを握りしめながら、そう言った。
その言葉にレオンがにやりとした。




