あの子もセリア、その子もセリア
平原での戦況はすでに決しかけていた。総崩れ。味方の兵たちはすでに雪崩を打って退却を始めている。われ先にと退却している味方の兵たちを追って、敵兵が追撃している。そんな敵兵たちを背後から馬蹄にかけながら、フランツがイレールを伴い、味方を追う。
平原の先にはこの国とフランツの国を隔てる大河が広がっていて、一本の橋だけで結ばれていた。平原での戦いに敗れ、敵兵がこの橋を渡ってきた場合、国王はこの橋の先で、迎え撃つ計画を立てていた。
橋が敵兵に埋め尽くされてしまっては、身動きがとれなくなる。。
何が何でも眼前の敵兵を打ち破り、先に橋を駆け抜けなければならない。
フランツが馬を締め上げ、速度を上げる。
背後から迫る馬に気付いた敵兵が振り返り、恐怖に顔を引きつらせる。
そんな敵兵にはお構いなしに、フランツは先に進んで行く。
フランツが橋に達するのと、敵の先兵が達するのはほとんど同時だった。
フランツがさらに速度を上げる。
橋の先には多くの味方の兵たちが待ち構えている。
フランツが敵兵を抜き去り、橋を駆けぬける。
フランツが橋を渡り切った時、敵兵たちは橋の2/3程度まで達していた。
「放てぇ」
そんな命令の下、一斉に弓矢が放たれた。
橋の上にいた敵兵たちに雨のように弓矢が降り注ぐ。
ばたばたと倒れて行く敵兵たち。そんな敵兵たちの多くは橋から落下し、大河の流れに飲み込まれて、その姿を川の流れの中に消していく。
後から来る敵兵たちは味方の屍を乗り越えて、あふれ出すようにやって来る。
フランツはそんな戦いには目もくれず、大公の旗を探しながら退却していく。
橋の先には弓兵と歩兵が中心となって、防御態勢をとっている。
多くの兵とそれぞれの家門の旗がはためく中、フランツは大公の居場所を探していた。
弓兵、歩兵たちから離れた位置にいくつもの騎士の一団が控えていた。
そこに大公の姿を見つけたフランツが、駆けつける。
反大公派。そんなカルサティ家のフランツが近づいてくる事に気付いた大公を取り巻き騎士たちが、その前に立ちふさがった。
騎士たちの目は鮮血に染まったドレスを身にまとった少女に向かった。
金色の長い髪。大きな目の中に輝く青い瞳。
「セリア様」
騎士たちはありえない二人の取り合わせに戸惑っている。そんな気配を感じた大公が小走りに馬を走らせ、フランツの前に立った。
「カルサティ公。
何だ?」
「力を貸してほしい。
この子だけでは勝てない」
「どう言う意味だ?
来い」
大公はそう言うと、馬首を反転させ、人気の少ない場所を目指した。その後をフランツが追う。そんな二人の姿を騎士たちが怪訝な顔つきで眺めていた。
騎士たちが控える場所から、離れた両側に木々が植えられた道路で大公が馬を止めた。
「セリア様の力を貸してほしい。
二人で力を合わせても勝てるのかどうかは分からない。
だが、負ければ全てがあの野蛮人どものものになってしまう」
「意味が分からない。
セリアの力を貸せとはどう言う事だ?」
「この期に及んでも、隠す気ですか。
この子があなたの命を奪いに行ったことがあるはず。
だが、この子はあなたの命を奪えなかった。
帰ってきたこの子は、セリアめ。セリアめ。と、セリア様の名を言っていた。
この子を押し返すほどの力があるのは分かっている。
二人で力を合わせて戦ってほしい」
フランツの言葉に大公は一瞬驚いた表情をした後、首を横にゆっくりと振った。
「残念だが、それは君の思い違いだ。
セリアにこの子のような力は無い」
「そんなバカな。
では、なぜこの子が負けたと言うんだ!
セリア様とこの子は双子なんじゃないのか?
二人とも異教紳アスラの力を持った」
「違う。
あの子もセリア。その子もセリア。
そして、あの時、その子は私のセリアの愛と勇気に負けたんだ」
「どう言う事だ?」
「その子とセリアの関係だが」
大公は16年前のあの日の話を語り始めた。




