戦闘開始
国境沿いに広がる小高い丘は、一面背の低い草に覆われていた。普段なら、放牧の牛たちが長閑に食事をしている風景が広がる静かな場所。そこにこの国の兵隊が布陣し、その先に見える平原には東方軍が布陣し始めていた。
東方軍の後方には、高いやぐらの上にその王のための玉座が設けられ、朱塗りの大傘がさしかけられている。
離れていて、その容姿まで確認できないが、そこにいるのが敵の王であることは一目瞭然であった。
あの者を倒せば、全てのけりがつく。
そうは分かっていても、自国の何倍にも見える敵兵がその前面に展開していて、容易に接近できない。
東方軍を迎え撃つフランツたちの国の軍勢は大量の投石器を用意し、弓兵、歩兵を中心に展開し、左翼と右翼に騎兵を配置していた。東方軍も左右に騎馬隊を展開しており、その数は東方軍の方が圧倒的に勝っていた。しかし、戦いが数で決まるものでない事は100年以上前の戦いが証明していた。
みな、その体の中に闘志をたぎらせ、戦いの始まりを待っていた。
フランツは左翼に陣取り、馬上にドレス姿のイレールと共に戦場を眺めていた。
あの女は誰だ?
そう思う者もいたが、近づきそこにセリアの姿を確認した者たちは、口々に語り始めた。
「なぜセリア様が、フランツの馬上にいるのかは分からんが、セリア様のお力があれば、この戦、我らの勝利間違いなしじゃ」
と。
その言葉はこの国の兵たちの間を駆け廻り、闘志と士気を高めていった。
当然、その話は現ブルゴーニュ大公の耳にも届いた。
大公はその言葉に否定的な言葉は口に出さず、セリアあれば勝利は間違いなしとだけ語った。
そして、東方軍より鐘の音が打ち鳴らされると、巨大な喊声があたりが平原を覆いつくし、砂塵を上げて敵兵が動き始めた。
近づく敵兵。
「放てぇ」
その命令に投石器から巨大な岩が、次々に放たれる。
その下敷きとなって、多くの敵兵たちが命を落とし、最前線を駆ける敵兵の戦意も失われるはず。
そう思っていたこの国の兵たちの期待は見事に裏切られた。
巨大な岩が空中に停止し、そこには重力が無いかのように地上から浮いている。
その下をかいくぐって、敵兵たちが突進してくる。
「は、は、放てぇ」
弓兵への号令。あまりの光景に指揮官の狼狽が伝わってくる。
弓兵たちの動揺も激しく、放たれる弓がばらばらで統率がとれていない。
それでも、頭上に降り注げば、敵兵に大きな損失を与えられるはずだ。
空気を切り裂きながら、飛びゆく弓。
フランツは浮遊している岩のその奥に一人の男を確認した。
敵兵たちが進撃してくるその上を岩と同じように、浮遊している。
「あれか」
そう言ったフランツの前で、イレールは汗びっしょりになって、小さく震えていた。
その頃、敵兵の上空に達した矢が岩と同じように動きを止めた。
投石、弓と言った飛び道具でダメージを与えられないまま、敵兵が目前に迫っていた。




