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異民族の神父 アクバル

 そこには部屋いっぱいに書棚が並べられている。

 その書棚の資料を守るためか部屋にある窓は極めて少く、すでに陽が落ちかけている今は闇に手が届くほどの暗さである。

 そんな薄暗い書棚の隙間で、キャンドルを手にうごめく人影があった。

 その人影の前の書棚に並んでいるのはこの国の記録であり、関連する内容が全て一冊の本のような状態に仕上げられている。


 時折、紙をめくる音が暗く静寂の空間に響く。

 その人影は一冊一冊手に取り、数枚ページをめくって中身を確かめては、元の場所に戻し、また別の中身を確認していた。


 「あった。これに書かれている。」


 歓喜の声が上った。

 その人影はその本の状態に綴じられた記録書を腕の間に挟むと、手にしていたキャンドルの火を吹き消し、暗い資料室を出て行った。


 壁にかけられたキャンドルが放つほのかな明かりが、廊下を急ぐその人影をゆらゆらと浮かび上がらせる。

 廊下の中に響く人影の足音。

 やがて、その足音のリズムが崩れた。廊下の先から近づいてくる別の足音。

 人影は手にしていた記録書を自分の背後に回すと、近づく足音の主を確認しようと、歩くペースを落とした。

 キャンドルのほのかな明かりでは近づいてくる人影が誰なのか、ある程度の距離にならなければ把握できない。

 人影はその相手を一刻でも早く識別したいと、視線をその先に向け続ける。

 人影が近づいてくる人影が誰なのか分かった時には、向こうもその人影の人物を視認し、先に語りかけてきた。


 「アクバル、こんな時間にどうした?」

 「あ。これはジャコブ司教様」

 「どうした?何か調べ物か?」

 「はい。少し。しかし、暗くなってきましたもので、戻ろうとしていたところです」

 「そうか。いつのものことだが、君は元々この国の人間でないにもかかわらず、熱心だな」

 「はい。この国の神の教えに疎かった分、少しでもその教えに近づき、我が国の国民たちにも、それを伝えたいと思っておりますので、可能な限り修行や勉強に費やしたいと考えております」

 「そうか。他の者達に見習わせたいところだ」

 「もったいないお言葉。ありがとございます」

 「うむ」

 「では、これで」


 アクバルはそう言うと、ジャコブ司教に深々とお辞儀をして、自分の部屋を目指し始めた。


 ジャコブ司教との距離が空くと、アクバルは再び足を速め、三階にある自分の部屋を目指す。

 アクバルの部屋。そこは狭く、机の近くに灯されたランプの光だけが唯一の明かりである。

 アクバルは椅子をひき、そこに座ると、さっき持ち出した記録書を開いた。

 ページを開くアクバルの手は少し緊張で震えている。


 そこに書かれていたのは100年以上前の戦争に関する記録だった。


 その年、東方の大国の王自らが、周辺の王国の兵を引き連れ、西侵を開始した。

 その圧倒的な兵力は次々に進路上にある国々を打ち破り、瞬く間にこの国に迫って来た。

 当時の王は貴族たちに出兵を命じ、この地域のブルゴーニュ大公も騎士団を率い、出陣した。


 敵軍の数は5万、自国の戦力のほぼ10倍の敵である。

 だが、その位置はまだ隣国内である。

 自国で戦闘が行われれば国土が荒れるため、攻め込まれる前に攻撃をかける作戦が取られた。

 当然、その動きは敵にも掴まれ、両軍は国境近くにある平原でにらみ合うことになった。

 この国の軍は騎士団と重装歩兵で構成され、左右に騎士団、中央に歩兵と言う形で展開していた。そして、その後方には大型の投石機も準備されていた。

 敵との兵数には圧倒的な戦力差があっただけではない。

 歩兵より騎馬の方が戦力的には優位だが、その騎馬の数も圧倒的な差があった。

 誰が見ても、戦う前から結果は見えている。

 このままでは士気が奮わず、決着はすぐについてしまうかもしれない。

 ブルゴーニュ大公は配下の騎士団たちに向かって、勇気と策を授けた。


 「よいか。戦いとは数だけで決まる訳ではない。

 その方たちに策を授ける」


 そう言うと、騎士団の中から何人かを呼び集め、作戦を語り始めた。

 しかし、呼び集められ、策を聞かされた者達の表情には確固たる勝利への自信は見られなかった。

 そううまくいくのだろうか?

 そんな不安の表情が浮かんでいる事をブルゴーニュ大公は感じ取った。


 「うまくいくだろうかと思っているのではないだろうな?

 そうではない。

 うまくいかせるのだ」


 ブルゴーニュ大公はそう言うと、今度は他の者たちに向かって力強く語り始めた。


 「異教の者達に我が国土を踏みにじらせてはならん。

 今、私が授けた策は私の策では無い。

 昨晩、我が主が私の枕元に現れ、そう言って私に必勝の策を授けて下さったのじゃ」


 その言葉で、圧倒的な戦力差を前に萎えかけていた騎士団の間に戦意が漲り始めた。


 「神のご加護は我らにあり。

 お前たちは我が主を信じているのだろう?」

 「おぅ!」


 大きな声が上がった。


 「ならば、この戦いは勝った」


 さっきまで不安にさいなまれていた策を聞かされた者達も、勝てる気分になっていた。

 騎士団は作戦に沿って陣形を整え始めた。


 そして、昼過ぎ、戦闘が開始された。

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