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イレールの前に立ちはだかるセリア

 広い部屋。多くの窓から差し込む日差しは、その部屋の中を暖色に包み込んでいる。

 高い天井からは大きなシャンデリアが、やがてやって来る夜に備えてつりさげられていて、部屋の一方の壁には暖炉が設けられていた。

 その暖炉近くに置かれ白いクロスがかけられたテーブルには、亡き息子の妻リュディヴィーヌと首にリボンを巻き、淡い色のドレスに身を包んでいる孫のセリアが座っていた。

 カルサティ家に戦を仕掛けた大公はカルサティ家に送った騎士たちからの報告を今か今かと待ち望み、少々苛立った風に部屋の中を歩き回っている。

 リュディヴィーヌとセリアの二人は事の成り行きを気にして、時折大公に目を向けながらも、雰囲気を明るくしようと、軽い談笑を続けていた。


 「まだか?まだか?」


 大公が部屋の片隅で、そんな言葉を発した時だった。大公の視界の中に少女が突然現れた。


 「セリア?」


 大公は目をしばたき、こすってみた。やはり、部屋の片隅に一人の少女が増えていた。

 大公にはその少女がイレールである事も、ここにいる理由も、すぐに分かった。


 しくじったのか?

 殺される?


 大公は恐怖し、数歩引き下がった。

 セリアが大公の表情の異変に気付き、大公の視線の先に目を移した。そこには自分と瓜二つイレールがいた。

 今度はセリアに驚きの表情が浮び、セリアの母リュディヴィーヌもイレールに気付いた。


 「あなたは?」


 リュディヴィーヌが言う。

 大公を殺すつもりで乗り込んできたイレールもセリアを見て、驚き立ちすくんだ。

 そんな隙を目ざとい大公は見逃さず、じりじりと移動し、部屋から逃げ出そうとしていた。

 その動きに気づいたイレールが視線を大公に向け、一喝した。


 「お前が大公だな。

 フランツを襲った事は許さない。二度とそんな事をしないよう、お前を殺す」


 そう言って大公の前に向かい始めたイレールの前に、セリアが両手を思いっきり広げ、立ちはだかった。

 大公の怯え具合からも、目の前にいるのがただの少女ではなさそうな事はセリアにも分かっていた。

 そんな相手であっても、絶対にここを通さないと言う強い意志を瞳に宿し、セリアは自分にそっくりなイレールをじっと見つめていた。

 セリアの行動に一度立ち止まったイレールだったが、強い口調でセリアを恫喝した。


 「どけ!」


 セリアはそれにひるむことなく、気丈にイレールの前に立ち塞がっている。

 そのセリアの表情に恐怖などと言った感情は見られない。


 「あなたは誰?

 私と何か関係があるの?」


 セリアがイレールに屈し、道を開ける事もなく、逆にイレールにたずねた。


 「どけ!」


 イレールがそう言いながら手をかざすと、セリアは吹き飛ばされ、部屋の壁に激突した。


 「いったぁい」


 壁に激突したセリアが尻餅をついた状態で、腰に手を当てている。そんなセリアに一度視線を移した後、イレールは大公に視線を戻した。


 「お前を許さない」


 大公は恐怖に顔をひきつらせている。


 「ま、ま、待ってくれ!」


 そう言いながら、片手をイレールの前に出し、距離を保とうとした。

 イレールは大公を一刀両断しようと、右手を構えた。そんなイレールに背後から抱きついた者がいた。リュディヴィーヌである。


 「止めてください。

 私の娘そっくりなあなたの手を血で汚させる訳にはいかない。

 お願い。止めて」


 イレールは構えていた手を下ろした。リュディヴィーヌはずっとイレールを押さえている。セリアも立ち上がり、大公の前に再び立ち塞がった。

 セリアにも気迫があった。自分の身に何かあっても防ぐ。それだけの決意が溢れている。

 しかし、女性の力で抑えられるようなイレールではない。

 一瞬の内に、イレールはリュディヴィーヌを振り払うと、セリアの前に立ち、その手をセリアの首筋に回した。


 「きゃっ!」


 セリアが小さな悲鳴を上げ、身体をよじった。一瞬の内に、セリアの首に巻かれていたリボンがはぎ取られ、イレールの右手に収まっていた。セリアの首筋にもイレールと同じ紋様が描かれていた。イレールはその紋様を見つめていた。そして、視線を大公に戻した。


 「一つだけ言っておく、私の大切なものを傷つけることは許さない」


 そう言うと、イレールは大公達の前から姿を消していた。


 「あの子は誰なの?」


 セリアはリュディヴィーヌと大公に視線を行き来させながら、答えを待っている。


 「本当に私には心当たりはないわ」


 リュディヴィーヌはセリアを見つめながら言った。大公はそんな二人の隙をついて、背を向け部屋を出て行こうとしていた。


 「おじい様」


 大公は一度立ち止まった。


 「お前たち、今日の事は決して誰にも言ってはならない。

 いいな」


 そう言い残すと大公は部屋を出て行った。

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