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エミールの危機

 突如現れた敵に襲われたあの日、エミールの家は焼け落ち、両親の行方も分からなくなっていた。

 幸いなことに、エミール姉弟はフランツの家でそのまま暮らせることになり、今までの自分達の家での生活とは比べ物にならない良い生活を送ってはいたが、やはり貧しくとも親との生活の方がいい。それが子供の正直な気持ちである。そのため、エミールは時々、時間を見つけては街に両親を探しに出ていた。

 

 日が経つごとに、破壊された街は再建に向かい始めている。しかし、壊された建物や街は元の姿を取り戻すことができるが、失われた命は戻って来ない。

 巷には孤児がたむろし、そしてまた、その逆の子を探す多くの親達の姿もあちこちにあった。

 エミールもそんな人達が行きかう街を歩いていた。


 「お父さん。お母さん」


 エミールは行きかう人の中に両親の姿を探し求めていた。


 「すみません。君」


 エミールは突然呼びとめられた。

 エミールを呼びとめたのはいかにも庶民と言った風体の中年の男だった。エミールはその男の顔に見覚えは無かった。


 「僕ですか?」


 「ええ」


 男はそう言うと、一枚の紙をエミールに差し出した。エミールはその差し出された紙を受け取った。そこには少女の姿が描かれていた。

 その少女は紛れもなくイレールだった。


 「イレール?」


 その言葉に、男の顔には一瞬喜色が浮かんだ。

 イレールらしき少女の絵に目をやっているエミールは、その事には気づいていない。


 「そう。イレール。

 どこにいる?」


 「おじさんは孤児院の人?」


 「孤児院?」


 男は一瞬戸惑った。


 「違うの?」


 「いや。そうだ。孤児院の者だ。

 イレールを探しているんだ」


 イレールがあれほど、嫌っていた孤児院。そこに連れ戻そうとしているのではないだろうか?

 エミールは男の気配から、そう感じ取った。


 「知らない」


 エミールはそう言うと、男から遠ざかるため走り始めた。


 「待て!」


 男もエミールを追って走り出した。大人の男とエミールの脚力には差があった。瞬く間に男はエミールの腕を掴んだ。


 「離して!」


 「だめだ。イレールの居場所を答えるんだ。」


 この少女の居場所を探しだせれば、多額の報酬が男には約束されていた。

 それだけに、その糸口をみすみす逃すわけにはいかなかった。


 「嫌だ。僕は知らない」


 エミールは頑なに拒んだ。

 口で言っても話しそうにない。男はどんな手を使ってでも、この子供から少女の居場所を吐かせたかった。

 男はつかまれている腕を振り払って逃げようとするエミールを力づくで引き寄せ、エミールの顔面に拳を飛ばした。


 カルサティ家の庭園で、イレールはレリアと共に植わっている木々の手入れをしていた。

 人は社会のために働かなければならない。たとえ、それが嫌な仕事であっても。

 イレールは小さい頃から、そう教えられていたため、その考えが身にしみついていた。働かないまま一日を過ごす事はできないのだ。

 とは言え、客人扱いのイレールに下働きをさせる訳にもいず、この家の者たちがイレールに与えた仕事は形ばかりの植木の手入れだった。

 二人の前には背の低い植栽があり、今は二人でその形状を整えている。

 そんな二人を二階の窓からフランツは眺めていた。


 「最近イレールは落ち着いているのか?」


 フランツは背後に控えているメイドに言った。


 「はい。今でも笑顔はあまり見せませんが、悲しそうな顔はあまり見せなくなりました」


 「ふむ」


 フランツがそう言って、窓の外にいるイレールに向けていた視線を部屋の中に移そうとした時、視界の中に動きがあった。


 「うん?」


 フランツは再び視線を外に戻した。

 その視線の先には驚いて立ちつくすレリアの姿だけがあって、さっきまでそこにいたはずのイレールの姿がない。


 「イレール。

 どこに行った?」


 フランツはそう言うと、慌てて部屋を飛び出した。

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