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封印されたアスラの力

 フランツの要望に、ロートネル家の当主ランディはすぐに応えた。

 今回の戦いの中、その恐るべき力を見せつけた、大公の娘セリア。

 共通の敵である大公の下に存在する絶対的な力。

 その謎を解くためと言われれば、拒否する理由などなかった。


 フランツの前に連れてこられたレオンが、ランディに視線を向けると、ランディは頷いてみせた。


 「では、話しましょう。

 私の知っている事、全てを」


 レオンはそう言うと、ゆっくりと16年前の出来事を語り始めた。




 16年前のあの日、アスラの再来を告げる教会の鐘の音がなった。

 その鐘の音が鳴った事で、その日生まれた赤子が教会に集められたが、その中には生まれたばかりの大公の孫娘セリアがいた。


 教会の中にはアスラの生まれ変わりを特定するためのジェラール司教と、アスラの力を宿した赤子を殺すための兵士数人が立っていた。

 が、もう一人、事の成り行きをもう一人の男がいた。緊張した面持ちで眺めているブルレック大公家当主ジェレミー・ブルレックである。


 大公は自分の孫でない事を祈っていた。

 ジェラールは一度閉じていた目を開けると、一人の赤子に向かい始めた。大公の顔が引きつった。


 「待たれよ」


 大公の突然の言葉にジェラールは立ち止まり、大公を見た。


 「あまりに重要な事だ。

 お前たちは全てが決するまで、下がっていよ」


 大公は兵達に命令した。兵たちはその命に従い、部屋を出て行った。


 「では、ジェラール司教」


 大公の声は震えていた。大公は目をつぶり、再び祈った。


 「神よ。ご加護を。

 私の孫ではありませんように」


 「大公。この子に間違いありません」


 大公は恐る恐る目を開けた。ジェラールは一人の赤子の前に立ち、指さしていた。


 ジェラールは一番左端に寝かされている赤子を指していた。

 金髪、青い瞳。

 ジェラールに、赤子たちがどこの誰の子か分からぬように、全員同じ衣でくるまれているが、それは紛れもなく、大公の孫娘だった。


 「うぉー」


 ジェラールのその姿を見るなり、大公は両手で顔を押さえながら、喚き声を出した。


 「違う。違う。

 なっ、間違いだろう?ジェラール司教よ」


 そう言いながら、大公がジェラールに掴みかかる。

 ジェラールはそもそも、この赤子たちの中に大公の孫がいる事さえ知らされておらず、大公がなぜ狼狽しているのか、分からなかった。


 「どうされました?

 間違いなく、この子です」


 「違う。違う。

 私は認めないぞ」


 「なぜですか?」


 「それは私の孫じゃ」


 その言葉にジェラールは絶句した。

 二人の間にしばらく沈黙が流れた。


 「知っているだろう。

 私の一人息子マクシミリアンが先の戦いで亡くなったのを。

 息子が残したこの子が唯一の私と血のつながりのある人間なんだ。

 殺させる訳にはいかん。

 分かってくれるよな」


 「しかし」


 ジェラールには大公の言葉を受け入れることは出来なかったが、否定する事も出来ないでいた。

 沈黙を続けるジェラールを前に、突然大公が動き始めた。

 大公は突然ドアの所まで行くと、外に出していた兵達を呼びいれた。

 ジェラールはそんな大公を呆然と見つめるだけで、大公の行動の意図が読めないでいる。


 「これだ。この子だ」


 大公は大きな声で、別の一人の赤子を指さした。


 「大公!」


 ジェラールが驚きの声を上げた。

 無実の赤子が殺される。

 しかも、アスラの力を葬ることさえ、できぬまま。

 ジェラールの良心が叫ばせた。

 しかし、大公はジェラールの言葉など聞いていないかのように、兵たちに命令を出した。


 「早く連れて行って、始末しろ」


 「はっ」


 大公の命令に兵達は一人の赤子を抱えた。


 「待たれよ」


 ジェラールが勇気を出して、兵を止めようとした。


 「何じゃ!司教。」


 大公は鬼のような形相で、ジェラールを睨みつけながら言った。

 その瞬間、ジェラールは自分の無力さを悟った。

 ここで、命を賭して真実を兵たちに告げることはできない。

 もし、自分がそう言ったところで、結果に変わりはあるまい。

 自分は一人の無実な赤子さえ助けられない。

 悔しさで、両こぶしを握りしめながら、ジェラールは黙り込むしかなかった。


 「では、連れてまいります」


 兵が出て行こうとした。


 「その子はどこの子ですか?」


 後で手厚く祈りを捧げよう。

 それがジェラールにできる唯一できる精一杯の良心だった。


 「アルレ通りのベッケルの家の子です」


 「そうですか。後で、手厚く祈りを捧げましょう」


 ジェラールは十字を切りながら、そう言った。


 赤子が連れ去られたその部屋にはジェラール司教、大公、大公の孫の三人だけが残っていた。

 すでに陽が落ち、薄暗くなったその部屋を照らし出しているのは、壁に取り付けられたろうそくのほのかな明かりだけだった。


 「本当に間違いないのか?」


 大公は悲壮な顔で、ジェラールにたずねた。


 「ええ。間違いありません」


 「何とかならないのか?」


 「こればかりは」


 「私の孫だぞ!」


 「しかし、この決まりを作られたのは大公のご先祖様自身ではありませんか」


 「自分の身内がこうなるとは思っていなかったに違いあるまい。

 とにかくだ。何か策を考えろ!

 すでに身代わりの赤子は死んだんだ。

 この子を生かす方法を考えるんだ。

 そうだ。アスラの力を封印するだけでいいではないか。

 それでいけ。

 さ、早く。封印するんだ」


 ジェラールは大公に脅されながら、クロスを手に祈りをささげた。

 ジェラールのクロスが輝き始め、ろうそくのほのかな灯りしか無かった部屋を白い光が満たし始めた。

 続いてジェラールは右手を広げると、赤子の首筋にあてがい、封印の魔法陣を頭に浮かべた。


 「ほぎゃー!」


 赤子の泣き声が部屋に響く。

 ジェラールが手を放すと、そこには封印の陣がくっきりと浮かんでいた。


 「よくやったぞ、ジェラール」


 大公は喜びに満ちた声で言った。

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