にやりとするテオドール
フランツの屋敷に入ったテオドールはいつもの部屋に通されたが、急な来訪だったため、その部屋の中にはまだフランツは来ていない。
テオドールはその部屋の真ん中に置かれたソファに腰掛け、フランツを待つ事にした。
「あの事件後、初めてだな。
フランツ様はあの少女の事をどう言われるおつもりやら」
テオドールはそう呟くと、足を軽くゆすりながら、フランツがやって来るのを待っている。
しばらくすると、ドアをノックする音がして、ドアの向こうからフランツが現れた。
「テオドール様、本日はえらく急なお越しですね」
テオドールは立ち上がり、フランツが近づくのを待った。
「フランツ様。約束も無しに突然たずねてしまい、すみませんね」
テオドールはそう言うと、フランツが自分の前に座るのを待って、一緒にソファにこしかけた。
「で?」
フランツは突然やって来るほどの重要な話だと思い、真剣な顔つきでテオドールにたずねた。
「はい。お話は二つ。
一つは例のレオンの居所ですが、彼の居場所が分かりました」
その言葉にフランツの目が大きく見開いた。
「おお。そうですか。さすがテオドール様だ。
で、どこにいました?」
「ロートネル家にかくまわれています」
「16年もの間、ずっとですか?」
「ええ」
「全く知らなかった」
フランツは少し驚いていた。
ロートネル家とは連携を取っていた。なのに、この話は全く聞かされたことはなかった。
信用されていないのか、それともそれだけ口が堅いと言っていいのか。
フランツはその言葉の後、黙り込んでいる。
テオドールがそんなフランツに話を続ける。
「私はご存知のとおり、一応大公派ですから、ロートネル家に話をしてもレオンを連れ出すことはできませんが、フランツ様なら可能なのでは?」
フランツは思考を今の話題に切り替え、テオドールの言葉を吟味した。
「ふむ。そうですね。
ここに連れて来るか、私が行くかは別にして、会うことは難しい事ではないでしょう。
ありがとうございます。
これで、あの16年前の事が少し分かるやも知れませんね」
「で、その事と関係ありそうなあの少女のことですが」
テオドールが声を抑えながら、切り出した。
「セリア様の事ですか?」
フランツがすっとぼけた顔で言った。
「はははは」
テオドールがそれに笑いで返す。
「これは失敬。
フランツ様から、そんなお言葉を聞くとは。
あれがセリア様でない事を一番ご存知なのは大公とフランツ様なのではないのですか?
私が掴んでいる話では、大公は密かにあの少女がどこの何者なのかを探らせているようです」
フランツがにやりとした。
「まあ、あなたにはあの時、イレールを会わせましたからね。
で、イレールがどうしました?」
「大公以外にも、あの少女に興味を持っている勢力がいます」
「ほう。それはセリア様にと言う事でよろしいですか?」
テオドールは静かにうなずいた。
「で、その勢力とはどのような?」
「それは今は申し上げられません。
ただ、反大公の戦いに利用したいと」
「ふむ。元々私もあの子を見た時に、大公に対する何かの役に立つのではと考えていたのだが、それは力によるものではない。
ましてや、あのような力はあの子には似つかわしくないと、今は思っている」
「では、あの力を利用する事は反対だと」
「ええ。そもそもあの力は普段は封印されているのか、あの時見たのが初めてです。
今もそんな気配さえありませんし、あの時の記憶はイレール本人にはないようですしね」
「では、どうしてあの時、あのような力が?」
「分かりません。ただ、彼女の友人であるエミールを傷つけた事を怒っていましたね」
「そのエミールとやらは、今はどちらに?」
「この前の戦乱で家は焼け落ち、両親の居所も分からなくなってしまったので、うちで面倒をみています」
「そうですか。
もう一度、お聞きしますが、あのイレールとか言う少女は普段はあのような力を持っていないのですね」
「そうです。なので、私が協力しようと思ったとしても、あの力を出せるかどうかは分かりません」
「なるほど」
「力を出せるか分からない?
大公たちの前で、同じ事をやってみればいい。
それだけの事じゃないか」
そう心の中でつぶやくテオドールの顔はにやりと笑っていた。
「何か?」
その不気味さに気づいたフランツがたずねる。
「いえ。何も。
では、これで、失礼します」
そう言うと、テオドールは立ち上がった。
「そうですか。レオンの件、ありがとうございます」
「いえ。何か分かりましたら、私にもお教えください」
「もちろん、そのつもりですよ」
フランツはそう言ったが、テオドールがよからぬ事を考え始めている事を感じ取っていた。
フランツの動きも早かった。
テオドールが屋敷を去ると、すぐにロートネル家に使者を送った。
すぐに会いたい。
レオンに16年前の話を聞きたい。
と。




