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交錯する思惑

 16年ほど前。



 開けられた窓から、穏やかな日差しが部屋の中に差し込んでいる。

 その部屋の中には二人の男がいた。

 一人は若き日のフランツであり、もう一人の男は当時のカルサティ家当主、つまりフランツの父である。

 その部屋に入り込む穏やかな日差しとは裏腹に、二人の男の間にはとげとげしい会話が交わされていた。



 その日、この国は揺れていた。

 フランツの友人であるクレティエ家をブルレック大公家が襲ったのである。


 事の起こりはさらに数か月前にさかのぼる。クレティエ家の領地の端にある山で銀が発見された事だった。

 その山はクレティエ家の領地の中であったが、その山に隣接する領地はブルレック大公家のものであり、ブルレック大公家は突如、その山は自分の領地だと言い始めたのである。

 その主張をクレティエ家が否定したため、両家の間で戦争が勃発した。

 クレティエ家の次期当主と親友だったフランツは友のため、ブルレック大公家との戦いを主張した。実際、クレティエ家の側に立った貴族たちもいた。

 しかし、カルサティ家当主だったフランツの父は大公家へ刃を向ける事を許可しなかった。


 「勝てぬ戦いをするべきではない」 


 それがフランツの父の言い分だった。

 フランツは負けても貫かなければならない義があると言ったが、当主である父に受け入れられず、友のために立ちあがる事は叶わなかった。

 結局、戦いはフランツの父が言ったとおり、大公家の勝利で終わった。

 だが、大公家も痛手を負った。次期当主だった一人っ子のマクシミリアンを戦いの中で失ったのである。ブルレック大公家当主ジェレミーは息子を失った怒りから、クレティエ家をはじめとする敵側の主だった者たち全てを処刑した。

 この争いの原因だけでも、一部の貴族たちは大公から距離をおきかけていたが、この処分はさらにその溝を深める事となった。


 フランツは父が亡くなり、カルサティ家を継ぐと、友を討った大公家に対し密かな反逆を企てるようになり、カルサティ家を中心に反大公派と言うグループが存在する事は、公然の秘密だった。



 「なるほど。そう言う事か。

 で、つてはあるのか?」

 「表向きは大公派だが、裏でフランツと緊密に連絡を取り合っているドヌーヴ家のテオドールと言う者がいる。

 このテオドールが使っている情報屋とはつながりがある。

 俺たちはお前と違って、この国の裏社会で活動をしてきたんだからな」


 その男はアクバルに任せておけと言う仕草でそう言った。




 その屋敷には似つかわしくない、いかにも庶民風の男が屋敷の敷地の中をメイドに導かれて歩いている。

 貴族の屋敷で客人として扱われるのは不自然な風体の男はメイドに導かれるまま、屋敷の建物の中に消えて行った。

 やがて、メイドはある部屋の前に立ち止まり、その扉を開いて、男にどうぞと言う意味で頭を下げた。

 男がメイドに導かれるまま、その部屋の中に入る。

 男が入った部屋にはテオドールがいた。


 「テオドール様」


 男は部屋に入り、テオドールと視線が合うと、テオドールに一礼した。

 テオドールは部屋の真ん中に置かれたソファに座っており、テオドールは椅子から立つこともなく、顎で男に自分の前に座るよう促した。

 それに応じて、男がテオドールの前まで進み、その前の席に座る。


 「私の探し物が見つかったようだな」


 テオドールが男に言った。


 「はい、テオドール様。

 それは見つかりました。

 ただ、私の方からもお願いが」

 「ふん。引き換えの条件か?

 いくらだ?」

 「いえ。今回はお金ではなく、お願いです」

 「何だ?言ってみろ」

 「カルサティ家に人を近づけさせたいのですが」

 「何?カルサティ家?」


 テオドールが驚いたような声で言った。

 テオドールはイレールの事を知っている。そう感じた。

 男はそのテオドールの反応に逆に驚いていた。


 「何か?」

 「いや。理由は何だ?」

 「正直に申し上げましょう。

 あの事件の少女、」


 やはり。そう感じたテオドールは拳に力を込めた。


 「は大公家のセリア様だと言うお話はご存じだと思います」


 続く男の言葉に、テオドールの体から力が抜けた。


 「カルサティ家とどう関係があるんだ?」

 「セリア様の事を探るために、大公家に人を送りたいのですが、それは難しいと考えております。

 で、反大公の急先鋒でありますカルサティ家と接触し、反大公派が持つセリア様の情報と今後の動向を得たい。

 そう言う事です」


 テオドールの頭の中は自分達にとっての損得を計算していた。

 フランツの家にこいつらのスパイを送り込めば、イレールの事がばれる。

 それは何のメリットも無い。

 大公の家にスパイを送り込む。

 容易ではないが、それなら自分の所にも情報が得られ、メリットがある。

 テオドールは考えられる選択肢の中から、目の前の男に出す答えを選んだ。


 「ふん。そう言う事なら、確かに容易ではないが、大公家に人を送ることを考えてやろう。

 それでどうだ?」

 「ありがとうございます」

 「で、私が探している男はどこに?」

 「お探しの男はロートネル家に匿われております」

 「ロートネル家だと?

 灯台下暗しとはこのことか」


 テオドールがつぶやく。

 ロートネル家は16年前に大公家によって滅ぼされたクレティエ家と関係はなかったが、大公が戦争後の処理として行った敵対した貴族を抹殺した処分で、公爵家に嫁いでいた娘を失っていた。

 この処分が原因で、ロートネル家は大公家から距離を置くようになっていた。

 そして、カルサティ家を継いだフランツはロートネル公爵に接近し、反大公派に取りこんでいたのである。


 「では、大公家への件、よろしくお願いします」

 「分かっている。

 で、人を送り込んで、何を狙う?」

 「詳しい事は申し上げられませんが、その力を大公抹殺に使う。そう言う事です。

 テオドール様は大公に滅ぼされたクレティエ家とは姻戚関係。大公を憎む気持ちはあのフランツ様とひけを取らないのでは?」

 「どうやって、セリア様の力で大公を葬ろうと言うのか分からんが、結果が得られればそれでいい」


 テオドールはそう言い、承知しと言う意味で男にうなずいてみせた。

 話がまとまると、男は立ちあがり、テオドールに一礼した。


 「では、本日はこれで」


 男はそう言って、テオドールに背を向け、ドアに向かって歩き始めた。男はドアの前で立ち止まると、反転し再びテオドールに一礼した。

 テオドールはそんな男に行けとばかりに顎を上に振った。

 男が去って、しばらくすると、テオドールも部屋を後にした。向かった先はフランツの下だった。

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