暴走するアスラの力
街の外れの先には広い土地が広がっている。
その土地の奥に突如現れた敵軍の主力部隊が展開していて、その敵を叩くため、その前面にこの国の騎士団が展開しようとしていた。
しかし、敵軍はそんな時間を与えてはくれず、展開を終える前に襲い掛かられた騎士団は防戦で手一杯だった。
と言うより、決着がつくのはもう時間の問題だった。
騎士団はその数で劣っていた上に、不意の戦いに準備不足のまま挑まなければならなくなった事で、全体としての統率を確立できず、苦戦を強いられていた。
「ふっ。敵を壊滅させるのは時間の問題だな」
絢爛豪奢な絨毯が敷かれた台座の上におかれた椅子に腰かけた男が言った。
「はっ。陛下。突然かような地に飛ばされた時は驚きましたが、戦況は全て我らが圧倒的優勢。アスラの力を宿し者の成せる業なのでしょう」
「うむ。余も驚いたぞ。
しかし、ここは本当にかの国なのか?」
「は。ここ場所がどこか詳しくは分かりませんが、敵の掲げる旗を見る限り、かの国のどこかである事は間違いないかと」
「うむ。
ところで、アスラはいずこへ行ったのじゃ?」
「この戦場にはいないようです。
別同部隊と同様、市街地へ侵攻しているのではないでしょうか」
「うむ。そうかも知れんな」
陛下と呼ばれた男は上機嫌な表情で、そう言った。
その頃、イレールは激戦の地の端にたどり着いた。
イレールは立ちどまり、戦いの様子を眺め、大きく息を吸い込んだ。
その次の瞬間、イレールはその場にはいなかった。
戦場の中に一本の真っ直ぐな真っ赤な血の道が浮き上がった。
その先頭にはイレールがいた。
イレールは人とは思えぬ速度で、兵と兵がぶつかり合っている戦場の隙間を縫ってかけていた。
そして、イレールが走り去った後には、身体を真二つに裂かれた敵兵が血しぶきを上げながら倒れていく。
「見よ。あそこを。
アスラが戻ってきたぞ」
「は。陛下。まさしくアスラと思われます」
「うむ。
アスラの力を借りずとも、戦況は決したとは言え、あの力は心強いな」
遠目から見ている東方の王にはそれが自軍の血しぶきとは気づいていなかった。
「おお!あれは。
あれこそアスラに違いあるまい」
戦場に突如現れた血の道に、興奮している者がここにもいた。
アクバルは戦場から少し離れた高い塔に上って、全てを見ていた。アクバルの横には異空間に封印された東方の軍を解放した者たちが付き添っている。
「あれが。
正に人の力を寄せ付けぬ力だ」
「うむ」
アクバルはそう言った後、顔色を変えた。
「あれは?
どう言う事だ?
あれがアスラだとすれば、どうしてアスラが?」
「どうした?」
アクバルの慌てように、周りの者が驚いた表情でたずねた。
「いかん。
アスラが暴走している。
アスラが味方を襲っている」
アクバルはそう言って、駆け出した。
「間違いないのか?」
「ああ。今、倒されているのはこの国の騎士達ではない。
早く味方の兵を退却させなければ、全滅してしまう」
「ここからで、間に合うのか?」
「分からん。しかし、やるしかないだろう」
アクバルたちは塔のある建物から、外に出た。戦禍を避けようと人々はすでに逃げ去り、辺りには人の気配は無い。
アクバルは戦場に向かって走り始めた。アクバルのその先に主を失った馬がいた。
「アクバル、後は俺に任せろ」
一人の男がそう言うと、主を失いただ佇んでいるだけの馬を目指して走り始めた。
「頼む」
馬に乗れないアクバルはそう言うと、立ち止まり、男を見送った。男は馬のところまで走り寄ると馬にまたがり、手綱を持つ手に力らをこめ、馬を締め上げ、戦場に向かった。




