覚醒した力
「敵?」
エミールはそう言うと、慌ててイレールの手を引き安全な場所を探して逃げ始めた。
馬と人間では勝負にならない。
二人は瞬く間に追いつかれた。
見た事も無い装束を身にまとった騎馬の兵は子供だというのに容赦なく、二人に槍を向けて迫ってきた。エミールはその姿に助からない事を感じ取った。
「イレールだけでも助けたい。
僕が守らなければ」
エミールはそう考え、自らの身体を盾にしてイレールをかばった。
その瞬間、敵の槍がエミールの背中に突き刺さった。
「げふっ」
エミールの口から、血があふれ出した。
「イレール。逃げて」
血が溢れ出てくる口から、エミールは最後の言葉を放った。イレールは恐怖した。
怖い。
エミールが死ぬ。
寂しい。
嫌、嫌、嫌。
エミールに槍を突き立てた奴を許さない。
殺してやる。
「わぁー!」
イレールが叫んだ。
一瞬イレールの身体が光ったように見えた。
そして、光が去ったイレールからは強力なオーラが放たれていた。
「殺そう。殺そうぞ。
敵は全て殺しつくそうぞ」
イレールが辺りの空気を低く振動させるような声音で、そう叫んだ。
エミールを槍で突き刺した騎馬の敵は数m先でイレールを狙おうと、馬首を反転させている。
怒りの表情を浮かべたイレールがその騎馬の兵に向かって、手とうで切り裂くような仕草をした。
その瞬間、二人を襲った騎馬の兵は鎧ごと切り裂かれ、血しぶきを上げながら、真っ二つになり、地面に転げ落ちた。
離れた場所で待機していた敵の騎馬の兵たちには、何が起きたのかまでは分からなかった。
ただ、何かの武器で仲間が真っ二つに切られた。
それだけは分かっていた。
敵の騎馬隊が馬を締め上げ敵を討とうと、猛スピードでイレールたちの所に向かってくる。
イレールが無表情で、その近づいて来る騎馬の兵たちに視線を向けた。
そして、一瞬その表情を怒りに変え、手とうで空を切るかのような動作をした。
真空波が起きた訳でもない。
周りの空間に何の衝撃も走らない。
ただ、イレール達に向かってきていた騎馬の兵たちの身体が真っ二つに切り裂けた。
大きな音を立て、地上に落下する敵兵の上半身。
馬の上で血を吹き出しながら揺られる下半身も、すぐに地上に落下した。
主を失った馬が怯えの感情を全身から吹き出し、一度前足を大きく上げて立ち止まると、反転して逃げ去っていく。
目の前の敵がいなくなった事を確認したイレールが、エミールに目をやった。
道には横たわっているエミールを中心に真っ赤に血が広がっている。
イレールが真っ青な顔色で目もうつろなエミールの背中に手を回すと、ゆっくりと上半身を抱え起こした。
「エミール」
イレールがそう言って、エミールの傷口に手をあてがう。
イレールのその手が光を放ち始めた。
暖かい。
優しい。
そんな波動を含んだ光。
エミールの傷口が徐々に塞がり、死に掛けていたエミールの顔に生気がよみがえってきた。
うつろだったエミールの目がしっかりとイレールをとらえる。
「イレール。
僕は?」
そう言って、エミールが自分の身体に手をあて、傷口を探す。
「エミール。
もう大丈夫だ。
私はお前を傷つけた者たちを許さない。
お前はここで休んでいろ」
いつもとは違う周りを圧する力さえ感じる低い声音で、イレールはそう言うと、エミールから離れて立ち上がった。
エミールは何が起きたのか分かっていない。
イレールの姿をエミールが呆然と見つめていると、イレールは走り始めた。
そのイレールの走りは宙を舞うかのように軽やかで、それでいて異様に速かった。




