封印の陣
陽が落ちると、建物の中を照らし出す明かりと言えば、ほのかなろうそくの火だけである。しかも、資料室と言う場所は本来、暗くなってからそうそう立ち入るものではない事と、火事を避けるため、燭台の数は少なかった。
そんな薄暗い資料室に、ジャコブ司教が入って来た。
それを見咎めたアクバルが足早にジャコブに近寄った。
「わざわざお呼び立てして、申し訳ございません」
「どうしました?」
「お教えいただきたいことがございまして。
どうぞこちらへ」
「一体何を?」
「はい。封印の陣に関してです」
アクバルの言葉に、ジャコブの顔には一瞬警戒の念が浮かんだ。
「ほう。その理由は?」
一度、深い息をした後、アクバルの目をしっかりと見つめながら、たずねた。
信仰厚いアクバルである。ジャコブはそれなりの理由があるのだろうと思った。
「この国の下層にいる人々、特に異教を信ずる者たちの救済のためです」
アクバルがジャコブに熱い視線を送りながら答えた。
ジャコブにはその答えと、封印の陣のつながりが想像できないでいる。アクバルは黙り込んでいるジャコブに言葉を続けた。
「封印の陣はこの世界ではない空間に陣で包囲した空間を移動させる。
そう言う事であっておりますでしょうか?」
「ふむ。そのとおりだが」
「そのこの世界ではない空間、つまり異世界とはどのような世界なのでしょうか?」
「そればかりは、私にも分からないな」
「そこは神の世界なのではないかと、私は考えております」
「神の?
どうして?」
「確固たる理由はありませんが、可能性はあるのではないでしょうか?」
「確かに可能性は否定しないが」
「それを確かめたいのです」
「どうやって?」
ジャコブが話に乗ってきた。そう感じたアクバルの顔に力が入る。
「封印したものをもう一度、この世に呼び戻す方法はございますでしょうか?」
「それはあるにはあるが」
アクバルの目が暗い空間の中で輝き、口元も一瞬にやりと緩んだが、揺れるろうそくの明かりの中ではそれをジャコブには読み取ることはできなかった。
「では、一度、生きた人間、この場合私のことですが、私を封印した後、封印を解除して、この世界に戻してもらうのです。
これなら、私は向こうの世界を知る事ができます」
「確かにな。
しかし、向こうの世界で人が生きていけるという保証はないのだぞ」
「では、まず生き物で試すというのはいかがでしょうか?」
「もう一度聞くが、それは何のためだ?」
「神の救いを求めるためです。
ご存知のとおり、この国の一部では治安が極端に悪化しております。
これはある意味、私と同じ東方出身の者が起こしている騒動であり、心を痛めております。
彼らにも神の道を教えたいのであります。しかし、その術が私には分かりません。神にあって、その道を伺いたいのであります。全てはこの国のため、民のため」
アクバルの表情は真剣そのものだった。
「分かった。一度、考えさせてくれ」
ジャコブはそう言って、悩み深げに戻って行った。




