8話
「シェラザード。これはなんだ」
そういってこっちをみる視線が冷たい。
「えっと、リューンと一緒に作った枕です」
「そういう意味じゃない」
「えっと・・・その・・・ゲイル様が安眠できるように作った枕です」
「これをどう使って安眠しろと言っているのかを聞いている」
うわぁ怒ってる、と思ったが自分の安眠もかかっているのでここでひくわけにはいかない。
「ゲイル様が腕に抱っこして眠るための枕です・・・」
「俺は毎晩シェラザードと寝ているがとくに不眠に悩まされたことなどない」
「いえ、私は人間ですし、・・・自分の思うように抱きしめられるその枕の方が」
「良い訳がないだろう!」
「肌触りのよい布に形状についてもリューンとずいぶん研究して抱きしめやすいフォルムにしたつもりです。一度使ってみてから文句は言ってください」
リューンとさんざん話し合い、いつも抱きついてきていることからその形にフィットするようにと凹凸をつけ試作を繰り返した自信作だ。
この前のお茶事件以来、今まで以上にリューンは献身的に尽くしてくれるようになっていた。
「俺はべつにシェラザードを抱いて寝ることに不満なんてない!何が悲しくてなんでそんなばかデカイ枕を抱きしめて眠らないといけないんだ!!」
「でも・・・でも・・・」
「じゃあシェラザードは俺が抱きしめて眠ることが不満なのか」
不満なんじゃなくて意識しすぎて困っているという言葉がのどまで出かかったが、とてもじゃないが恥ずかしくて言うことができない。
「そういうわけでは・・・」
「じゃあどういうわけだ」
「その・・・ねぐるしいのでそのコに変わりになってもらおうかと」
・・・2度くらい体感温度が下がった気がする。
「ほお?俺に抱きしめられるのは寝苦しいわけか」
彼の後ろに見える黒い何かがとてもじゃないがうんと言えない空気を作っている。
「いえ、あの・・・えっと・・・そんなことは・・・ないです」
「じゃあ寝るぞ」
「うぅ・・・・はい」
結局その枕は全く使われることなく、次の日に彼が部屋に戻る時に乱暴に持ち去られた。
そんなおかしな攻防も繰り広げつつ、彼への気持ちと戦い始め2週間が経った頃だった。いつもの夜の時間のこと。
「そういえばあの嫌味なばあ様から文が来ていた。たまには孫を里帰りさせてやってくれとのことだ」
「っ・・・え?」
その言葉がもつ意味を一瞬で悟る。最初に思っていたより遅かったし、2週間前から願っていたよりは早かった。
シェラザードが見つかったのだ。
「結婚から2ヶ月近く経ったことだし、確かにそろそろ里帰りさせるべきだろう」
彼への思いを自覚してからずっと考えていた。
あの人にされたことは決して許せないし、許す気もない。
でも私がここでやろうとしていたこと、あの女の企みをばらしたり計画を狂わせることはあの女1人の問題では終わらない。
きっと家同士の大きな問題になるし、騙された彼はきっと傷つく。
見た目のそっけない態度以上に優しい彼のことだ。
ずいぶん傷ついてしまうんじゃないだろうか。
そんなことが今の自分にできるはずがない。
あの女への憎しみと彼への恋心はずっと戦っていたけれど、彼や本当の家族のようによくしてくれたおかあ様やおばあ様に迷惑をかけることで成就される復讐なんて間違っている。
そう気付いてから、別に考えていたのは
いっそ自分の役目を全うすることが、彼らに迷惑をかけない恩返しになるのかもしれないということ。
思っていたより早かったとはいえ、考え抜いて決めたこと。心の動揺とは裏腹に、嬉しそうにその言葉に返事を返す。
「はい、私もそろそろおばあ様の顔がみたいと思っていましたの」
「それなら俺も遠出に付き合わないとならない日が明後日だ。どうせなら合わせた日に馬車を用意しておくから、帰ってくるといい、俺も付添いで2、3日いないことだ。ゆっくりしてこい」
「ありがとうございます」
次の日の朝、目覚めると自分の横で彼はいつもと同じように眠ったままだった。
いつもは起こさないようにそっとベットを降りるのだが、あと2回しかこの顔を見ることができないのだと思うと離れがたかった。
起こさないようにという気持ちは一緒だが、今日はベットを降りずに体を彼のほうに向ける。
少し意識が覚醒しかけたように眉間にしわがよったが、もぞもぞと手を動かし自分を抱きこむとまた眠ってしまった。
寝ぼけていたとはいえ彼の行動のおかげで深く抱き合う格好となる。
優しいぬくもりに包まれたまま、もう一度目を閉じる。
起きる時には彼はいないかもしれないが、ずっと今このぬくもりをおぼえていようと思う。彼が自分のものではないとしても、今触れているこのぬくもりは、確かに私に与えられたものだから。