6話
朝おかしな感触に目が覚めると、昨夜はウエストに回っていたはずの彼の手が胸の上にあり、しかもなにやら揉まれていた。
「ひっ」
寝ぼけて悲鳴を上げようとしたところで自分の状況を思い出し、必死に押し殺す。
私のそんな動きには気付かないのか相変わらず胸の上の手はむにむにとここ三週間の食事でずいぶん育った胸を揉んでいる。
無言で彼の手を掴むと無理やり引っ張ってはずした。
また同じ目にあうのは嫌なのでさっさと彼の腕の中から抜け出すと、起こさないようにそっとベッドから足を下ろした。
部屋には彼の寝息だけが聞こえている。まだ朝が早いのか、外は夜が明け始めたようでうっすらと明るい。
「こんなことで大丈夫なのかしら」
ポツリともれた一言は静かな部屋の中で大きく聞こえた。
あわただしい三週間と結婚式を終え、静かな朝を迎えると自分がなぜこんな不釣合いな場所にいるのか不思議な気分になる。
このまま記憶喪失で自分は誤魔化しきれるんだろうか。
誤魔化す以前の問題でほとんど彼と一緒にいることはなかった。なぜなら彼は本当によく働いていた・・・。
貴族の生活とは、と教わってきていたのはほどほどに働き、さまざまなことに楽しみを見つけること。
ようするに仕事はちょっとにして趣味にばかりかまけているのねと理解していたのだが。
朝も規則正しく出かけていき、夜更けまで帰ってこないなんてことも当たり前。王子の相手でなかなか帰れないなんて日もあったり、遠出のお供をするから今日は帰らないなんてこともある。えっと・・・平民なみによく働きますよね?下手すると貧民なみじゃないですか、この人。と思うがもちろんそんなことは口に出さない。
始めはあまりに規則正しく起きていくものだから軍部に所属しているのだろうかと考えていたくらい。軍部は訓練の関係上仕事時間がきっちり定められているのだ。
しかし聞いてみると、既に王に代わりかなりの政務を請け負っている王子の補佐官という地位にいるそうだ。なんて出世株!!と驚いたのはないしょである。たぶん本当は知ってて当たり前の情報かと思うし・・・。
不安いっぱいで始まった結婚だが、思っていたより順調だった。
もともと言われていた通りに自分は振舞えばいいだけだった。義理の母・祖母から誘われるがままお茶会に参加したり、お話し相手を務めるだけでよかったから。
「明日は昔から仲良くしているプラトーン家のリドネさんとお茶の予定なの。シェーラさんのことを紹介したいんだけど一緒にいかが?」
記憶違いじゃなかったらプラトーンって現王妃様のご生家ですよね・・・。
リドネさんって現王妃様のお姉さまではないんでしょうか。
確かかなりの女傑で結婚も貴族にしては珍しく婿をとって、しかも二人して宮廷に勤めに出ていて王家の信頼も厚いっていう・・・。
「ありがとうございます。よろしければぜひご一緒させてください」
はい、何も聴きませんよ。きっと貴族にとっては常識なんでしょうからね。と自分に言い聞かせて明日の予定を考える。とりあえず服については自分付きのメイドさんに相談してみようと思う。
「まあ、お母さまずるいわ。私だってシェーラちゃんと明日はお買い物をしようと思ってましたのよ」
「先に誘ったのは私なんだからあなたは明後日にすればいいじゃないの」
「もう、じゃあ明後日はわたくしと買い物を楽しむんだから忘れちゃダメよ。シェーラちゃん」
「はい、お母さま」
でもきっといわゆるお買い物みたいにお出かけにはならないんですよね・・・。
お店の方がここまでこられて、しかも着せ替え人形にされるのは私だということは、すでに先日経験済みです。
このなんだか子どものようにかわいらしい口調で、見た目もかなりかわいらしい方がゲイル様を生んだお母さま。正直想像がつかないんですけど、ゲイル様を生んだ後2人目の赤ちゃんは望めないとお医者様に言われ、泣く泣く娘を持つという夢を諦めたというフィリア様は今は念願の娘と過ごすのが楽しくて仕方がないとのこと。さらにいえばおばあ様であるディーネ様はようやく孫が迎えた花嫁を連れて、アノ噂を払拭したいと考えていらっしゃるようでつれまわしたいらしい(そういいながらもかなり優しく気づかってくれて、よくしてくれてますけどね)結果毎日交代で二人と過ごす、もしくは三人で過ごすというような図式がすっかり出来上がっているという訳だ。
きっと自分に対していろいろと言いたそうな顔をしている女性も、行く先々で目にするのだけど、この二人がべったりと可愛がってガードしてくださるおかげで、2回ほど飲み物をかけられ嫌味攻撃を5回ほど受けただけで済んでいる。
こればっかりは記憶がない、もとい知らないことで火に油を注いでいるのような気がするので自業自得といえなくもない。
自分が騙していると思うと心が痛むけど、せめて二人には可愛い孫、もしくは息子の嫁だと思ってほしいので、できるだけ希望に添えるように、そして何より粗相しないよう頑張っている。
そんなことを考えつつも二人に向けて笑顔を浮かべていたのだが、ふいにお母さまの笑顔が曇る。悲しげな表情に聞いてみるが返事はいつも一緒。
「どうかしました?おかあ様」
「いいえ!なんでもないのよシェーラちゃん。明日は一緒じゃないのがちょっと残念だっただけなの」
そういってまた笑顔に戻るお母さまに、今言った理由が本当でないことなんてすぐに分かる。
時々だがお母様もおばあ様もこんな表情を浮かべられる。それがどうしようもできない自分に悲しくなるけど、何が原因なのかわからない。きっと自分がいたらない嫁だからだろうかとも思うのだが、特に規則性もなくふいに浮かぶこの表情にどう対処していいのか悩んでしまう。
仕事が忙しい夫は夜だけは律儀に夫婦の寝室にやってくる。でも、ほとんどの日はぐったりと疲れた風情で寝室にくるなりさっさと布団に入る。最初の晩と変わらず自分を抱きしめた体勢になると、日によってはそのまま少し話をするが、意外なことに夜の生活的な何かは全くない。