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5話

「申し訳ございません」

深く頭を下げる。こうなるような予感はしていた、まさか記憶喪失を明かして婚姻を破棄されては困るから後で言うなどと誰が許すというのか。


もちろん流石にそれはだめだろうと反論もしてみたけど、結婚式さえ挙げてしまえばいいのだと全く耳を貸さなかったのだから仕方ない。


貸すような耳を持っていれば、他人を誘拐して偽の花嫁を仕立て上げるなんて愚作を実際に実現させるはずもないけど。





「それは茶番だと認めるということか?それとも記憶がないことを言っているのか」

「意識が回復してより前の記憶はございません。医師の見立てではいつ戻るかはわからないとのことでした。このような私が、あなたさまの妻にふさわしくないことは承知しております。このようなことを告げぬままの婚姻です、如何様にもなさってくださって結構です。私も覚悟は決めています。」

彼の怒りと困惑の混じった気配を肌で感じながら、顔をあげることはとてもできず、頭はさげたままでいた。





「顔をあげろ、・・・記憶喪失は本当なのか。」

驚いたような言葉になんて返せばいいのか少し迷って、彼と視線を合わせるだけにとどめる。

「何度か見かけたときのお前は、とてもそんな殊勝な発言をするやつではなかったし、猫を被るだけの頭もなさそうな、どちらかといえば貴族である自分に記憶がない程度のことで文句を言うなとでも言いそうな傲慢なイメージの女だったな」




祖母が祖母なら孫も孫なのか。どんな人柄か全く教えられなかったから分からなかったが、またしてもそんな傲岸不遜を絵に書いたような女など、そう演じろと言われてもやれる気がしない。

それに正直ここで断ってくれても特に問題はない。

嫁に行くなりつき返された花嫁など恥以外の何者でもないんだから、あの人に一泡吹かせるくらいの怒りを買うことはできるだろうし。自分にとっては痛くもかゆくもない。むしろ無傷で帰れるなら万々歳だ。




「この反応は本当としか思えないな。掴みかかってくるかと思ったが」

「掴み?」

「あぁ、前に舞踏会で自分のことを馬鹿にされたからと、女同士で取っ組み合ってるところを見たという話もきいたことがある」

「・・・」

もう唖然として言葉も出ない。美しくて高貴で気高いシェラザード様には私なんぞ足元にも及ばないとこの三週間言われ続けたがそこに真実は何%含まれていたんだろうか。


あ、シェラザード=オルグ=ギンブル様というのがその尊い孫娘の名前だ。自分の名前のシェーラと多少なりとも似ていたことが唯一の僥倖といったところだろうか。



ちなみに貴族の名前を名乗る場合、自分の名前と父の名と家名を一緒に名のる。

平民の場合、名前と父の名を名のる。

貧民は場合は名前だけ。

さらに言えば結婚した場合は父の名前の部分が夫の名前となる。家名があれば家名も追加される。


名前を聞けば貴族の場合、○○家の△△の子供(妻)の□□ですとわかるわけだ。





だから今まで自分はシェーラとしか名のったことはない。

それなのに今日からシェラザード=ゲイル=グラディスとなるのだから、全くなれる気がしない。まぁ自分の名前じゃないんだから慣れても仕方ないんだけど。



話が脱線した。

単なる現実逃避とは言わないでほしい。ようやく自分が身代わりとなった女性の本当の姿が見えてきてめまいを覚えただけなんだから。



「とりあえずそんな状態のお前にさっさと離縁しよう、なんてことを言う気はないから安心していい。外聞もあるだろうしな。病気は大丈夫なのか?ずいぶん痩せて面変わりしているようだが、高熱でベットから起き上がることもできないから見舞いにもくるなと聞いたときは、嘘くさいと思ったんだが、悪かったな。それほどまでにやせるような病気なら、仕方ない」

感情のこもっていない平坦な声で、辛らつなことをぽいぽい言ってのける彼はずいぶんと私に『好意的』らしい。

これだけ嫌われてたら一週間くらいで離縁するのも夢じゃないかもしれない。

ちょっと希望が持てて嬉しい。




それにしてもこの人の発言って太ってたって言いたいってこと?なんだかこの三週間ずいぶん食べさせられてふくよかになったと思っていたんだけど。それよりってこと?



シェラザード・・・私あなたがさっぱり見えてこないんだけど。

高貴で美しくて気高いと耳たこなほどに聞いていたお貴族のシェラザードお嬢様は口調がきつくて気性は荒くて、あまつさえ舞踏会で取っ組み合いを繰り広げちゃうようなとんでもない行いの上に・・・おデブ疑惑。

今のところ事前情報とはどこにも重なりそうにないんだけど、私への厳しい教育って単なる自分のあってほしい孫像を押し付けてただけなんじゃないの?!




そこまで思ったところでふと身体に触れる手に気付く。

視線を上げれば、言葉よりずいぶん温かい手で頬に触れる彼と目が合った。



えっと・・・これってそういうことよね?今晩っていわゆる初夜とかってやつでしょ?!

最初だけは拒んじゃ駄目なんだよね?あれ?一回だけ拒んじゃだめなんだっけ?!!

だいたい子供作るなってその一回で絶対にできないかどうかなんて誰にも分からないんじゃないの?!?!?!

万が一妊娠でもしたら・・・




頭のなかでぐるぐるぐるぐると思考が回る、しかもそんなことばかり考えていたら困惑が顔に出ていたらしい。



「くっ」


手が離れたかと思うと急に目の前の人がうつむいてふきだし、肩を震わせて笑っている。堪えようとしているのかもしれないが全く堪えられていない。




「笑うなら素直に笑ってください」


「ふっ、そこまで飢えてはいないから安心しろ。もとより嫌がる女をわざわざ抱くような趣味はない」

言い終えたかと思えば、また肩を震わせている。声をあげて笑うタイプではないらしい。一つ夫についての知識が増えた。






「とはいっても、このまま部屋に帰るわけにはいかない。俺にも俺の事情がある。」

「・・・」

まずいような気はするが、あくまで今のところ他人事のような感覚なので対応に困る。




「だから一緒にねるぞ。朝まで一緒に寝て、明日の昼まで寝ていればいい。その程度のことならお前でもできるだろう」

「そういう訳には・・・」

「じゃあ妻の務めを果たせるとでも?」

「・・・」

またしても困り顔。


思ったよりは、なんだかまともな人だった。年齢も私よりは年上で瞳は冷たいし長身から見下ろされると少し怖いけど、まだまだ若いしはげてないし、太ってないし、偉そうではあるけど突き放す感じではない。ついでにいうと顔はいいと思う。

ただ、そういったことができるのかと言えば、正直今の段階では信用できないこの人に身を任せるのは単純に怖い。

「なら仕方ないだろう。さっさと寝るぞ。」

「・・・あなたがこの部屋に留まる理由はなんですか。記憶喪失を黙っていて結婚したような、しかも名ばかりの結婚相手の私のためにそんなことをする理由が分かりません」

「直球だな、そういう人間は嫌いじゃない。」





そこで一瞬考えるように黙ったが今度は驚愕の事実をあっさりとを言ってのけた。





「簡単に言うと利益があるからだ。俺の家がどうしてこんな降ってわいたような強引な婚姻を受けたと思う?簡単に言うと俺にかかっている同性愛者の疑惑を晴らす為だ。あとは男としての能力がないという疑いもあったな。」


「は、い?」

ちょっと反応に困った。








貴族の金持ちにはそういう道楽もある、とどこで聞いたのかも定かではないが知ってはいる。女性が女性に、男性が男性に対して恋情を持つなんて不思議な気もするが、自分に関係ない分にはとくに気にしない。





といままでは思っていたのだが。

まさかの旦那様が同性愛者って・・・カモフラージュ用の嫁だったんでしょうか。




「違う!早まるな!何を考えているのかダダもれな顔だぞ!カモフラージュじゃない!」

「えっ?違うんですか?」

「違う!最後まで話を聞け!」


「以前から仕事で交流のあった男にそういう趣味の男がいてな。よりにもよって誰でも入ってこれる資料室で感情が高ぶったらしいそいつに押し倒されて、ぶちのめす前に人に見られた。結果はさっきも言ったとおり、俺はすっかり同性愛者のレッテルを貼られたというわけだ。もともといた婚約者には逃げられるし、そろそろ孫が見たいとぼやいていた両親が頭を抱えていたところに、お前のばあ様からのごり押しの婚約話というわけだ」



でもその男がゲイル様の趣味じゃなかっただけなら疑惑は晴れてないわよね・・・。

「それでその・・・・?」

「違う!話をよく聞け!!今の話しのどこに俺が同性愛者だと肯定している?!」

あまりの必死さに驚くがもうひとつ気になる。



「・・・・信憑性が少しもなければ疑われないのでは?」

恐る恐るではあったが期待をこめて聞いてみる。

「粘るな。まぁその読みはあながち間違いではない。俺は女性からもてていたが婚約者もいるし、おかしな問題に巻き込まれるのが嫌で、そういった商売の女以外と関係を持ったことはない。俺から拒まれた女どもが余計に面白おかしくこの噂を煽ったことは明白だ。男性が好きだったから自分にはなびかなかったとな」

なにそれ?といいたいけど、と、とりあえず妻としては隠し子におびえなくても良いってことは安心すべきことなのかな?とポジティブに考えようとしたけど・・・やっぱりできなかった。







「ではその、・・・・・・問題は」

結局自分に関係してくるのはそこだけである。


「まだ言うか。問題はない。そこで落胆するのはおかしくないか?そんなに気になるなら今からでも証明してやる。」

残念ながら問題はないらしい。残念がるのも失礼な話だが。


「いえ、謹んで遠慮いたします」

「そうか」

言うなり抱きしめられたかと思うと、そのまま抱き上げられいわゆるお姫様抱っこの状態でベッドにポンとおろされる。衝撃が襲うかと思ったが、ベッドの優秀なスプリングが衝撃を殺してくれた。


なになになに?!とうとうなの?!


いきなり自分の上にのしかかるように近づいてくる彼の身体にぎゅっと目をつぶって身構える。振動でベッドにもう1人寝たことは分かったがそれきり何もないことに緊張しながら目を開けると、二人の上にまとめて上掛けをかけるところだった。


「そう期待するな。さっさと寝るぞ。」

そういいながら手は私のウエストに周り、背中から抱きしめるようにすると

「おやすみ」

といって動きを止める。


きちんとおやすみと挨拶をすることも意外で驚いたが、まさかこのまま寝るの?!



逆らうこともできず信じられないような気持ちでおとなしくしていると間もなく彼の規則的な寝息が後ろから聞こえてくる。




ほんとに寝るなんて・・・と心の中でため息をついて、少し引っ張ってみたがびくともしない腰に回った腕は諦めて、自分もおとなしく寝る体制に入った。







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