4話
最初に聞いたときはいくら顔がそっくりだとは言っても、面識のある人間なら分かるのではないかと思っていたのだが、のちに聞けばお互いに肖像画を交換しただけで、一度も話したこともなければ顔を合わせたこともないという。いくら貴族の結婚でも少しおかしくはないかとは思っていた。が、これが異例であることは結婚式すら終わらない、式の当日に知ることとなった。
式の準備中に隣室から聞こえてきたのは女性の声。
「あんなおとなしそうな顔をして、厚顔無恥を絵に書いたような娘と結婚しなければならないなんて、お可哀想なゲイル様」
「ご病気なんていっていつまでたっても嫁いでこないから、この結婚は中止だろうと喜んでいたのに」
「当家よりも格下で、しかも借金まであるって話よ」
「「「「まぁ」」」」
そのあとも色々続いたが以下略。
要するに昔の恩義を盾に、孫同士の結婚を無理やりまとめて、縁続きになるのだからとずいぶんお金を融通させ、あげくに病気だといって期日を繰り上げさせ、かと思えばいきなり半月後に式だと言い出したらしい。
メイドさんたちがじゃなくても嫌味を零したくなるのも十分わかるので、私の支度をしてくれていたメイドさんたちは顔面蒼白というような表情で慌てていたが、鏡越しに大丈夫というように微笑みかけると、困ったような顔をしながらも手際よく準備を進めてくれた。
そんな風に思われていると知れば、余計にこれからのことに不安は募るばかりで、彼の顔すらまともに見ることもできなかった。誓いのキスだけは流石に一瞬視線が交差したが、恥ずかしさや複雑な心境やらがない交ぜになってすぐに俯いてしまった。湖みたいにきれいで冷たい瞳が印象的だった以外、特に記憶に残っていない。
結局彼とまともに対面したのは、結婚式も終わり支度を調えた初夜という最悪なシュチュエーションだった。
彼の寝室と繋がっているという扉が音もなく唐突に開かれると、寝巻きにガウンという昼間にちらりと見たときとは様変わりした姿で入ってきた。
慌てて頭を下げ、礼をとるとせかした風に「顔をあげろ」といわれた。
平坦な声音に心臓を掴まれたような気がしたが、あくまでも品を欠くことがないようゆったりとした動作で頭をあげる。
「先ほどあなたの祖母殿が私のところにきて内密の話があるというから通したら、病気の後遺症で記憶がないといわれたよ。」
そこまでの声は平坦でなんの感情も見つけられなかったが、そこからは声音が刺すように凍てつく。しかし冷たいようではあるが怒りの感情は見えてこない。
「これはなんの茶番だ?」