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2話



乱暴な方法で失った意識は、唐突に引き戻された。




「お・・・さい・・・起き・・さい・・・・起きなさいといっているでしょう!!」

がくがくと揺さぶられる刺激とヒステリックな女性の叫び声で目が覚めた。

「う・・・・ん・・・・・・?ここは・・・どこ?」

あたりを見回すが、全く見覚えがないどころか、とてもではないが自分には一生縁のなさそうな豪華な調度品だらけの椅子に自分は縛られているらしいと、動かせる眼球だけで把握する。




「やっと目を覚ましましたか。本当にこの私に手間をかけさせるなんて、何様のつもりかしらこの貧民!」

叫びあげていたのはこの年配の割に華美に着飾った女性らしいというのは、声のトーンだけでもわかった。しかし16年間孤児をしてきた私は今さら貧民程度の罵倒に傷つけるほどの可愛い神経はしていないので冷静に思考する。

とりあえず相手の真意がわからない以上、ヘタに口を開かない方がいいだろうと相手の話すに任せることにした。





「いい、貧民。よく聞きなさい。あなたにとって大変名誉な仕事をさせる為にお前を連れてこさせたのよ。私の孫娘が結婚を前に、低俗な男にさらわれました。現在捜索中ですが今だ孫は見つかりません。相手には急病ということにして待っていただきましたが、これ以上の延期は不可能なところまで来ています。目撃情報を聞いて平民のいる地区まで行ってみれば、あなたはまるで孫に瓜二つ。そこで、あなたには身代わりとして嫁いでいただきます。病気の間の高熱と薬の影響で記憶がないことにすれば問題はありません。式は3週間後に控えていますから、せいぜい生まれと育ちの卑しさを隠す為に三週間努力なさい!」

言うべきことは言ったとばかりに扉のほうへ歩き出すこの女性に対し流石に声をかける。



「意味が分かりません!」

「何ですって!!!」

私の反論が許せないのか、昔はきっと美しかったことが窺える顔を醜く歪めて勢いよく振り返る。



「第一なぜ私がそんなことをしないといけないんですか」

「貧民が貴族様のお役に立てるのよ?喜んで奉仕するのが当然でしょう!!」

こういった思考回路の人間がいることは知っていたが、目の前で言われると言葉を失うくらい呆れた。





貧民、貧民と連呼するが人格もある1人の人間を身分だけで、しかも人さらいのような真似までして素直に言うことを聞くと思うこの傲慢さは驚嘆に値するとしか言えない。




「お孫さんが行方不明なのはご愁傷様ですけど私がなんの関係もない彼女の尻拭いをする理由はありません」

「なんてなまいきな!!ふんっ貧民の分際で、たいそうな口をきくこと。・・・だったら」



ここで一拍置くように黙るとにこりと嫌な笑みを浮かべた。

「お前に選ばせてあげましょう。お前のちっぽけな人生に関わってきた人間全てをどうにでもできるだけの権力が私にはあります。それでも私に奉仕する気にはならないかしら。それならさっさとここから出してあげるわ」




言わんとしていることは具体的でなくとも想像はついた。



私がここまで生きることを助けてくれたみんなを苦しめるということだ。



自分の人生がさまざまな記憶とともによみがえる。

たった16年かもしれない。けれどそこにはかけがえのないものが詰まっている。

助けてくれた警察官のおじさん、お医者様、そしてシスターや家族のように育った孤児院のみんな。


みんなの支えや助けがあって運よくここまで生きられたのだ。



こんな頭のおかしい貴族のせいで迷惑をかけるなんて自分には許せない。




逆らえない。




視界が赤くなるような強い怒りを感じた。こんなことは初めてだ。

「いつまで」



「なんですって?」

聞こえていただろうにいやみったらしく聞き返す。



「いつまで私はあなたの孫のふりをしないといけないんですか」

「孫が戻り次第あなたには実家に里帰りし、病で倒れたことにいたします。そこで入れかわり記憶が結婚前に戻ったことにすればいいこと。あなたごときの化けの皮にたいした期待はしていません。記憶の戻ったもとの孫娘のいい引き立て役になることでしょう」

「それならせいぜい、早く見つけてくださいね。私の化けの皮ごときいつ剥げるともわかりませんから」


こんな皮肉めいたことを口にするのは初めてかもしれない。でも何かを言わずにはいられなかった。



「まぁ、いいでしょう。あぁ、それとあなたには今すぐ検査を受けてもらいます。貧民などどこでどんな病を持っているかも分からないし。それと生娘かどうかもね」

「は?!」

「当然でしょう。嫁に行った娘が生娘でなかったら我が家のとんだ恥です」

「私にそんな経験はありません!」

「どうだか、口ではなんとでも言えます」

「っ!!!それに・・!!私が結婚相手と契り生娘でなくなって、病気から戻る嫁が生娘に戻っていたらおかしいでしょう!!」

「その心配はありません。孫はすでに生娘ではありません」

その瞬間の表情は氷のように凍てついたとしか思えないくらい冷たかった。その表情に分かってしまったような気がする。



生娘ではないかもしれない。

ではなく、生娘ではないと断定する。それはさらわれたからというより、相手もわかっているというような断定。




きっと孫は男と逃げたのだ。しかし結婚は決まっていて断れない。

だから必死に探しているうちに自分にたどり着いてしまったのだろう。偶然にもそっくりな顔をもつ私に。



「とにかくお前が生娘ならば結婚させます、そして一度は必ず契りなさい。しかし決して子供をなすことは許しません。脈々と受け継がれていく貴族の尊い血筋の中にお前のような貧民の濁った血を入れることはしてはならないことなのです」





いつ戻るともしれない孫が帰るまで、女の身の私がどうやって拒み続けろというのだろう。しかも一度は許せとはなんと身勝手なことだろう。顔も知らない、わけの分からない貴族の男と関係を結ぶなど一度だって十分にオゾマシイというのに。






「いいですね。お前が言うことを聞かなければどうなるか、よく覚えておきなさい」

そういうなりドレスの裾を翻し、さっさと部屋を退室すると入れ違いのようなタイミングで年配のメイドらしき女性たちと、医師らしき服装の女性が入ってくる。


女性の一人が椅子の後ろに回り、椅子に私を縛り付けている縄を解き始める。しかし体自体を縛っている縄は解いてくれそうにもない。縄が解けると両脇から無理やり立たされる。

「おとなしくしていてくれればそれほど痛くはありません」

淡々と答える様子に逆に恐怖をかきたてられる。

「やめて!!放して!!私にはそんな経験はありません!!言うことを聞いて嫁ぐといっているのだから関係ないでしょう!!」

必死に暴れたが、女性たちは表情ひとつ動かさず彼女を隣室のベットまで連れて行くと5人がかりで押さえつけた。医師の手によってスカートが捲り上げられる。

そのあとにされた検査という名の屈辱の時間は、二度と思い出したくもないものだった。






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