19話
「ゲイ・・ル・・さ・ま?」
「シェーラ?」
ゆっくりと目を開けるとそこに広がっているのは見慣れたシェラザードのベッドの上だった。
「私・・・どうして?売られたのに?」
「売られてなどいない」
「え?」
いつになく嬉しそうな笑みを浮かべたゲイルは慈しむように優しく触れ、頬にかかっていた髪をよける。
かと思えば急に表情がかげり、シェーラの手を両手で握りゲイルの額を押し付けるようにしながら顔を伏せる。まるで懺悔のようなポーズだなと思っていると、辛そうな声で彼は話し始めた。
「シェーラを騙すような形になってすまなかった。シェーラに知らせることや、シェーラを屋敷に戻さないことであの女に勘付かれるのを避けるためだったんだ」
寝起きのシェーラの頭はゲイルの言っている意味を考える為にフル回転しているが、意味がよくわからない。
「勘付く・・・とは?」
不思議そうに尋ねる声に相変わらず困ったような申し訳なさそうな表情は変えないままだが、顔をあげて説明してくれた。
「シェラザードの祖母の夫は方々に愛人を囲ってずいぶん散財して借金だらけだった。貴族には毎月お金が支払われる。ただし実際にその家に国に仕え働くものがいるか、いないかで金額は大きく変わる。メイドでも兵士でも役人でも大臣でもそのついている役職が国にとって重要かどうかによって金額が変わるんだ」
「そんなふうになっているんですか」
ゲイルの説明に驚いていると一度うなずく。
「その点で言えばあの家には長年国に仕えて働くものはいない。あの女は1人息子を産んでいるが、病弱で10歳まで持たないだろうといわれていたらしい。ろくに働かない夫は子どもができた以上本妻に用はないとばかりに愛人のもとに通いきりになり、自分の期待に答えられない息子をずいぶん疎んで乳母とメイドにまかせきりだったらしい。でもその息子は18歳まで生きぬいた。好きあったメイドとの間に子どもを作って」
「え?じゃあ」
「それがシェラザード。もともとこのメイドもそれほど体が丈夫じゃなくて子どもなんて産める体じゃないのに、彼の忘れ形見だからと生むことを決意したらしい。でもそれを知ったあの女は子どもを取り上げようとして屋敷の中にメイドを監禁、彼女は逃げた」
あの女が私を監禁した屋根裏のようなあの部屋はもしかするとそのための部屋だったのかもしれない。
「産み月も迫った日に何とか逃げ出して、そして町外れの小さな納屋で見つかった」
「・・・?」
納屋?どこかでなんだか聞いたことがある気がする。
「見つけたときには彼女は真冬の納屋の中で双子の女の子を出産していた。そこがまたあの女のひどいところでね、男なら育てれば働きに出せるけど女なら働いても普通はメイドどまり、一番いいのはいい家に嫁に出すこと。その為にはずいぶんお金がかかる、だからあとに生まれてまだ冷えてない、元気なほうの赤ん坊と母親を連れ去った」
ここまで言われれば分かる。
「そこで死ななかったのがシェーラ、君なんだ」
「私が・・・?」
あまりに唐突な話しに情報ばかりが頭を駆け巡って全然理解できない。
「そのあと世話をさせる為につれて帰った母親は産後の経過が悪く亡くなり、シェラザードはあの女とマーサというメイドに育てられた。結果あんな女になったわけだけど、祖母と孫は揃って散財グセがひどく、とても貴族として支給されているお金では暮らせない。このままでは借金に財産と貴族としての地位を取られてしまうところまで進退窮まったあの女はシェラザードを見かけて想いを寄せていた男、クリフの存在を偶然知り、国の国庫に携わる仕事をしている下級貴族の息子だと調べたらしい」
「国庫って?」
「国のために使われるさまざまなお金を納めているのが国庫、そこの管理をする役人だった。そしていいようにシェラザードとの仲を取り持ってやるからと甘い言葉をささやき国の金を盗んだ」
正直そこまでのことをやらかしているとは思いもよらなかった。驚きすぎて言葉も出ない。
「でも、だんだん増えていく要求額に困った彼は思い余って、シェラザードに告白。ここからが以外だったんだけど急速に燃え上がった二人はそのままお金を持って逃げた。もともとシェラザードは結婚結婚とうるさい祖母に辟易していたから、自分に惚れた男をいいように使ってやろうという腹積もりだったらしいけどね」
「ゲイル様・・・なんだかその・・・詳しすぎやしませんか?」
「君が倒れてどれだけ経っているか分かる?」
「え?・・・2、3日ですか?」
「今日で13日」
「は?!」
あまりに長い日数に驚きを隠せないでいると、視線を落とした彼は何かを思い出したように笑う。
「それだけあれば捕らえたあの二人や、逃げていたクリフやあの家のメイドたちから真相を聞きだすのなんて簡単だよ」
そういった時の微笑みはどこか薄暗いものが見え隠れする黒い笑顔で、少し興味があった聞き出した方法について言及することはやめる。
「えっと・・・シェラザードとそっくりだっていう私の噂をきいてあの人は私を連れ去ったってことですか?」
「いや、入れ替わりを思いついてあの近辺の捨て子を探したらしい」
「でも私にはそんな話一言も・・・」
「事が終わった後はさっさと売る気だったらしいから、本当のことを知られて後々話し回られたら困るとでも思ったんじゃないか?」
「あの二人はどうなるんです?」
「俺が調べた証拠は明らかだから、絶対に有罪になる。そうなれば貴族としての地位の剥奪、貴族としての性と父や夫の名前を名乗る資格もなくなって犯罪者の烙印を押される」
「それって・・・」
「そう、貧民の中の最下層になるってこと」
貧民の中でも最も嫌がられるのが烙印を持つ貧民、それは最下層と呼ばれ、命の危険のあるような誰もがやりたがらない労働にしか従事することが許されず、決して誰からも庇護を受けることが許されない、重犯罪を犯したものだけが押される烙印。
貧民の中でも忌み嫌われ、つま弾きにされる。
その烙印ひとつで重犯罪を犯し、刑務所から出てきたものと見なされるのだ。とてもではないが彼女たちに耐えられるものじゃないだろう。
「そこまでの罪なんですか?!」
「国の金を盗むというのはそういうことだ。でもそれだけなら労働に従事した後平民になればいい。あの親子は定期的に貧民の子どもに平民の位をあげると甘いことを言ってさらい娼館に売っていた。娼館への売買は本人が納得している場合以外は禁じられている。まして騙して脅して売買することは重罪に当たるんだ」
「!!!」
「シェーラにしたのと同じことを過去に何度も繰り返して借金を返済し、そのことも調べはついていた。その子達も泣く泣く証言したから間違いない」
あの時の衝撃と怒りがよみがえる。あんなことを何人も、それも私利私欲で作り上げた借金返済のために・・・
「シェーラのせいじゃない。法に照らし合わせれば、あの女の罪がその処罰に相当する。それだけのことだ」
淡々と話すゲイルにそれは覆りようのないことで、決して過度な罰ではないのだと悟る。でもそこで思い至った。自分はそんな重犯罪加担してしまった。
「・・・わかりました。それで・・・私はどんな刑に処されるのですか?」
「・・・、なんのことだ?」
私の言葉に子どものようにきょとんとした表情を見せる彼をどこか可愛いと思いながら言葉を続ける。
「さらわれたとはいえ、私は脅しに屈しゲイル様をだますこの結婚に加担しました。それは詐欺という犯罪行為でしょう?」
「それについては言及する気はない。君は私と結婚した、それだけだ」
「え?結婚したのは」
「シェーラは私の妻となることが嫌か?」
「でも、私はゲイル様に嫁げるような・・・」
言うまでもない。自分は親すらいない貧民で、ゲイル様は国の中でも有数の貴族の家柄。相手となるのは最低でも貴族の地位にいなければ許されるはずがない。
途中で口ごもってしまったシェーラの様子に何を思ったのか、苦笑を浮かべてその様子を見守っている。
「シェーラ、もう親は分かっているだろう?父親で行けば貴族だし、母親でも平民だ」
「でも両親はすでに」
亡くなっていたとしても保護者がおらず、孤児院に引き取られれば貧民と同じだ。
「亡くなっている。でも私が聞きたいのはシェーラの気持ちだ。シェーラは私の妻になることが嫌か?」
その真剣な眼差しに耐えられずシェーラの瞳は揺れる。
「私は、・・・許されなくても一時のことでもゲイル様の妻であれたことは一生の宝物です。ゲイル様にいただいた優しさも、言葉も忘れることはできません」
そういって見上げたシェーラの一途な眼差しに、眉間にしわを寄せたゲイルはため息をついた。




