16話
ガタゴトと揺れる馬車に乗ってこの道を通るのもこれで4度目だ。
一度目は嫁ぐ時
二度目は里帰り
三度目はメイドとして
四度目は役目の終了のため
感慨深い気もするが、逃亡防止のためにマーサが横にはぴったりとついているため、気はちっとも休まらない。
「大奥様も悪いようにはなさいません。心穏やかに、決して怨むような気持ちは持たないように」
言い聞かせるようにつぶやくマーサの言葉に、不安でいっぱいになる。
自分がゲイル様から言われた指示は、夜のことは詳しく話さず疲れきったような顔で体調が悪い時のようにだるそうに部屋に戻るようにということ。もとより疲れ果てていた私には、特に何も意識する必要もなくそのまま帰っただけだ。
その後はただ、言われるがままに家に戻るようにとのことだった。
そして今は、シェラザードの指示で屋敷に戻ろうとしている。あの女は私に平民の位をやるとか好き勝手なことを言っていたが、とてもじゃないが信用できないと思っている。このまま戻ればよくてあの屋敷で働かされるか、最悪殺されるんじゃないかと思っている。
私の素性を隠して平民にするより、はるかに容易なことだろう。
それはゲイル様も心配そうな顔をしていたことからも想像がついていたんじゃないかと思う。
でも帰れというからにはきっと理由があるのだと思う。
信じたい。
自分の心の中ではこれからのことへの恐怖と、彼を信じたいという心がせめぎあっていた。
屋敷にはあっという間についた。
マーサに急かされて馬車から降り屋敷に入ると、満面の笑みであの女が待っていた。
「マーサ、ご苦労様。シェーラもよくやったわ」
その笑顔がシェーラには得体の知れない恐怖を呼び起こす。
「マーサ、2人分お茶を入れて、シェーラは眼鏡とカツラを外してから私の部屋へお茶を持ってきなさい」
そういうとさっさと自分の部屋へ戻った。仕方なく指示通り、マーサの入れたお茶を持って部屋へ行くと、そこには先客がいた。この家には似つかわしくない柄の悪い男が三人。うち一人しか席には座っておらず、残り二人は扉のそばに立っている。
異様な雰囲気に気おされつつ部屋に入り、お茶を出すとさっさと退室しようとすると呼び止められた。
「そこの椅子に座りなさい」
「なぜです?」
「座りなさい」
有無を言わさぬ口調に仕方なく椅子につく。部屋に入ってからずっと向けられていた、不躾な視線は座った自分をさらに舐めるように上から下まで見つめる。
「本当にこれで貧民出身か?」
「ええ、うちで教育はしましたけど。身寄りもない孤児ですわ」
「こりゃあ上玉だ」
そういうと男は下卑た笑みを浮かべながら、舌なめずりをしてみせる。あまりの気持ち悪さに、全身に寒気が走り視線から身を守るように、両肩を自分を隠すように抱きしめる。
「これなら十分だ。おら、これでチャラにしてやるよ」
そんな言葉と共に、その男は懐から紙を取り出すと投げるように向かいに座る女に渡す。それを慌てて掴むと、一度開いて中を改め、凄い勢いで破り捨てる。
「大奥様?どういうことですか?」
嫌な予感しかしない。指先が異様に冷えているのを感じる。
「あぁ、お前はこれから娼婦になるのよ」
「・・・は?」
「わたくしが言ったでしょう?役目が終われば平民の位をやると。この男たちは高級娼館の人買い。ただの娼婦は貧民がなるのだそうだけれど、貴族や金持ちの平民を相手にする高級娼婦は平民にしかなれないのよ。よかったわね、しっかり働いて恩を返しなさい」
視界に入ったポットを手にしたのと、彼女が言葉を発し終わるのはどちらが先だったのか。
バシャッと勢いよく相変わらず無駄に華美に着飾った女にかかったのは、先ほどまで優雅なしぐさで飲んでいたポットの中身。
慌てた様子で扉のところに立っていたはずの男二人が自分を取り押さえにかかる。
「なにが貴族よ!!あんたに返す恩なんて一つだってないわ!!!」
「この小娘!!!!」
そんな叫びが聞こえたと認識すると、ほぼ同じタイミングで自分のこめかみに鈍痛が走る。
衝撃に俯けば床に転がるポットが自分に当たったものがなんだったのかを教えてくれる。
中身をぶちまけがてら床に投げ捨てたポットを投げ返されたらしい。
そこまで認識したところで意識がぶつりと切れた。
意識を失った女を持っていたらしい縄で縛り上げる。
「か、勝手に商品に傷を付けられちゃあ困りますよ」
「用は済んだでしょう。さっさと帰ってちょうだい」
男は苛立ったように鼻にしわを寄せたが、これ以上不毛な会話を繰り広げるつもりもなく、男二人に合図をするとさっさと部屋を出て行った。
「胸糞わりいばあさんだな、まぁいい。さっさと馬車にほりこめ、傷はつけるな。大金に化ける女なんだからな」
男二人は余計な口は挟まず、さっさと少女を座席の中に作られた荷物入れのスペースにそっと寝かせ、座席を下ろすと一人はその座席に座った。こうすると中の荷物は彼が場所を移らない限り取ることはできない。
四人を乗せた馬車は車輪の軋む音をさせながら、走り出した。




