12話
昨晩自分の部屋に届けられたのは、地味なブラウンのウィッグと分厚いレンズの眼鏡。それにメイドの制服だった。
仕方なく朝からそれに着替えて待っていると、案の定、扉を勢いよく開け放ちあの女が来た。
「準備はできているようね。さっさと部屋を出なさい。今からシェラザードがあの家に帰るのよ」
帰るっていうより初めて行くが正しいでしょうと言いたいところだったが、おとなしく「はい」とだけ返事をしてついていく。
玄関まで下りるとクローゼット何個分なのかというような、大荷物が積み上げられている。しかもこの屋敷で働いていたであろうメイドが10人は控えている。その様子を見る限り、10人、私も入れれば11人ものメイドを連れて行く気らしい。
ゲイル様のおばあ様でさえ、そばに控えているメイドは7人くらいだったように記憶している。そこに嫁が11人のメイドを連れて帰る。既に嫌な予感しかしないのだが。
「さっさと荷物を積んでちょうだい!」
下男のような男たちに荷物をどんどん積み込ませている。さらに別の馬車に自分が乗り込み、メイドたちも2つの馬車に押し込められた。
「いいね、お前はシェラザードのサポートをしながら、決して顔がばれるようなことはしないこと」
「はい、わかりました」
そう返事をすると、素直に言ったことはお気に召したのか、馬車にさっさと乗り込むように指示を出した。
「失礼します」
そういって馬車に乗り込めば、少し席にスペースがある。
「ここに」
そういってその開いた場所を示され席につく。
「私があなたの監視につきます。でも他のメイドたちも全て把握していることだから、何かしようなんてことは思わないことね」
「わかっています」
今回は監視つきらしい。心底面倒な連中だと思った。
お嬢様はつくなり開口一番にいった。
「こんな地味なところ私には似合いませんわ。さっさと変えてちょうだい」と。
結果、お部屋は模様替え、もはやリフォームかというほどにカーテンや敷物、ベッドに至るまで大改装がなされ息が詰まりそうな派手な内装に変えられている。ちなみに地味なという表現の中には2人のメイドの存在も含まれていたため、さっさと追い出された。これだけは心配していただけに、何もされなかったことに安堵した。
夫である彼は帰るなり開口一番にいった。
「これはいったい何事だ?!」
彼が驚くのも当然のことだろうと影に控えた位置で思う。
一週間前に実家で倒れ体調を崩していた妻が戻ったと聞き急いで仕事から帰ってくれば待っていたものがこれだ。
「あら、おかえりなさい。でいいのかしら?わたくし記憶が戻りましたのよ」
「は?」
「まぁ、今のお話でわかりませんの?バカは面倒ですわね。マーサ、わかるようにお話してあげて」
そういう彼女の言葉に年かさのメイドが進み出る。
「失礼いたします。シェラザード様の記憶はご結婚の際、失われるという災難に見舞われておりましたが、この一週間のご病気により奇跡的に回復なさったのです。結婚から今日までの記憶は一切残っておりませんので、以後お気をつけいただきたく存じます」
「そんな・・・バカな」
声からは戸惑いがにじみ出ていたが、表情まで見ていてもそんなことを気づかうつもりはないシェラザードはさっさと次の話題にうつる。
「そんなことはどうでもよろしいではありませんの。それよりもうすぐお庭のバラが咲くと聞きましたの。お茶会はいつ頃開かれますの?わたくし楽しみにしていますのよ」
「パーティーなど開く予定はない。基本的に我が家は祖父母の代より、無駄な集まりを嫌っている。よほどのことがなければ、バラが咲いた程度のことでは会を催すことはない」
「まぁ、では何を楽しみに生きてらっしゃるの。つまらない人間がそろっているのね」
「な!我が家を愚弄するな!」
「愚弄だなんて、そんなつもりございませんわ!本当のことを言って何が悪いんですの?つまらないからつまらないとそう申し上げただけですわ!!」
「・・・・・戻る」
怒りを押し殺したような声を出して彼が自室への扉の中へ消えた。
「まぁ!!なんて無礼な方かしら。ねえ、マーサ!!」
「本当に。お嬢様になんて態度をとるのでしょう。失礼にも程があります」
と部屋の中では憤ったお嬢様とメイドの会話が進行しているが、早くも、ついていけないと思った。
今の話のどこに怒らない要素があったというのか。むしろ聞いてみたいものだ。
私の怒りは少し表情に出てしまっていたのか、隣の年齢の若いメイドが袖を引っ張ってくる。
「あれが普通だと思ってるんだから頭が痛いわよね」
と小さい声でささやかれる。もちろん主人たちからは離れているので、自分にしか聞こえない。
「寝る前にお茶を飲まれるから、お湯をいただいてきて」
ついたての後ろに立っていた私とさっき話しかけてきた若いメイドに指示が出される。
返事をするとあくまで静かにさっさと部屋を出る。
「調理場の場所わかる?」
「はい。ご案内します」
気安い様子で話しかけてくるメイドに少し驚きながら返事をすると、また驚きの返答がきた。
「何それ?いいよ。同じメイドなんだし。私も新人だし、今回体裁を整える為だけに急遽雇われただけだから」
「急遽?」
「そうなの。結婚が決まっててもともと働いてたおうちを先月辞めたんだけど、ちょっと早くやめすぎて暇を持て余してたのね。そこに1月だけの雇用っていうし、いろいろ秘密があるからお給金いいしで雇われたの」
「私の話は知ってるんでしょう?」
「知ってるわよ?あの家に雇われて、すぐに言われたもの」
そこまでいって急に声を潜める。
「バカじゃないのって思ったけどね」
「え?」
「お金がなくて醜聞まみれで、まともに人も雇えないような家のクセに体裁整えるために必死になって、あげく人攫いして身代わりをたてるなんて、ジョークにもならないわ」
「・・・」
きっぱりとした批判の言葉には悪意や侮蔑は含まれておらず、むしろすがすがしい感じがする。
「監視をするようには言われてるわよ?でも、なんの義理もないあの家のために、尽くす気なんてないから。助けてあげることは申し訳ないけどできないの。でも告げ口する気も全くないから安心して。だから、私みたいにとは言わないけど口調をやわらげてくれると嬉しいな」
その笑顔にはなんの含みもないとわかるだけの優しさがあった。世界に1人だけのような孤立無援な気がしていたが、彼らの味方じゃない人もいるというだけで、心が強くもてる気がした。
「・・・ありがとう」
「お礼言われるようなことじゃないよ。それよりゲイル様って男前?実はそれを楽しみにしてたのに見られなかったし」
彼女の名前はケイト。なんと驚いたことに裕福ではあるけど平民で商家家の生まれらしい。おしゃべりが好きらしい彼女は、私がなかなか打ち解けることができなくても、笑顔でいろいろ話してくれた。
しかし気になるのは、本来メイドとは下級貴族の娘がなるもの。
平民のメイドを雇うのは下級貴族の家と決まっている。あれほど貴族であることにこだわっているのに平民を雇うほどとは、いったいあの家の現状はどうなっているのだろう?
シェラザードとの婚姻が決まった段階でかなりの支度金を払い、結婚してからはかなりの額を借りていることも知っている。
それでも貴族の娘を雇えないほどにお金がないというのだろうか?
心配なわけではもちろんないが、ゲイル様から巻き上げたお金がどこに流れていっているのかだけは気になっていた。
あんな言い争い以降、ゲイル様が夜に訪れることは全くなかった。
もともと自分の頃には帰宅できれば、ほとんど必ずと言って良いほどシェラザードの元を訪れていたゲイルがぴたりと来なくなったことは、屋敷の中でもすぐに噂に上った。
実家に帰って気が緩んだのか本性を隠せなくなったシェラザードに、ゲイル様が見放したのだろうという内容で。
その上お母さまやおばあ様の誘いを受けて行った先でずいぶんな恥をかかせたらしい、一緒に行ったわけではないので詳細は知らないが、それ以降全くお誘いがないのだから聞かずともわかろうというものだ。
二人からも距離をおかれるようになったシェラザードにもはや誰も気遣わず評判も急降下していった。




