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11話


馬車を降りるとあの屋敷の前だった。

もちろんメイドの二人は置いてきたし、荷物も最低限しか持ってきていない。

気を引き締める意味でも、きっと屋敷を睨み付ける。


「ありがとう、帰りはこちらの馬車で帰ります」

「かしこまりました」

ここまで連れてきてくれた人に軽くお礼を言って、家に歩を進める。

扉に近づくと無表情な執事が扉を開けてくれた。



「おかえりなさいませ」

「おばあさまをお願い」

「呼ぶ必要はなくってよ。ずいぶんと厚かましい態度ね。私のおかげでこの数ヶ月、贅沢な暮らしができたくせに、貧民には感謝の心ってものはないのかしらね」

玄関からまっすぐ二階へと伸びる、見事な階段の一番上から見下ろす形で登場したのはもちろんおばあさまその人である。明らかに聞かせるように声高に話しながら、ついてくるのが当然とばかりに声ひとつかけずに歩いていく。




その後姿に、ため息を漏らしつつ仕方なく彼女の後を追った。






そして行き着いた部屋でふんぞり返ってお菓子を摘まむえらそうな人物、肖像画でしかあったことのないシェラザードに初めて対面することとなる。





はじめに何より驚いた。

赤の他人だということが信じられないほど良く似ていた。



次にこうまで違うのかと驚いた。

ちなみに自分とそっくりな顔が中身が違うというだけで、ここまでぶしつけで偉そうに振舞えるということにだ。




「これがわたくしの身代わり?ずいぶんと貧相な娘ですのね。やっぱり貧民には貧民程度の気品しか持ち得ないということかしら」

「当たり前でしょう。そんなことより首尾は上手くいったんでしょうね!」

私に対する侮辱的な言葉を言ったかと思えば、祖母の言葉すら待たずお菓子に興味は戻ったらしい。全く話を聞く様子はない。

偉そうな口調に腹立たしさがこみ上げてきて、黙るとすかさず痛いところをつかれる。

「さっさと答えなさい!お前が逆らったらどうなるか忘れたわけじゃないでしょうね?!」

何を人質にとられていたのかを突きつけられ、仕方なく口を開く。

「結婚生活については問題ありません、ただ」

「ただ?!」

「契るには・・・いたっていません」

「うふふ、こんな貧相な娘ではやる気にならなかったんじゃなくて?」

馬鹿にしたようなシェラザードの言葉に怒りの感情が湧くより早く目の前の祖母から頬に平手が届く。



ぱんっとはじけるような大きな音が響いたが、あまりの衝撃に自分が叩かれたことが一瞬わからなかった。



頬がすぐにじんじんとした熱に包まれたことで自覚する。


「この愚図が!その程度のこともできないとは。本当に貧民なんてものは頭の中になにをつめこんでいるのやら!」

「・・・どっちが」

「なにか?!」

「何も」

地獄耳には小さなつぶやきも聞こえてしまったらしい。すかさず返答するが、いらだった様子はさらにヒートアップする。

「まぁ!なんて態度かしら。しかしどうしましょう。シェラザード!!お前のことなんだから、お菓子ばっかり食べてないで考えなさい」

「何をですの?」

「何をって。あなたはもう生娘ではないでしょう!あんなクズにやってしまったじゃないの!!だからこの娘とさっさと契らせてあなたが生娘じゃなくても問題ないようにしたのに、契らずに帰ってきたのよ」

「まぁ、そんなことまで気にしてらっしゃいましたの。それならその娘を一度戻して終わらせてからわたくしが戻ればいいのではなくて?」

まるで明日の朝食はとでもいうような軽々しい調子でゲイル様のことをまるで物か何かのように話す口ぶりに、ハラワタが煮えくり返るような想いだった。



でもここで怒らせたらみんなが何をされるかわからない!!絶対にこいつらに復讐してやる!と、奥歯を噛み締めて、怒りのあまり噴出しそうなさまざまな言葉たちを押しとどめる。




「これ以上こんな貧民の小娘にあの家で大きな顔されてたまるものですか」

「それなら、私がメイドとして連れて行きますわ。カツラでも被せてメイドの服を着せればまずわかる人なんていないでしょう」

「連れて行ってどうするつもりなの?」

「簡単ですわ、おばあさま。契る夜だけ入れ替えれば済む話ですもの。明かりを消してやらせてやれば男に顔なんてわかりませんわ」

「それは良いかもしれないわ。あとで色々言ってきたところで、勘違いで済ませることもできるわ」

「そうでしょう、おばあさま」





その後もどうするかという作戦をだらだらと話していた。まるで私が視界にはいっていないというように。いや、彼らにとって私は視界に入る価値もないのかもしれない。








「お前はここにいなさい。1週間したらあの家にメイドとしていかせますからね。貴族つきのメイドだってお前のような貧民には付けない仕事よ」

「わかりました」

これ以上話を聞いているのもばかばかしく、返事をすれば少し腹立たしげな表情を浮かべたものの、今度はぶたず部屋を出て行った。

彼女が出るなり、扉の外からは錠前の閉まる音がする。



入れられた部屋を見回せば、机と椅子が一組にベッドが一つ。上のほうには小さい窓が見えるが、そこには鉄格子がはまっている。


「いったい何用に作った部屋なんだか」


小さくつぶやいたつもりが大きく聞こえる。階段をずいぶん上ったからここは上のほうの階、もしかすると屋根裏のようなものなのかもしれない。




とりあえず一息つこうとベッドに座るが、思ったよりも気を張って疲れていたのか座るだけでは終わらず、ついついそのままベッドに横たわる。





今頃どうなっているのだろう。

さっきの話の中で自分が倒れたことを向こうの家に知らせに行くようにと言っていた。

一週間もあけて、戻ったらあんな傲慢で偉そうなやな女に変わっているなんて考えられないことだ。



「マリとリューンは大丈夫かな」

ずいぶんと自分に良くしてくれていた、さっさとあんな女だと見限って離れることができれば良いけど、ずっと仕えさせられるようなことになれば不幸としか言いようがない。

しかも自分は変装してメイドとしていくことになるのだ。

一番ばれる心配をすべきはあの二人かもしれない。



ゲイル様はなんて思うかなと彼を思い出そうとすれば最後に見た悪戯っぽい表情が目に浮かぶ。





『今はこれだけで我慢しておく。戻ったら今度こそ約束を果たすから覚悟しておけ』





思い出すだけでも恥ずかしくて頬に熱が上がってくる気がする。


あれは本気なのだろうか?・・・もし、本気なら彼と最後に会えるのもそう遠くない未来なのだろう。

もう一度彼に会えることは嬉しい。でも屋敷に戻ることで、あのシェラザードとゲイル様が寄りそっている姿を見るなんて、自分には耐えられそうもない。





「ゲイル・・・さま」

彼を思うと胸が締め付けられるように苦しい。



結婚したくてしたわけじゃないのに、自分を気遣ってあれほど忙しいのに毎晩のように話を聞いてくれたことくらいわかってる。

妻として本来なら当然であるはずの勤めも、自分が怯えただけですぐにやめてくれた。

あれ以来最後の日まで、キス一つしてくることはなかった。ただ優しく抱きしめてくれていただけ。




このおかしな企みを彼が知ったらどう思うのだろう。

彼が傷ついた表情を浮かべることを考えるだけで、胸が締め付けられるように痛い。



でも、自分には加担することをやめられない。

私をここまで育ててくれた人たちに、迷惑をかけられるはずがないのだから。




二つの心にぐるぐると揺れる心は、川に流される木の葉のように感情の流れに翻弄されていたが、どこにたどり着くこともないまま、一週間が過ぎていった。








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