帰り道
「ねえねえ、アキちゃん、見て。百日紅の花」
普段と何も変わらない、学校からの帰り道。
最近咲いたばかりらしい花を見つけて、ユイが嬉しそうに言った。
「金平糖に似てるよね。百日紅って」
私にはいつ見ても何の変化もないように思えるこの道で、ユイはいつも何かしらの変化に気づいては喜ぶ。
なんとかっていう花が咲いただとか、今日は空がご機嫌だから青く透き通っているだとか、あの猫は初めて見た顔だとか。
しかし私にとっては、そのどれひとつも心を動かすものではなかった。思い浮かんでくる言葉もなくて、私はいつも只こう言う。
「そうだね」
いつもと同じ道を、同じ速度で二人並んで歩く。
目に映るものは同じはずなのに、私たちはまるで違う世界を見ている。
ユイが見ている世界は、きっとキラキラと輝いていて、心弾ませるものがあちこちに転がっているのだろう。
それは、素直に羨ましいなと思う。
花を可愛いと思ったり、空の色の変化が美しいと感じることは、生きていくために必ずしも必要なことではない。
それでも、そんな些細な“素敵なこと”で、心のポケットは宝物でいっぱいに出来るのではないだろうか。
一方私の目の役割はと言うと――車や電柱などの障害物を避けたり、信号の色を判断したり、といった具合に、危険回避のために使っている割合が大半を占めている。
本当に必要最低限の事しかしていない……。
「アキちゃん、信号赤だよ」
ユイの言葉で我に返った。
柄にもなく考えこんでいたせいで、私の目は危険回避能力すら失いかけていたらしい。
「何か考えてたの? 」
「んーー。何でもないよ」
そう言った瞬間、私はふと、昨日までとは少し違う風のにおいを感じた。爽やかで、走り出したくなるような、そんなにおい。
考えるよりも早く、私の口からこんな言葉が出た。
「あ、夏のにおい」
「夏の、におい? 」
ユイがそう聞き返したとき、私たちの間をすっと風が通り抜けた。
ああ、なんだ。こんなに身近にあったのか。私にとっての“素敵なこと”が。




