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帰り道

作者: 木下りんご
掲載日:2011/07/20

「ねえねえ、アキちゃん、見て。百日紅(さるすべり)の花」


普段と何も変わらない、学校からの帰り道。


最近咲いたばかりらしい花を見つけて、ユイが嬉しそうに言った。


金平糖(こんぺいとう)に似てるよね。百日紅って」


私にはいつ見ても何の変化もないように思えるこの道で、ユイはいつも何かしらの変化に気づいては喜ぶ。


なんとかっていう花が咲いただとか、今日は空がご機嫌だから青く透き通っているだとか、あの猫は初めて見た顔だとか。


しかし私にとっては、そのどれひとつも心を動かすものではなかった。思い浮かんでくる言葉もなくて、私はいつも只こう言う。


「そうだね」


いつもと同じ道を、同じ速度で二人並んで歩く。


目に映るものは同じはずなのに、私たちはまるで違う世界を見ている。


ユイが見ている世界は、きっとキラキラと輝いていて、心弾ませるものがあちこちに転がっているのだろう。


それは、素直に羨ましいなと思う。


花を可愛いと思ったり、空の色の変化が美しいと感じることは、生きていくために必ずしも必要なことではない。


それでも、そんな些細な“素敵なこと”で、心のポケットは宝物でいっぱいに出来るのではないだろうか。


一方私の目の役割はと言うと――車や電柱などの障害物を避けたり、信号の色を判断したり、といった具合に、危険回避のために使っている割合が大半を占めている。


本当に必要最低限の事しかしていない……。


「アキちゃん、信号赤だよ」


ユイの言葉で我に返った。


柄にもなく考えこんでいたせいで、私の目は危険回避能力すら失いかけていたらしい。


「何か考えてたの? 」


「んーー。何でもないよ」


そう言った瞬間、私はふと、昨日までとは少し違う風のにおいを感じた。爽やかで、走り出したくなるような、そんなにおい。


考えるよりも早く、私の口からこんな言葉が出た。


「あ、夏のにおい」


「夏の、におい? 」


ユイがそう聞き返したとき、私たちの間をすっと風が通り抜けた。


ああ、なんだ。こんなに身近にあったのか。私にとっての“素敵なこと”が。



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