婚約破棄を言い渡されたので、開き直って伝説の『空飛ぶ王子』を捜索することにしました。
予め言っておきます。婚約破棄の皮を被ったギャグです。
「アナスタシア! 僕は君との婚約を、破棄する!」
王立学園の卒業パーティーに響き渡る、セドリック王子の大きな声。それが私に向けたものであることは、この場にいる全員が理解していました。
「セドリック王子……。一応、理由を訊いても?」
セドリック王子は、10年も前から私と婚約をしていました。いきなり破棄を宣言されたのですから、私だって黙ってはいられません。
「アナスタシア、僕には本当に愛する人がいるんだ! だから君とは結婚できない。分かってくれるか?」
「それはもう、人の心など移ろい行くものですから。セドリック王子が給仕長のマーサを心から愛していると仰るのなら、私には止める理由はありません」
「いや別にマーサのことを愛してるわけじゃ……」
「確かにマーサは包容力がありますものね。セドリック王子のことも、マットレスのように包んでくれそうです」
「僕はマットレスに包まれる趣味は無いぞ!? せめて掛け布団で言ってくれるか!?」
「あら、でもマーサを例えるなら、掛け布団では重さが足りないでしょう?」
「そうだけど! 子どもの頃にマーサとシーソーしたら、いつの間にか時計台まで飛ばされてたけど! あれのせいで一時期『空飛ぶ王子』と言われて困ったけど! いや僕マーサを愛してるわけじゃないから!」
「マーサとシーソー……。略して、シーサーですね」
「なんで略した!? 海岸の家とか守ってそうな響きになったけど!?」
セドリック王子のことを簡単に諦められるかと言われれば、もちろんそんなことはありませんわ。
10年も前から、私はセドリック王子と結婚するんだ。セドリック王子と結婚して、海辺に小さなお家を買って自分たちでリフォームして、みんなが釣ってきた魚をその場で調理して出すお店にして、たてがみのある大きな目と口をした置物をお守りとして置くんだ。ついでにその置物に絵付けする体験もできるようにするんだ。あと紫色のタルトを売るんだ。そう思っていましたから。
でもセドリック王子の心が私でなくマーサに向いているのなら、それはもう仕方がありません。
マーサのセイウチのような体に、包容力を感じたのでしょう。実際、マーサはセイウチと並んでも見劣りしないどころか、軽く上回っていきますからね。私は裏でマーサのことを『セイウチのボス』と呼んでいましたし。
「それではセドリック王子、お幸せに」
「いや待って!? それでいいのか君は!? 10年間も婚約していた相手に、いきなり婚約破棄されたんだぞ!?」
「ええ、でも相手がセイウチのボ……マーサなら仕方ありません」
「だからマーサじゃないって! 今セイウチのボスって言いかけなかった!?」
「あら? マーサではないのですか?」
「だからそう言ってるだろ! どう考えてマーサに辿り着いたんだよ! この場にいないのにずっと名前だけ連呼されてるマーサの気持ちも考えろよ!」
「マーサの気持ち……ですか? 『魚もいいけど貝が食べたい』とかそんな感じでしょうか」
「それセイウチの気持ちだろ! なんだセイウチの気持ちって! ペット雑誌みたいに!」
セドリック王子が想っておられるのは、マーサではない……? では誰なのでしょう。
セドリック王子は昔から引っ込み思案で、基本的に私とマーサ以外の人といるところを見たことがありません。あ、でも一度だけ大きなセイウチと歩いているところを見たことが……いや、あれはマーサでしたね。
「ではセドリック王子、あなたが愛するのは誰なんでしょう?」
「やっとその話ができる! ここまで辿り着くのに何回セイウチを通らされたんだ!? 僕が愛しているのは、メイドのエマだ!」
「ダン〇ルドア?」
「メイドのエマだ! なんだその魔法教えてそうな名前は!?」
「セドリック王子は、魔法がお得意でしたね。切った指の爪を消してしまうという」
「魔法じゃないぞあれ! ただ爪切りが下手なだけだ! 言わせないでくれるこんな恥ずかしいこと!?」
ダンブ〇ドア……じゃなかった、メイドのエマは、確かかなり田舎の出身。素朴な少女で、とてもセドリック王子のような成金ガリガリ低身長天パ男が好きになるような子では……。あれ、属性を並べると意外と釣り合っていそうですね。
「エマを初めて見た時から、僕の運命の人はこの人だって確信があったんだ! 王立学園で普通に過ごしていたら出会わないような、純粋な子だ」
「そうですね。セドリック王子が王立学園で18回留年してるから出会えたんですものね。だんだん王立学園の生徒には相手にされなくなってましたものね」
「言うなそんなこと! 僕だって本当はさっさと卒業したかったんだから!」
「どうやったら18回も留年するのか、不思議に思っていました。それがまさか、運命の相手と出会うためだなんて……。ロマンチックですね」
「イジるんじゃない留年を! 本当は4回までなのに金にものを言わせてなんとか残らせてもらったんだから!」
「それでは、エマとどうぞお幸せに」
「おい待てって! なんでそんなにあっさりしてるんだ!」
なんでって……。逆に18回も留年(しかもそのために賄賂を渡し続けた)した王子なんて、どこの誰が好きになるのでしょう?
本来なら私が入学するよりも遥か前に卒業されているはずが、いつの間にか同級生になっていたのですから。
セドリック王子、もう36歳ですよ? 数えで37歳、セイウチで言うと18歳です。
私だって、婚約さえ無ければこんな成金ガリガリ低身長天パアラフォー留年男なんて選びません。破棄されてラッキー、略してハレッキーです。何かポケットに入っているモンスターのようなワードになってしまいましたね。
「まあ婚約破棄を認めてくれるならいいけど……。アナスタシアは、これからどうするんだ?」
「私は少し調べたいことがあるのです。その昔、この国で『空飛ぶ王子』なる人物がいたそうなのですが、どうやら今もその人物は存命らしいのです。私はその方を探しに」
「うんそれ僕だから! マーサにシーソーで吹っ飛ばされた時の僕だから! てこの原理の真髄を見せつけられただけだから!」
「ではセドリック王子、お幸せに」
「ええ……。アナスタシア、それはもう答えの無い旅になるぞ……」
呆れるセドリック王子の方を振り返ること無く、私はその場を後にしました。
セドリック王子からも、王立学園からも卒業の日。もう見ることの無い景色を目に焼き付けておこうと、学園を歩き回ることにしました。すると建物の影に、やたらと大きな影と小さな影が。大きい方はセイウチのボスぐらい大きいですね。
「エマ、よくやったよ。あのバカ王子、金だけはあるからねえ。上手く気を引いて、婚約破棄に持っていけたのは、お手柄だよ!」
「ありがとうお母さん。これで私たちもリッチに暮らせるね!」
「そうだねえ。あの王子、まあまあ歳がいってるからあたしでもいけないかと思ったけど、流石に厳しそうだったからねえ。エマをここで働かせて大正解だったよ」
おや……。どうやらセドリック王子、将来はセイウチのボスに成長する子を選んでしまったみたいですね。
普段はもっとギャグばっかり書いてるのですが、婚約破棄ものも試しに書いてみました。これでいいのか……?(良くない)




