婚約者との不仲を噂された私、隣国の王女殿下の通訳として無礼な令息達を黙らせました
イラストレーター・朝霧きか先生に素敵な表紙絵を描いていただきました!是非ご覧ください!
※本作は【短編】『不仲と噂の婚約者が、紅茶をかけられた私を見てブチ切れました』の続編です。単話でもお楽しみいただけるよう執筆しておりますが、前作からお読みいただくと、より本作に入りやすいと思います。
では、どうぞお楽しみください( .ˬ.)"
残暑の焼けつくような日差しが降り注ぐ今日。馬車から降りた私は、眉を下げて校舎を見上げます。
「行くぞ、イーリス」
「はい、ハーロルト様」
とても短い、事務的な会話。
彼の少し強い口調も相まって、傍から見れば私達は冷えた関係に映るかもしれません。
けれど、ハーロルト様はエスコートではなく私の手をしっかりと握り、まるで離す気はなさそうです。
そのまま校舎前の庭をずんずんと進んでいきます。彼を見るやいなや、生徒達が避けていき、自然と道が開きました。
彼らの表情や目の色は様々です。硬い表情で息を呑む者や恐れ慄き視線を下げる者、こちらを生暖かい目で見ている者。
そんな彼らに聞こえるよう、ハーロルト様はわざと大きな声で話しかけてきました。
「今日からイーリスも俺と同じクラスだな」
その瞬間、周囲がざわめき、今度は私に注目が集まりました。皆、「まさか……?」「本当に?」と口々に囁いています。
紫外線よりも肌に突き刺さる視線をひしひしと感じた私は、青々とした空をぼんやりと眺めました。
(……さようなら、私の静かな学園生活)
特筆する点のない、地味で平凡なランメル伯爵家の娘――それが私、イーリス・ランメルです。
そんな私は、恐れ多くもレイルマン公爵家の嫡男であるハーロルト様と婚約しています。
事の発端は一学期。
レイルマン公爵家の次期当主であり、公爵様が務める外交官も継ぐ予定のハーロルト様。
彼の婚約者として、伯爵令嬢では分不相応だと妬み嫉みを向けられた私は、入学してから度々嫌がらせを受けておりました。
学園は、のちの貴族社会の縮図。だからこそ私は、両家の醜聞にならないよう、権力に頼らず正当に対処するつもりでいました。
何より公爵夫妻の要望もあって、私に対するハーロルト様の偏愛ぶりを、あまり皆様に知られないようにしたかったのです。
(ですから、いじめの証拠を集め記録していたものを一学期の終わりに学園へ提出し、対応していただくつもりでしたのに……)
私の思惑など、一瞬にして霧散してしまいました。
なにせ、あともうひと月というところで、ご令嬢達から紅茶をかけられた私をハーロルト様に見られてしまったのですから。
ハーロルト様の逆鱗に触れ、学園中を巻き込んでの大騒動にまで発展してしまったその一件で、私はいつの間にか飛び級試験を受けることが決まっていました。
そうして無事に試験を通過した私は、二学期の今日からハーロルト様と同じ二年生として、同じクラスで授業を受けることになったのです。
教室に入ると、私は再び多くの視線を浴びました。すかさずハーロルト様が私の腰を引き寄せます。
「ハーロルト様」
「……ふん」
私が声をかけると、ハーロルト様はぷいとそっぽを向いてしまいました。誰彼構わず警戒なさらないでくださいませ。そもそもクラスの方々は、ハーロルト様の御学友ではございませんか。
(これが、あと約一年半も続くのですか?)
あぁ、神様。私はどうすれば平穏無事な学園生活を過ごせるのでしょうか。
座席は自由のため、私はハーロルト様と並んで座ります。暫くすると、担任の先生が教室へ入ってきました。
――美しい、一人のご令嬢を連れて。
「初めての方がいらっしゃるので、簡単に自己紹介をしましょうか。僕は二年の上級クラスの担任、ホルムス・クロックです。宜しくお願いしますね」
クロック先生は短く自己紹介をすると、すぐにご令嬢の方へと手を伸ばしました。
「さて、こちらにいらっしゃるのは、隣国フィレンドール王国の第一王女――ティフェーヌ・デュ・フィレンドール殿下です。短期留学生として、我が校で三週間過ごされます」
「フィレンドール王国第一王女、ティフェーヌ・デュ・フィレンドールですわ。皆様、宜しくお願いします」
ふわふわと柔らかな髪を揺らしながら、穏やかに微笑む隣国の王女殿下。令息令嬢問わず、教室にいる生徒のほとんどが見蕩れています。
「席は自由ですが、どうされますか?護衛騎士の配置もあるでしょうし……」
「先生、お気遣いは不要ですわ。わたくしの席はもう決まっておりますの」
鈴を転がすような声で返事をしたティフェーヌ様は、まっすぐこちらへ向かってきて――
『久しぶりね、イーリス』
『ご無沙汰しております。ティフェーヌ王女殿下』
声をかけられた私は静かに席を立ち、丁寧に礼をしてから言葉を返しました。
『もうっ!王女殿下だなんて寂しいわ。わたくし、もっと気軽に呼んでと前にも伝えたでしょう?』
『そうはおっしゃいますが……。いち伯爵令嬢には恐れ多いことなのですよ、ティフェーヌ様』
ティフェーヌ様にぐいと迫られ、つい苦笑してしまいました。ハーロルト様の表情は変わりませんけれど、周りの方々は目を丸くしていらっしゃいます。
――きっと、私が当然のようにフィレンドール王国の言葉で話したからでしょう。
隣の国ですから、文法に大きな差はありません。けれど、“ペン”ひとつ取っても、周辺諸国には“ペロ”や“ぺーナ”と呼ぶ国があるのです。
国ごとに違う発音と言葉。今や五ヶ国語の読み書きが出来る私は、ハーロルト様の補佐がこなせるよう、欠かさず会話の練習もしております。
「話には聞いていましたが、ミス・ランメルの発音はとても美しいですね。今日は始業式で授業はありませんが、明日から王女殿下のサポートをお任せしてよいですか?」
「承知いたしました」
クロック先生に軽く頭を下げてから、ティフェーヌ様には私の隣に座ってもらいます。廊下側の窓際ですから、護衛騎士も守りやすいでしょう。
するとティフェーヌ様は、私の隣に座るハーロルト様に声をかけました。
『ごきげんよう、ハーロルト』
『ごきげんよう、ティフェーヌ殿下』
『貴方は相変わらずイーリスのことしか見えていないのねぇ』
おかしそうにくすくすと笑うティフェーヌ様。誰もが見惚れる可憐な笑顔を向けられても、ハーロルト様はじとりと目を細めるばかりです。
『えぇ。ですから、あまりイーリスばかりを頼らず、学園生活を楽しんでください』
『あら、それは了承し兼ねるわ。わたくしの通訳として役目を果たしてもらわなくてはいけないもの。ねっ?イーリス』
ティフェーヌ様、私に問いかけないでくださいませんか。しかも、ハーロルト様を煽るように私の腕を取るのはおやめください。
ハーロルト様も、そんな顰め面を……。お相手は隣国のお姫様ですよ?……ちょ、ちょっと!ティフェーヌ様から引き離そうと引っ張らないでください。制服が伸びてしまいますっ!
……あぁ、神様。私の“平穏無事な学園生活”は一体何処に転がっているのでしょう……。
ティフェーヌ様とは、かれこれ三年ほどの付き合いになるでしょうか。
ハーロルト様の婚約者として、いつか外交官の補佐が出来るよう学んでいた私が、三ヶ国語の読み書きや日常会話が話せるようになった、十二歳の頃のこと。
「……そろそろイーリスも、外交の席に出すか」
「へ……?」
それはそれは嫌そうに、ハーロルト様は眉間に皺を寄せて呟きました。
婚約してからというもの、出来る限り私を社交から遠ざけていたハーロルト様。ですが、痺れを切らした公爵様から、「いい加減、イーリスにも経験を積ませるべきだろう」と諭されたそうです。
それからひと月後、私はハーロルト様と共に、とある小規模なパーティーに参加することになりました。
――まさかそこが、王族もいらっしゃる場なんて想像出来ますか?
確かに少人数ではありました。
けれどその場は、この国――ラングバッハ王国と、隣国フィレンドール王国の中でも、ごく一部の上位貴族だけを招いた交流パーティーだったのです。
心臓が口から出そうなほど緊張したのを、今でも鮮明に覚えています。
そこで、ティフェーヌ様の話し相手として選ばれたのが、唯一同じ年頃で参加していたハーロルト様と私でした。
『ほ、本日は遠方より、ようこそおいでくださいました。お初にお目にかかります。ランメル伯爵家の娘、イーリス・ランメルと申します』
『まぁ、ごきげんよう。フィレンドール王国第一王女、ティフェーヌ・デュ・フィレンドールですわ』
三年前のティフェーヌ様といったら、今よりもぷっくりとした頬で、お人形のように愛らしいお姫様でした。
緊張で声が上擦ってしまった私にも優しく微笑んでくださって、感極まって涙が出そうになってしまったほどです。
前もってフィレンドール王国について下調べしていた知識が功を奏したのか、ティフェーヌ様に気に入っていただけたようで。そのご縁で、今もこうして親しくしてもらっているのです。
始業式が終わり、私達は下校すべく一緒に昇降口へ向かっていました。三人で並んで歩いていると、全員が必ずこちらに視線を向けてきます。
周りの目を気にせず談笑していた、そんな時――
「どうして貴女なんかが……っ」
ぼそりと囁かれた声が耳に届きました。
昇降口へ向かう間はティフェーヌ様を守るよう、護衛騎士は後ろを、両脇をハーロルト様と私で挟むように歩いていました。ですから、私とすれ違ったどなたかがおっしゃったようです。
(ハーロルト様が全校生徒の前で注意なさったと聞いていたけれど、やはり納得されない方は一定数いらっしゃるわよね……)
他者への妬み嫉みなど、些末な理由から簡単に生まれるもの。それが、ご令嬢達から人気のあるハーロルト様や、隣国の王女殿下の対応ともなれば、尚のこと。
一学期にかけていた伊達眼鏡を外し、地味な髪型からハーフアップに変え、ハーロルト様の色の髪飾りを着けたところで、所詮は見た目だけの変化。まだ家格や実力が伴わないと思われているのでしょう。
私はヒヤヒヤしながらハーロルト様へ目線を向けましたが、どうやら彼の耳までは届いていなかったようです。ほっと胸を撫で下ろし、小さく息を吐きました。
(誰も愚かな行動を起こさないといいのだけれど……)
特に今はティフェーヌ様もいらっしゃるのです。自国の恥を晒すわけにはいきません。
これからは少し気を引き締めなければいけませんね……と、決意を新たに昇降口の扉をくぐりました。
一学期は、とにかく波風を立てないよう、ひっそりと過ごしていました。友人のご令嬢達を巻き込まないために、そして問題を大きくしないために。
ですが今は、飛び級をして二年生に上がり、ティフェーヌ様の通訳にも抜擢されたのです。ティフェーヌ様とハーロルト様の顔に泥を塗ることは出来ません。
ですから、ある時は教室で――
「ティフェーヌ様、こちらが本日の授業範囲の翻訳です。教科書で分からないところが出てきた際にご活用ください」
「まぁ!なんて丁寧なノートかしら。もしかして毎日用意してくれるの?」
「はい。既に夏休みの間に準備しておりましたので、三週間分ございますよ」
「……ふん」
ある時は食堂のテラスで――
『この国の食事は、質と量を重視しています。フィレンドール王国よりも量が多いと思いますので、減らしてもらった方がいいかもしれません。注文をする前に、交流も兼ねて他の方のプレートを見て回りますか?』
『それはいいわね、とても楽しそうだわ!』
『では、丁度向こうに私の友人達がおりますので、食事を見せてもらいましょう。ハーロルト様、申し訳ございませんが、席の確保をお願い出来ますか?』
『……あぁ』
このように、両国の言語を駆使してティフェーヌ様の案内や補佐を行いました。すると、翌日から周囲の目の色が変わり始めたのです。
教室では、こちらを窺うクラスメイト達の元にティフェーヌ様を案内し、間に立って通訳を行ったり、昼食の時間、近くの席になった方々と交流会を始めたり。
ティフェーヌ様はこの国の言葉も話せますが、時折表現に迷われることもあり、私はほんの少しだけ手助けをしていました。
その“ほんの少し”を皆様に評価いただけたようです。
「ですから、イーリス様は噂とは違って優秀な方だと、散々言っておりましたのに」
「まったくだよ。令嬢嫌いで有名なハーロルト様が選ぶほどの女性だと、なんで分からないんだろうね」
「多くの方は、噂の信憑性よりも目を付けられたくなかったんでしょ。事件の筆頭だったガブリエーレ様は、長らくハーロルト様にご執心で、前々からイーリス様を悪し様に言っていましたしね」
「あ、あはは……」
憤る三人のご令嬢を前に、私は冷や汗をかきながら隣の二人に視線を向けました。ティフェーヌ様は眉を寄せ、ハーロルト様は深く頷いています。
(お、抑えて……!一応ここは食堂ですから!声を抑えて……っ)
ティフェーヌ様が留学してきて一週間が経った頃、ついにこのお方にも一学期の件を知られてしまい、「どういうことかしら?」と笑顔で問い詰められたのです。
それを昼食の時間にこそこそと話していたところ、親しいご令嬢三人に聞かれてしまい……今に至っております。
「それもこれも、ハーロルトがイーリスを隠しすぎたせいでもあるのでしょう?」
「俺の選んだ婚約者ですよ?両家が認めて婚約しているというのに、普通に考えれば分かることでしょう」
「愚かな者達に普通や常識など通用しなくてよ。『自分の方が身分は上なのに』『きっとやむを得ない事情があるのよ』と自己解釈して攻撃してくる人間なんて、掃いて捨てるほどいるでしょう?」
ふんっと鼻を鳴らすティフェーヌ様。王女殿下として、嫌でも貴族社会の闇にどっぷり浸かっていらっしゃるのでしょう……お労しい。
「学園は分別を身に付ける場でもあるけれど、その侯爵令嬢もおいたが過ぎたわねぇ。イーリスほど優秀な子は滅多にいないでしょうに……あっ、そうだわ!」
ぱっと花が開いたように明るい表情を浮かべたティフェーヌ様は、私の手を握って目を輝かせました。
「イーリス主催で、お茶会を開いてちょうだい。貴女のお茶会に参加すれば、令嬢達みんな貴女を認めると思うもの!」
「お、お茶会ですか?」
「殿下、名案ですわ!是非そうなさって、イーリス様」
「おい……っ!」
ティフェーヌ様やご令嬢達は、それがいいと盛り上がり始めました。ハーロルト様の眉間には皺がくっきりと浮き上がっています。
私は少し思案してから、静かに頷きました。
「では、今週末に開催出来るよう準備しますね」
「イーリス!」
ハーロルト様は、もう我慢ならないといった様子で叫びました。この方の対応に慣れているティフェーヌ様や三人は、呆れたり額を押さえたりしていますが、周りで食事をしていた方々は息を呑んでいます。
「ハーロルト様、必要なことなのです」
「…………分かっているが……。くそっ」
汚い言葉を吐き捨てながらも、彼の口からお茶会を止める言葉は出てきませんでした。
「ふふっ。ティフェーヌ様、ハーロルト様からも承諾していただけたので、今週末はそのように予定しておいてください」
「……イーリス、今のは承諾ではなかったと思うわよ?」
苦笑いするティフェーヌ様に肩を竦めてみせ、私は早速頭の中でお茶会の計画を始めました。
そうして、あっという間に迎えた週末。
全ての授業が終わった十五時半頃。使用許可を取っていた中庭でお茶会を開催しました。
「素敵……」
誰かの呟きと共に、招待したご令嬢達がダリアの咲き誇る庭へ進んできます。
小さな噴水の近くに設置された長テーブル。その側には、リボンとレースで飾られたパラソルがいくつか固定されています。
いち早く到着していた私は、中央で招待した皆様を出迎えます。
「ようこそお越しくださいました。この時間帯からの日差しに合わせてパラソルを立てておりますので、中は涼しいはずです。さぁ皆様、どうぞおかけください」
少しずつ秋めいてくる時期とはいえ、ご令嬢達に直射日光は大敵です。
ですが、ただ室内でお茶をするだけでは味気ない――そう思った私は、せっかくこの国にいらしたティフェーヌ様のために、花々を愛でる時間をご用意しました。
「では、お茶をご用意しますね」
私が手を上げると、今日のために来てくれたレイルマン公爵家の使用人達が各テーブルに給仕を始めました。
「……!このお茶は!」
「はい。フィレンドール王国で嗜まれている、人気の茶葉です。丁度、セカンドフラッシュが市場に出回り始めた頃ですよね」
「そうなのよ!……いい香りね。わたくしの大好きなバリストンのお茶だわ」
ティフェーヌ様は香りを嗅いで、ほぅと満足そうな笑みを浮かべています。こちらもノートと同様、夏休みの間に準備しておいたのですが、正解でしたね。
他のご令嬢達も、珍しい高級茶葉に目を輝かせています。
「バリストンで取れる茶葉は、芳醇で華やかな香りが特徴と言われています。ですので、そちらに合う我が国の伝統的なお菓子を用意しました」
次に使用人達が運んできたのは、雪のような粉砂糖とオレンジ色のジャムのかかった可愛らしいケーキ。ティフェーヌ様は「まぁ!」と嬉しそうな声を上げました。
「シュー生地とクリームを層にした、フロッケンザーネトルテです。縁に敷き詰めたアーモンドの食感と、上にかかっているアプリコットジャムの甘酸っぱさを是非楽しんでください」
私がそう告げると、皆様花を楽しみながらお茶やケーキへ手を伸ばし、歓談し始めました。
フィレンドール王国で人気のお茶と、ラングバッハ王国の伝統的なお菓子。二国間の交流にぴったりではないでしょうか。
「とても美味しいわ。飲み慣れたお茶だけれど、お菓子が変わると味わいも変わるわね」
「フィレンドール王国では焼き菓子が有名ですものね。やはり、このようなクリームたっぷりのケーキは珍しいですか?」
「えぇ。我が国のケーキといえば、フルーツをバターと砂糖で煮詰めて、生地に載せて焼いたものだもの」
ティフェーヌ様の言葉を皮切りに、食文化の話題に進んでいきました。
参加しているご令嬢達に、領地で取れる特産物の話を振り、そこからドレスや装飾品、流行の話へ移り変わっていきます。
(話していないご令嬢はいないかしら。あちらの方はもうすぐお茶がなくなりそうだけれど……流石、レイルマン公爵家の使用人ね。すぐに気付いてくれたわ)
貴族のお茶会は、ただお茶を楽しめばいいというものではありません。
その時その時の話題に適したご令嬢に話を振り、さりげなくティフェーヌ様のサポートをしつつ会話を回し、テーブルの様子にも気を配る――それが主催者の役目です。
客人達の情報を踏まえて話を繋ぎ、皆様に心地よく過ごしていただいてこそ、真のおもてなしと言えるでしょう。
「隣の国なのに、フィレンドール王国とラングバッハ王国ではこんなにも違いがあるのね。皆さんの領地の話が聞けて、とても勉強になったわ」
ティフェーヌ様が微笑むと、ご令嬢達は感激したように頬を染め笑顔を浮かべました。
隣国の王女殿下に自領を知ってもらえるなんて、とても名誉なことですからね。何かのご縁で、領地の特産物をお求めいただけるかもしれませんもの。
お茶会は皆様にご満足いただけたようで、沢山の感謝の言葉をいただきました。
「ありがとう、イーリス。急に言ったのに、こんな素敵なお茶会を開いてくれて嬉しかったわ」
「元々、私のためにご提案くださったものですから。期待に応えられたのなら何よりです」
「期待以上よ!はぁ……。あと一週間で留学が終わりなんて」
ティフェーヌ様がしゅんと肩を落とす姿を見て、私の心は温かくなりました。ティフェーヌ様には申し訳ないですが、寂しいと思っていただけて感無量です。
「残りの一週間、今日のご縁を活かして、もっと交流なさってみてはいかがでしょう?」
「そうね。あと一週間、ラングバッハ王国を満喫するわ!イーリス、わたくしの通訳として頼むわね」
「勿論でございます」
私達は鮮やかなオレンジ色の夕日を背に、残りの時間に期待を膨らませながら微笑み合いました。
週明け、学園へ登校すると、お茶会に参加したご令嬢達から次々に挨拶されました。それを見ていた他のご令嬢達からも時折声をかけられ、親しくなりたいと言われたのです。
休憩時間、ティフェーヌ様と化粧室へ向かうため、珍しくハーロルト様を連れず歩いていると、
『お茶会に招待しなかった者達は、前にイーリスを悪く言っていたからハーロルトが参加を許さなかった者なのでしょう?随分あっさりと手のひらを返すのね。自身の行動に責任や矜恃はないのかしら』
と、呆れた表情でこぼされました。
『ティフェーヌ様。フィレンドール王国の言葉だからと、そのようなことをおっしゃってはいけませんわ。それに準備期間が短かったので、招待したのは上位貴族でも一部の方だけですもの』
私のために憤るティフェーヌ様に、つい笑ってしまいます。
もうまもなく化粧室に到着する――という時に、階段の近くで見覚えのある方が佇んでいました。
「やぁ、イーリス嬢」
当たり前のように声をかけられ、私は目を瞬きます。
「……ごきげんよう、グレーべ伯爵令息。ところで、私はハーロルト様以外のご令息に、名前を呼ぶ許可を与えていないのですが……。私のことはランメル伯爵令嬢とお呼びください」
「そんなつれないことを言わないでくれよ。元クラスメイトじゃないか」
大袈裟に手を広げているこの方は、一学期でクラスメイトだったグレーべ伯爵令息――つまり一年生です。ご友人らしき令息を三人も連れて、何故わざわざ二年生のフロアまでいらっしゃったのか。
(……考えるまでもありませんわね)
「ティフェーヌ様、授業に遅れてしまいますわ。早く参りましょう」
「えぇ」
「なっ!?無礼な!私達を無視するなんてっ」
令息達は私達の前に立ちはだかり、道を塞ぎました。後ろに控えていた護衛騎士が前に出ようとする気配を察し、私はそれを制します。
「このお方の道を妨げるなど、無礼はどちらでしょうか」
「そ、それはイーリス嬢が話を聞かないからだろう!」
「許しもなく名前を呼ぶ方のために、何故足を止めなければならないのでしょう……。ハーロルト様がいなければ何も言い返せないだろうと、そうお思いでしたか?」
眉を下げ苦笑してみせると、令息達はぐっと息を詰まらせました。彼らは視線を彷徨わせ、後退ります。
「貴方達の見え透いた思惑に、このお方の貴重な時間を割くわけにはいきません。お退きください」
「なんだと!?」
「元クラスメイトという口実で私に声をかけ、ティフェーヌ様とお近付きになりたかったのでしょう?ですが、そのような浅はかな方を、私からご紹介することはありません」
毅然とした態度で意見すると、グレーべ伯爵令息はカッと顔を赤くして捲し立てました。
「飛び級したからって調子に乗るなよ!お前なんて、クラスでも一人で本を読んでいただけの根暗な女だったくせに!」
「……なんですって?」
彼の大きな声に生徒達が集まってきました。そんな中、後ろから王女にあるまじき低い囁き声が。……あぁ、早く終わらせないと、また大事になってしまうではありませんか。
「私をどう評価いただいても結構です。一学期の間、目立たないように行動していたのは事実ですから。ですが、ご自身の状況にも目を向けてくださいませんか?」
「なんだと……?」
「貴方達の主張は、話を聞かない私への抗議なのでしょう。ですが結果として、ティフェーヌ様の御前で声を張り上げ、このお方の行く手を阻んでいるのですよ?」
私は目を細め、令息達を見据えます。
「ティフェーヌ様の騎士が動くような事態になれば、国際問題にも繋がり兼ねないと……わざわざ言葉で伝えなければ思い至りませんか?」
――国際問題。そう言われたグレーべ伯爵令息含め令息達は、途端に青ざめました。当然ではありませんか……。
私はティフェーヌ様へ体を向け、深く頭を下げます。
「フィレンドール第一王女殿下。彼らに代わり、非礼をお詫び申し上げます。大変申し訳ございません」
「イーリスは何もっ」
「その上で、お願い申し上げます。以前、殿下がおっしゃってくださった、『学園は分別を身に付ける場』――その言葉の通り、彼らはまだ未熟で至らぬ者達です。彼らの処罰を学園側で対処させていただきたく、どうかご容赦ください」
その場はシンと静まり返り、誰かがごくりと唾を飲み込んだ音がやけに大きく聞こえました。
「……そうね。イーリスに免じてわたくしとしては不問にしましょう。いいわね?」
「はっ」
ティフェーヌ様の声に護衛騎士が短く了承してくださり、私はほっと息を吐きました。そしてふと視線を動かし、ティフェーヌ様の後方を見て――今度は私が顔を青くしました。
「クロック先生を呼んできたぞ」
「は、ハーロルト様……!」
クロック先生を連れたハーロルト様がこちらに向かってきたのです。その漂うオーラときたら……。
(あ、あれが……一学期に全生徒と全教師が震撼したという、魔王の姿ですか!?ハーロルト様、お顔が……お顔が怖いですっ!)
あまりの形相に、思わずティフェーヌ様に身を寄せてしまいます。
そんな私達の前で、クロック先生も深く頭を下げました。
「フィレンドール第一王女殿下、我が校の生徒が大変申し訳ございません」
「構いませんわ。わたくしや護衛が口を挟むことなく、イーリスが収めてくれましたから」
「寛大なお言葉、ありがとう存じます。ミス・ランメルも、よく対応してくれました。先日僕は学園安全主事の担当に決まったので、後は任せてください」
「よ、宜しくお願いいたします……」
先生に頭を下げ、再びティフェーヌ様と一緒に化粧室に向かおうとして……がっちりと肩を掴まれました。
「……は、ハーロルト様?」
「少し目を離したらこれだ。これからは化粧室に行くのも同行するからな」
「そ、そんな……っ!ハーロルト様を廊下でお待たせするなんて」
「イーリスを待つのは苦じゃない。……俺の見ていないところで、お前が傷付けられる方が嫌だ」
ぎゅっと抱き締められ、「きゃあっ!」とご令嬢達の黄色い悲鳴が飛び交いました。私は顔を真っ赤にして震えるばかりです。
「ハーロルト様っ!こんな皆様の前で……!」
「一学期に散々言って聞かせたのに、あんな馬鹿が湧くんだぞ。これくらい見せ付けてやらないと理解しないだろう」
ハーロルト様の胸を押すも、びくともしません。そんな彼はいうと、私の必死な様子を意地悪な顔で見下ろしています。もうっ、そろそろ本当に離してくださいませっ!
『……ねぇ、いつまでイチャイチャしているつもり?わたくしもいるのだけれど?』
『分かっていますが?』
『はぁ……。貴方がそんなだから、イーリスが何も出来ない子のように思われるのよ』
ティフェーヌ様は肩を竦めて溜息を吐くと、ハーロルト様から私を引き剥がしました。
『なっ!?』
「ねぇ、イーリス。こんな束縛男なんて捨てて、わたくしの国にいらっしゃいな。これほど優秀な貴女だもの。わたくしの専属侍女として、王宮に住まわせてあげるわよ?」
わざとこの国の言葉で語られたティフェーヌ様の発言に、先程とはまた違ったどよめきが巻き起こります。
ぽかんと目を丸くする私を取り返すように、ハーロルト様が私を抱え込みました。
「そればかりは聞き捨てなりません!俺からイーリスを奪おうとするなんて、いくらティフェーヌ殿下といえど許せませんよ!」
「貴方には聞いていないわ、ハーロルト。……ねぇ、イーリス。貴女のこれからの人生だもの。貴女、そんなふうに雁字搦めにされていて、辛くないの?」
ティフェーヌ様の言葉は、私よりもハーロルト様の胸を抉ったようでした。見上げると、彼は苦しそうに唇を噛み締めています。
僅かに体が震えていて、私を掻き抱く手が更に強まりました。
(そんなにきつく抱かなくても、私は離れませんのに)
私が「少し痛いです」と伝えると、ハーロルト様はくしゃりと顔を歪め、ややあって力が弱まりました。緩んだ腕の中で、私は彼の頬に手を伸ばします。
「唇を噛んではいけないと、いつもハーロルト様が私に注意なさるのに。唇が切れてしまいますよ?」
「……っ!イーリス……」
絞り出すような、切実な声色。この方にとって、どうして私がこれほど大切な存在になったのか……未だに理解しきれてはおりません。向けられる大き過ぎる愛に、時折困ってしまうことも確かにあります。
けれど――
「ティフェーヌ様、ご心配くださりありがとうございます。ですが、私はハーロルト様に求めていただけたから、“私らしい幸せ”を知ることが出来たのです」
――私は幼い頃から、決して社交が出来ないわけではありませんでした。
けれど、私は他のご令嬢達のように、何気ないお喋りが楽しめなかったのです。
令嬢なのに難しい本を好み、可愛らしい話題ではなく、歴史や文化を語るのが好きでしたから。仲良し――と言えるご令嬢が少なかったのも当然です。
そんな私の価値を見出し、多くを学ばせてくださったのがハーロルト様でした。
彼が私のことを“都合のいい婚約者”ではなく“俺だけのイーリス”と想ってくださった、あの時から。“私”を認めていただけている安心感で、心がずっと満たされているのです。
「とても光栄なお誘いですが、私はこれからもずっと、この方の側にいたいと思っておりますわ」
私の想いと共に笑みを向けると、ティフェーヌ様も満足そうに笑顔を浮かべられました。
『知っているわ』
フィレンドール王国の言葉で言われた一言に、ハーロルト様は目を丸くしたあと、苦虫を噛み潰したような表情をされました。
――ティフェーヌ様は、最初から私を勧誘しようなどと思っていらっしゃらなかったのでしょう。
隣国の王女殿下から勧誘されるほどの価値が私にあると知らしめるため、このような茶番をしてくださったのです。
「はぁ……、振られてしまったわねぇ。仕方がないから、今週いっぱいの通訳で我慢してあげるわ。ほら、早く化粧室に行きましょう」
芝居がかった台詞に、くすりと笑ってしまいます。ハーロルト様は不服そうな顔で、どうやら拗ねているようです。
私はそんなハーロルト様の袖を引き、耳元で囁きました。
「今週末は、必ずお時間を作りますね」
「当然だ。……ここ暫く、イーリスが足りなくて辛い」
この二週間、ティフェーヌ様や友人達との交流、お茶会の準備もあって、満足にハーロルト様と過ごせておりません。忙しなく動き回っていた私を気遣って、ハーロルト様なりに我慢してくださっていたのです。
(時折表情やお声に出ていらしたけれど。ふふっ)
ハーロルト様は見目も麗しく文武両道で、ご令嬢達からは非の打ち所がないように思われているのでしょう。
けれど実際は、子供のように我儘で、俺様な上に独占的な方。そしてそんな彼を翻弄する唯一の存在が私だということも……よくよく理解しております。
(それすらも可愛いと感じてしまうのですから、私も相当絆されているのでしょうね……ハーロルト様に)
そんな方を、どうして自ら手放せましょう。
「ハーロルト様、ずっとお側にいさせてくださいね」
「頼まれなくても離してやる気はないがな」
少し気分が浮上したのか、口の端を上げたハーロルト様。それが嬉しくて、私は心から顔を綻ばせました。
なお、この後、「あそこでイーリスが承諾していたら、本当に国に連れ帰るつもりだったのに」というティフェーヌ様の発言により、もう一波乱起こるのですが……それは皆様のご想像にお任せしますわね。
お読みくださり、ありがとうございました!
いいねやブックマーク、評価、感想・レビューなど、とても励みになります!
是非とも応援宜しくお願いいたします( .ˬ.)"
イーリス、とても可愛く描いていただいて感無量です!
朝霧きか先生、ありがとうございます!
目立たないようにしていた一学期(前作)から夏休みを挟んで様変わりしたイーリス。伊達眼鏡を外し、髪型を変え、髪飾りを付け……。
いただいたイラストのように、状況に合わせて見た目も振舞いも大きく変化したイーリスと、相変わらずの偏愛っぷりハーロルトをお楽しみいただけたでしょうか?
また、少し宣伝させてください!
現在連載中(完結保証):
【 入れ替わり令嬢はもう黙らない。〜モラハラ婚約者を捨てたら公爵令息が味方に!?鏡合わせの私達は幸せを掴みます〜 】
こちらが5月中完結となります!
新連載ならびにシリーズものの短編も準備中ですので、お楽しみに!
ほか、短編や完結済長編も複数ございますので、そちらも合わせてご覧いただけますと幸いです( .ˬ.)"




