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天を穿つ黴  作者: 宇白 もちこ
第五章 選択の果て
31/33

5-6

 集まりが解散すると、ユキトは自室へ戻った。シュンがいつも腰掛ける席を見て、彼のことを思う。

 シュンには甘いところがある。人の善意をあてにしすぎるのだ。自分を犠牲にすれば解決すると信じている点にも賛同しかねる。人間ひとりが犠牲になったって、できることは知れているとユキトは考える。ただ、だからこそ、自分にできないことをやってのける彼を尊敬していることも事実だ。ユキトは、自分が現実的で、ある意味非情であることを自覚していた。


 HUE-33の人間がやってきたことは確かに人道的ではないが、深園の人々の運命は彼ら自身の手によって切り開かれるべきだと思う。俺は、自分の人生を捨ててまで、何の恩もない人間に尽くすことなどできない。贖罪すべきだとも正直思っていない。それどころか、自分の置かれている状況を知ろうともしない彼らを毛嫌いしている。自分が恵まれているとも思っていない。俺の今の生活は、努力の結果得たものだ。偶然手に入れた例の能力も、ただの幸運で終わらせるつもりはない。強大な力や隠された真実が全てを解決するわけではなく、結局のところ、結果を出すのは努力とゆるぎない信念と覚悟なのだ。

 これから先も、もがき続け、自分の力で切り開いて行くつもりだ。


 俺には、セントラルへ登りつめるという大志がある。どうすればそこに至れるのかはまだ分からないが、そのためにがむしゃらに努力し、出世の道を駆け上がってきた。

 瞬間移動の能力を手に入れてから、すぐに監督の部屋へ忍び込み情報を集め、厳重に管理された他部署のサーバー室にも侵入した。家族や友人をはじめ、あらゆる分野の有識者にも会いに行った。安全が保証されていれば、行ったことのない星はすべて見て回った。もちろん、シュンの見ることができる残影を利用することも考えたが、あれは自分でコントロールできないし残影そのものを信頼するという壁もあった。頼りになるのは自分と確実な情報だけだ。

 憧れのセントラルへ行くことだけが、まだ叶っていない。セントラルの写真を探し続けているが、どこを探しても見つからない。写真さえ手に入れば、行くことだけでもすぐに叶うのに。


 今回の件では、シュンがひとりで全ての罪を被り、彼は何の縁もない人類のために人生を投げ打った。俺が失ったものといえば、シュンくらいだ。しかし、自分の人生にとって大きな損失であることには間違いない。気持ちの整頓は済ませたつもりだったが、本当にこれで良かったのだろうかと、後悔に近い疑念が頭から離れなかった。自分らしくない。

 気持ちを振り払うようにしばらく歩き回っていたユキトは、ようやく席に座った。


 監督の部屋の隠しカメラの映像を表示させる。瞬間移動の能力を明らかにした以上、設置したままのカメラと盗聴器は、今夜にでも外す必要があるだろう。映像と音声から、監督が誰かと通話していることが分かった。


『そちらのご提案は非常に興味深く、こちらも前向きに検討しています。つきましては、HUE-33の規模を縮小し、研究を継続することになるかと存じます』


 通話の相手の声は、二重に響くような不思議な声だった。しばらく話を聞いていると、相手がセントラルの一員であることが分かった。研究の目的を変えて調査を継続するというユキトの主張は通ったようだ。ひとまず安堵する。


「深園はどういう状況でしょうか」

 監督が尋ねる。


『居住者は一名も確認されておりません。全員脱出した模様です』


 ユキトは眉をひそめる。全員脱出した? まさか、と彼は内心で呟いた。たとえ真実を見せたとしても、深園を離れたがらない者や、最後まで信じようとしない者がいるはずだと彼は思っていた。セントラルの言っていることは本当だろうか。


『研究再開の準備に伴い、深園へ居住者を近寄らせないようにする必要があります。つきましては、天井を開放したまま照射を再開し、当面、管理機能は停止いたします』


 ユキトはその言葉の意味に思い当たるものがあり、背筋が凍りついた。深園に人を近づけたくないなら、照射を再開するだけで事足りるだろう。天井を開放し、さらに管理機能まで止める必要性などない。まるで、深園に残された人間を確実に根絶やしにしようとしているかのように聞こえた。


「承知いたしました」


 監督は別の何かに気を取られているのか、先方の言葉の意味に気づいていない様子だ。


「申し訳ございません、体調が優れなくて」


 監督は早口で詫びると、離席した。ユキトは置いたままになっていた下剤入りの珈琲を思い出す。


 監督がトイレに駆け込むと、セントラルの連中が話し始めた。相手は一人ではなかったようだ。


『今回の顛末は、一次研究対象に悪影響を及ぼすでしょう。感化された可能性は否定できません』


『そのようなご意見は、もはや意味をなしません。いずれにせよ、どちらも抹消することになりますから』


『ええ、人間を管理する人間という前提は保たれていますが、こうなってしまっては、研究結果が濁りますからね』


『そのような議論をしているのではありません。偶然とはいえ、人間が我々と同じ能力を獲得したのです。あの力が広がる前に全てを抹消しなければなりません。これ以上の説明が必要でしょうか?』


『ご指摘の通りです。確かに、議論の余地はありませんね。人間はいくらでもいますから。また新しいのを使えばいい』


 通話が切れた後、信じられないような気持ちで、ユキトは録音したセントラルの会話を聞き直す。


 彼の脳裏には、セントラルの連中の声が繰り返し響く。『人間が我々と同じ能力を獲得した』『全てを抹消しなければならない』。

 その『能力』というのは、ユキトが監督に報告した瞬間移動のことだろう。自分と林檎の瞬間移動の能力が、HUE-33の秩序をいかに無力化するのか、彼は瞬時に理解した。

 それは、セントラルにとって脅威なのかは分からない。ただ、俺たちが目障りであることと、いとも簡単に抹消できることはどうやら確かだ。この力を手に入れた瞬間、俺たちは彼らにとって抹消すべき存在になったのだ。


 だが、それ以上にユキトを打ちのめしたのは、『人間を管理する人間という前提』を満たす『一次研究対象』という言葉だった。あれは、もしかして、俺たちのことだろうか。

 まさか、俺たちは林檎たちと同じ、管理され、研究される側の存在だったというのか……?

 そして、『どちらも抹消する』という、あまりに冷酷な決定。


 ユキトは録音を何度も再生し、それ以外の解釈を必死で探すのだった。

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