表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天を穿つ黴  作者: 宇白 もちこ
第一章 光芒
3/14

1-2

 変化は、突然やってくる。


 はじめに聞こえたのは、耳をつんざく高い音。瞬時にその音は増幅し、とんでもないことが起こるという確信が身体の芯を冷やした。ビリビリと空気が震え、巨大な物同士がぶつかるような轟音が近くで炸裂する。それと同時に地震が起こる。


 林檎は跳ね起き、携帯端末を手に取った。


「木蓮?」


 今のはなんだろう。


 ごろごろと瓦礫のぶつかるような音と、高く響く音がまだ続いている。地面の揺れも、まだ残っていた。林檎はベッドから動けずにいた。


 木蓮からの応答はない。どうやら、携帯端末を握った拍子に通話が切れてしまったらしい。画面を見て、林檎はそう察した。


 自室を出て廊下を見回すと、同じように何事かと廊下に出てきた人々が数人いた。誰も事情を把握していないようだ。廊下の空気にうっすらと砂塵が舞っている。


「こっち! 崩れてる」


 その声を聞き、隣の廊下の様子を見に行くと、先の方が瓦礫で埋もれていた。崩れているのは、林檎の部屋のすぐ傍のようだ。一体何が起こったのだろう。原因はまだ分からないが、運が悪ければ林檎の部屋にも被害があったかもしれない。電気の配線が切れたのか、その付近の明かりが消えている。


「これ、危ないんじゃないか」と誰かが言うと、人だかりが一斉に後退りした。


 今は暗いが、もしかしたら何かの弾みで太陽光が差し込んでくるかもしれない。林檎が踵を返すと、視界の端が明るくなった。やはり、崩れていたところから光が差し込んできたのだ。林檎は反射的にその場から飛び退いた。ばたばたと逃げる足音が後に続く。


 自分の部屋と随分離れてしまったことを後悔しながら、林檎は梅のことを思い出した。彼女は同じ十二区画に住んでおり、今いる場所からそれほど遠くないはずだ。


「梅!」


 すれ違う人々の中に梅を見つけ、声をかける。彼女もまず林檎のことを思い出してこちらへ向かっていたようだ。


「リンちゃん~」


 梅は頬を紅潮させ、息を整えている。眼鏡の上で切り揃えた前髪が、丸いおでこに貼り付いている。


「梅、大丈夫?」


「私は大丈夫。リンちゃんは?」

 梅は、ずり落ちかけた眼鏡を押し上げながら尋ねる。


「大丈夫。でも少し太陽光を浴びたかもしれない」


 林檎は手の甲や顔などに触れながら、自分の具合を確かめた。梅も林檎の周りを回り、全身を確認する。どうやら、なんともなさそうだ。


「何か情報は?」


 それぞれ、携帯端末を取り出して操作する。しかし、国からはまだ何の情報も公開されていないようだ。


 二人は、とりあえず広場へ向かうことにした。この国を縦横に走る深い溝は主要な通りになっており、これらの溝によって区切られた地域を区画と呼んでいる。それぞれの区画につき、ひとつずつ広場が設けられており、その区画で暮らす住人が、待ち合わせや集会のためによく使っている。広場の天井からは人口日光が降り注ぎ、普段であれば軽い運動や日向ぼっこができる場所だ。非常時に人が集まるとしたら、まずはそこが考えられるだろう。


 十二区画の広場に到着すると、溢れんばかりの住民がいた。みな落ち着かない様子で、携帯端末を覗き込んだり、広場の壁に設置された掲示板を見上げたりしている。


 こんなに人が集まっているのは、初めてのことだ。人々は普段、事故や事件には無関心だが、今回ばかりは部屋から出てきたらしい。さっきの音と振動を思い返すと、無理もない。原因が分からないままでいるのは不安なのだろう。


 掲示板に速報が表示され、広場にざわめきが広がった。


『九区画と十二区画の一部が崩壊 いん石か』


「隕石?」

 梅が素早く囁く。


「隕石……」


 じわりと染み出るように湧いた興奮が、あっという間に全身に広がる。


 生まれて初めてのイレギュラー。もしかしたら、私の人生はまだ面白くなる余地があるのかもしれない。林檎は瞬時にそう考えた。指先がむずむずしてきて、林檎は静かに指を曲げ伸ばしする。


 事情を掴めたためか自室に戻る人がちらほらいる中、九区画と十二区画の崩壊した範囲が掲示板の画面に表示された。再びどよめきが大きくなる。想像していたよりも、ずっと広い範囲だ。死人が出たのは間違いない。広場のあちこちから、いくつかの悲痛な叫びが上がった。


「レンレン」

 梅がそう呟き、林檎の手首をぎゅっと握った。浮ついていた気持ちが一気に失せ、林檎は自分の不謹慎さを呪う。九区画には木蓮がいる。画面に目を走らせると、木蓮の部屋は崩壊した範囲のちょうど境目あたりだった。


 連絡をしようと携帯端末を見ると、メッセージが届いていた。


「木蓮からメッセージが届いてる」


 梅と一緒に、携帯端末の画面を覗き込む。


『まちよつはなかむま』


 意味を掴めないその文言以外、画面には何も書かれていない。


「なにこれ?」


 その文字列はどことなく不気味で、二人は沈黙する。林檎はすぐさま木蓮に通話をかけた。


「……出ないね」


 二人は顔を見合わせ、もう一度その不気味な文字列に視線を落とす。「まちよつはなかむま」と、梅が小さな声で読み上げる。やはり、意味は分からない。打ち間違えたのだろうか。


「行こ」


 梅が人の合間を縫うように歩き出し、林檎もそれに続いた。九区画の広場へ向かうのだ。無事であれば、木蓮もきっとそこにいるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ