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天を穿つ黴  作者: 宇白 もちこ
第五章 選択の果て
29/33

5-4

 国の外にも整備された道は敷かれていた。しかし、ところどころ木の根によって地面が盛り上がったり割れたりしている。何人も足を引っかけて転びそうになっていた。


 歩みを進め、景色が変わるごとに、深園の人間は感嘆の声を上げた。


 はじめに目指す地点は、山肌にある廃墟だ。建造物の跡はそこかしこにあるが、ほとんどが基盤しか残っていない。稀に柱や二階の床も残っているが、使えるような状態ではない。何で造られたものだろうか。


 梅が振り返ると、彼女の場所から深園の外側と、その上のHUE-33の一部が見えた。

 深園を外側から見ると、のっぺりとしており無表情で、林檎や木蓮との色とりどりの思い出があの中にあると思うと、不思議な気分になる。本来であれば、私たちは全員あの箱の中で一生を終えたのだ。外はこんなに広いのに。

 まだ距離が近くて分かりにくいが、深園とHUE-33は、いくつかのエレベーターで接続されているように見える。ユキトたちから聞いた話だと、HUE-33は宙に浮かんでいるらしい。

 深園にいた頃は、石の外の様子について、何が本当で何が作り話なのか分からなかったが、あの大きさのものが宙に静止しているのはやっぱり不思議なことだと思う。


 梅は、はたと立ち止まった。

 地面に境目がある。何人かが、同じように立ち止まって不思議そうにその境目を見た。


「ああ、これ」


 梅はすぐに気づいた。境目のこちら側が日陰で、向こう側が日向だ。ここまで歩いてきた道は、HUE-33の陰になっていたのだ。


 梅は日光に手をかざす。まるでその手を、誰かが両手で優しく包んでいるようだ。皮膚の表面がきらきらと輝いている。


 HUE- 33の方を振り返ると、その上から太陽が覗いていた。


「暖かい」

 木蓮が呟き、顔を上げる。ずっと俯いていた林檎も、顔を上げて目を細めた。


 数時間歩き、目的の廃墟へ到着した。その廃墟は三階建てで、同じ大きさの部屋が並んでいるのが特徴的だ。人が集まって暮らす住居か、宿泊施設だったのかもしれない。崩壊せずに形はしっかり残っている。深園への照射が再開した場合に、窓から光が差し込む可能性があったため、深園とは反対側の部屋を休憩に使うことになった。家具は残っておらず、扉や窓枠も乾燥して朽ちている。水道や電気は当然通っていない。

 みな思い思いの場所に腰を下ろし、体力の回復をはかった。尻が汚れるのを嫌がって、しゃがんだ姿勢のままの者もいた。強固な石の中で暮らしてきた深園の人間にとっては、その廃墟はとても脆く不安定な居場所に思えた。二階へ行く勇気がある者はいなかった。


 ほとんどは床に座ったまま物珍しそうに廃墟の中を観察していたが、若者の中には、不安や不満を態度に出す者も出てきた。彼らは携帯端末を手に、休憩もせずそわそわと歩き回っている。シュンが「質問がある人はどうぞ」と言うと、たちまち若者の列ができた。


「汗を拭きたいんですけど、更衣室なんかはないですよね?」

 最初の質問がこれだ。


「申し訳ないけど、ここは廃墟で、俺たちも初めて来たんです。扉が残っている部屋があれば、貼り紙でもして使ってください」

「端末はどこで充電したらいいですか?」

「帰れるようになるまでにどれくらいかかりますか?」


 律儀に対応するシュンの横で、林檎は彼らの質問を意識から遮断し、窓から空を見つめた。


 十分に休憩し、深園への照射が再開しないことを確認したら、一行はその廃墟を出発した。「日が高いうちに出発しよう」というシュンの声に、国民は不満げな呻きを漏らしたが、反発する者はいなかった。

 今日中に、さらに遠くの別の地点へと向かう予定だ。ここでじっとしていれば光線から身を守ることはできるが、外に出られなくなるかもしれない。


「ねえ、リンちゃん」

 梅がふと周囲を見回しながら言った。


「深園を出てから、残影が見当たらないの。いつもなら、後ろをついてきたり、リンちゃんの元へ戻ってきたり、ちょこちょこ見かけるのに」


 林檎は首を傾げた。梅がそう言うからには、何か異変があるのだろう。梅の顔には、そのいつもの光景が失われたことに対する、うっすらとした違和感が浮かんでいた。


 木蓮とシュンは電気車の荷台で、質問に対する回答を続ける。他の出口から出た国民らも、多少の問題は発生しているものの、移動を続けられているようだ。


 日が傾いてきた頃、二つ目の目的地に到着した。ここまで離れられれば、照射される光の人体への影響はほとんどないだろう。


 廃墟には、大きな地下室があった。深園の雰囲気と似ていたが、ひどい匂いがして、あまりに荒れ果てていた。一階の奥の方に講堂のような広い場所があったため、人々はそこに集まって腰を下ろした。ここで一晩過ごしたら、明日からは食べ物や飲み水を探す必要があるだろう。

 これからの展開は、HUE-33とセントラルの判断次第だが、協力して快適に過ごすに越したことはない。電気車に乗る分だけの食べ物は持ってきたし、それぞれ多少の準備はしてきただろう。それでも、深園での生活とは比べ物にならないほど不便であることは、四人も覚悟の上だった。


 梅はやっと状況が落ち着くと、木蓮を林檎に任せてその廃墟を出た。深園の方を眺めると、思わず、ほうっと溜息が出た。


 これが夕暮れ。


 HUE-33越し見える空は、朱色に染まっている。大気を彩る雲と太陽の光が織りなす模様は、人間にもコンピュータにも決して描くことはできないだろう。雲の向こうから、神々しい生き物が今にも現れそうだ。黒いシルエットのHUE-33には、窓から漏れる光が並んで瞬いている。


 ここへ来るのに丘を迂回したため、深園の全容を見ることはできない。たとえHUE-33の照射が再開しても、ここまではほとんど届かないだろう。そういえば、まだ照射が再開されていないということは、この異常事態についてまだ気づかれていないのだろうか。


 人の気配がして振り返ると、空の様子に気づいた人が大勢いた。みな言葉を発さずに、空を眺めていた。

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