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天を穿つ黴  作者: 宇白 もちこ
第五章 選択の果て
28/33

5-3

 次に、老人が暮らす区画の広場へと移動した。


 林檎は目を疑った。広場は人で埋め尽くされていた。


 老人たちは広場に並べられた椅子に腰掛け、一様に掲示板の方を向いている。携帯端末を操作している人や、隣の席の人と顔を合わせ囁き合っている人もいるが、ほとんどは映画を見るかのように、何かを待つような眼差しで掲示板を見上げている。


 林檎は焦燥に駆られ、一番近くにいた老人に声をかけた。


「みなさん、どうして逃げないんですか」


「あら、あんた、配信に映っていた」


 その老人は、林檎の質問には返答せず、隣の老人の肩を叩いた。その老人も林檎の顔を見るなり、またその隣の老人の肩を叩く。そうして、広場中の老人たちが次々と振り返り、林檎の顔を見つめた。まるで、ひとつの大きな怪物に見つめられているような気持ちになった。


 林檎は急な立場の変化に、強い緊張と孤独を感じる。責めるような、悪意に似た鋭い視線。まるで、裁判にかけられているようだ。広場は沈黙に包まれた。その空気は鉛のように重くのしかかり、呼吸が苦しくなった気さえした。


「あんたたち、大変なことをやってくれたね」


 どの老人が口を開いたのか分からない。皆、同じ顔に見えた。声を発したのが男性か女性かも判別できない。


「どうやって責任を取るつもりだ」


 林檎は、想定していなかった場面にうまく適応できず、何も言えなくなった。あえぐような息遣いをすることしかできない。


「自分がやったことも分からないのかい」

「あんたには私たちの気持ちなど分からないだろうね」

「お国の正体が知れたとして、それがなんだって言うんだい」


 次々と飛んでくる非難の声は、林檎に突き刺さるようだった。

 理解が追いつかない林檎は、やっと口を開き、震える声で文章を組み立てる。


「真実を伝え、自由を求めるのがいけないことなんですか」


 老人たちは、表情を変えない。林檎の頭に、以前出会った短髪の女性の言葉が響いた。『妙な宗教みたいなものよ』。感情を露わにしていたあの時の群衆とは異なり、老人たちは静かな確信を持っている。それは林檎にとって理解し難く、不気味な違和感として心を捉えた。


「真実なんて大げさな言葉を使って」

「石の外に、どんな自由があるって言うんだい」

「現実に幸せを見つけられないのは自分の責任だろう」

「この石の中の調和こそが、私たちのすべてだったのに」


 次々と飛んでくる糾弾の声は止まらない。四方から投げかけられる言葉を、林檎の耳は意に反して勝手に拾い続ける。


「まるで被害者ぶって」

「まるで主人公気取り」

「私たちは幸せだったのに」

「正義ぶって」

「余計なことをして」

「平穏を奪った」


「林檎?」


 林檎は地面に手をついて、俯いていた。手のひらには、砂の粒の感触がある。その新鮮な感触に、ゆっくりと手のひらを上に向けて見つめる。顔を上げると、そこに梅がいた。肩に優しく触れた手は、彼女のものだ。


 いつのまにか、林檎は瞬間移動を使っていたようだ。電気車の陰に跪いている自分に気づく。


 林檎はなぜか、瞬間移動で残してきた残影のことが頭に浮かんだ。置き去りにしたもう一人の自分が、身代わりになってくれたのだ。


「大丈夫?」


 林檎の様子に、梅は戸惑っていた。


「大丈夫」

 林檎は梅と話したくなくて、目を逸らしてそう言った。


「そろそろ、ここを離れないと」

「……分かった」


 木蓮が配信を通して、集まった人間だけでも移動を開始するようにとの指示を出した。出口ごとに設定しておいた目的地のデータを、国民の端末に送信する。シュンがHUE-33のデータベースから、この国の周辺情報を確認し、光線が当たらないいくつかの場所に目星をつけておいたのだ。この国の周りには、遥か昔から放置されている廃墟が多数あり、目指す地点のほとんどはその廃墟だった。


 林檎たちを筆頭に、三十三番通りの出口に集まっている人々も、シュンの指示に従って動き出す。

 だが、林檎は電気車の操作に集中しているふりをした。今は誰とも話したくなかった。さっき起こった出来事を言語化して気持ちがぶれないという自信が、林檎にはなかったのだ。

 一行を先導するのはシュンだ。梅は、木蓮と配信の手助けで手一杯の様子だった。

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