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「様子を見てくる」
林檎は梅に耳打ちすると、電気車の助手席に座った。そして、カーテンを引き、外から見えないようにして、車内の様子を携帯端末のカメラに収めた。ここへ安全に瞬間移動で戻ってくるためだ。
まずは、自分の住んでいた十二区画の広場へ向かうことにした。あらかじめ用意しておいた、広場の近くに位置するトイレの掃除用具入れの写真を見つめ、目を閉じた。
例の感覚の後、目を開くと埃っぽい掃除用具入れの中に立っていた。林檎はそこから広場へ向かった。
広場には、思いの外、人がたくさんいた。石の外へ出ようとしている者は、まだそれほど多くないようだ。若者の住民が多いこの十二区画では、友人同士で額を突き合わせて話し合ったり、不安そうな顔で携帯端末と掲示板を交互に見つめたりする姿が目立った。
広場の隅には、隕石の落下により亡くなった人々の写真が並び、その前に多くの花が供えられていた。中には林檎の見知った顔もあった。亡くなった人々の友人や家族は、災害による心の傷がまだ癒えていないだろう。彼らの行動が遅れているのは、そこにも理由がありそうな気がした。
「林檎!」
名前を呼ばれそちらを見ると、顔見知り程度の友人たちがいた。数回一緒に授業を受けたことがある。
「一体どういうこと?」
一番声の大きな友人が問いかけた。「どういうこと」と言われても。林檎は一抹の苛立ちを抑え、配信で説明していた通りのことを、かいつまんでもう一度説明した。
「すごすぎるんだけど。有名人じゃん」
林檎は、今度は苛立ちを隠さずに「早く逃げた方が良いよ」と告げると、彼女から視線を外した。
他の友人たちは、声の大きな友人の後ろから、助けを求めるような視線を投げかけてくる。きっと、自分で行動を選ぶ勇気がないのだろう。
林檎は彼女らをそのままに、人の合間を縫うようにしてトイレへ向かうと、もう一度瞬間移動した。
次にやって来たのは、大人が多く暮らす区画の広場だ。十二区画と比べて、広場に残っている人は少ない。ある程度の人数が既に決心し、行動に移してくれていると考えていいだろう。
しかし、残っている人たちの様子はどこかおかしかった。彼らは掲示板の前に集まっている。男性たちは、怒りの滲んだ声を荒げたり、不満気に唸ったりしている。女性たちは、何かの悪口を早口でまくしたて、大げさな仕草で共感し合っている。
「あなた」
腕をぐいと掴まれ、反動で林檎はよろめいた。
「配信に映っていた子よね。あっちには行かない方がいい」
髪の短い女性が、怒っている人たちの方を見て言った。
「あの人たちは、あなたたちのことが気に食わないみたい。怒り狂ってると言ってもいいわね。怖がりなのよ。ああいう人は。たとえ根拠がなくても、自分に都合の良いことしか信じられないの。妙な宗教みたいなものよ。とにかく、あの人たちはあなたに危害を加える可能性がある」
林檎は彼らに見つからないよう顔を背けながら、短髪の女性に礼を言った。女性は「自分のやるべきことをやればいいのよ」と言うと、足早にそこを去った。
林檎は自分が動揺していることを自覚した。心の奥底まで冷たい水が流れ込むような感覚だった。悪意を向けられることへの、心の準備ができていなかったのだ。
短髪の女性が言っていたことを反芻し、自分の行いが正しいことを確認する。パネルだの外の世界だの、未知の恐怖を目の前に突きつけられて、冷静に対応できないことは、責められないとは思う。できれば落ち着いて考えてもらいたいところだが、これも彼らの選択なのだ。




